【七海建人】夢の場所
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昼食の時間や休み時間など。
よく彼と話をした。
早く会社を出た時は二人で飲みにも出かけた。
彼と話すのは本当に楽しかった。
趣味は読書だということで、おすすめの本を教えてもらって私もいつの間にか読書が好きになった。
映画の話で盛り上がって、老後はどういう風に過ごしたいなんて話もした。
「3、40歳までに適当に稼いで、あとは物価の安い国でフラフラと人生を謳歌したいですね」
「えぇー、30なんてあっという間ですよ。でも、定年までは私も働きたくないなぁ。私は海が見える場所に家を建てて、静かに過ごしたいなぁ」
「ふふ、素敵ですね」
「……笑った顔、初めてみました」
この日も会社終わりに二人で飲みに出かけていた。
その時に、彼は優しく微笑んだ。
初めてみる彼の顔に、心臓がぐしゃってなった。
握りつぶされた。
仕事ではずっと仏頂面だから、新鮮で凝視してしまった。
「忘れてください」
「嫌です。絶対忘れないです」
「そんな力強く言わなくても」
「好きな人の好きな顔見て、忘れろってのが無茶な話なんですよ」
「……え?」
はっとして口を塞いだ。
だが、気づいた時にはもうすでに遅い。
彼と視線がぶつかって、翡翠色の外人の血が流れたその瞳がまっすぐに刺さって。
どうごまかそうかと頭をフル回転させたけど、どう頑張ってもごまかせるような言葉は見つからない。
ぐるぐるする脳内。
その時、向かい側に座っていた彼が立ち上がり、私の口を塞いでいた手をゆっくりと外した。
そして、静かに、唇が重なって。
「……え?」
ぐるぐるしてた思考回路は、一気に急停止した。
「私と付き合ってください」
「はい……」
キスをしたあとに、そんなこと言うのズルくない。
断れないし断る要素ないし、その前に私の事好きだったの。
知らなかったんだけど。
「実は確信が持てなくて。少し泳がせてました」
「ず、ズルいです……。そんな……」
「貴女も私と同じ気持ちでよかった」
テーブルに置かれた私の手を優しく握る彼の掌は少し震えていて、ああ、この人でも緊張するんだなって思ったら安心した。
私は彼の指に自分の指を絡ませて、きゅっと握った。
幸せだった。
彼と過ごした時間は。
休みの日は一緒に出掛けて、ドライブや海にも行って。
体を重ねた日は死んでもいいと思えた。
優しく気遣ってくれて、この人のこういうところが本当に好きなんだって。
結婚したかった。
彼の子供を産みたかった。
でも、もうそんな幸せな時間は、終わった。
泡沫の夢のように。
目の前に散った。
彼から別れを告げられて、私は一人レストランを出た。
不思議と涙は出なくて。
ただ虚無しか感じられなかった。
多分、どこかでこうなることはわかっていたのかもしれない。
時々、彼は"何か"を見てる気がしたから。
その何かはわからないけれど、よくないんだなって事だけはわかった。
いつみ険しい顔をしていたから。
それが日に日に増えていったし、私の話しにも返しが遅くなっていった。
私の知らない何かを彼は抱えているのかもしれない。
高校時代に親友を事故で亡くしたと言った時と同じ顔をしていたから。
夢のような日々だった。
楽しかった。
だから、ただ願う。
私の知らない場所でこれからを生きる彼の幸せを。
それから月日が経って。
私は27歳となった。
世間的に言うところのアラサー。
彼氏はいない。
何度かお付き合いはしたけれど、長続きはしなかった。
彼の事を今でも好きで、忘れられない。
彼以上のいい男を私は見つけられないでいた。
彼以上に好きになる人と出会うことはないだろう。
だから一生独り身かもしれない。
そう、思うほどに。
私の中には彼が根付いている。