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居酒屋の席では久しぶりの再会を祝って盛り上がっていた。
すでに酒に酔っている釘崎、真依、西宮、三輪の4人。
ただ、一人だけ。
硝子だけがその席にいなかった。
「硝子は何やってんのよ」
「ねぇ。せっかくの再会だっていうのに」
ぐびり、と喉を鳴らしながら生のジョッキを一気飲みする真依と西宮。
おっさんみたいだなという感想を抱きながら、その言葉を言わない三輪はカルーアミルクを飲んでいた。
「連絡は取れたんだよ、必ず行くって言ってたのに」
そう言って三輪は枝豆を手にして口の中に入れた。
西宮が席を立って硝子に電話を入れてくると言った。
残された三人は三人で思い出の話しへと華を咲かせるかと思いきや、話の矛先は釘崎へと向けられる。
「そう言えば野薔薇ちゃん、結婚したいって言ってたよね」
「で、どうなの最近。彼氏とはうまくいってんの?」
「え、野薔薇ちゃん彼氏いるの⁉」
そんな話聞いたことがなかった三輪は驚きのあまり、少しだけテーブルにカルーアを零してしまった。
お手拭きでそれを拭いながら、今から始まる恋バナのような大人の話しにわくわくが止まらない。
「……彼氏いるって言ったっけ?」
「あ、いるんだ」
「カマかけたのね!!」
しれっとする真依の胸倉を掴む勢いで立ち上がる釘崎を三輪は抑える。
まさかこんな簡単なカマかけに引っかかると思っていなかった真依は心の底で笑った。
「で、いつから付き合ってんの?」
「5年くらい前から」
バレたものは仕方がないというスタンスで釘崎は、ハイボールを胃に流し込む。
ぷはっと盛大に息を漏らすその姿はもはやおっさんである。
「実はさ今同棲してんのよね、私」
「同棲⁉」
「野薔薇、あんた男だったの?」
「そっちの同性じゃねえわ。わかって言ってんだろお前」
ケラケラと酔っぱらいの真依が笑う。
三輪はというと、同棲という響きにぽわぽわとした淡い妄想を抱いている。
何時まで経っても乙女というものは乙女であり、夢を抱かずにはいられないようだ。
キャッキャッとサル山のサルかと突っ込みたくなるほど盛り上がる場面で西宮が戻ってきた。
サル山のサルが一匹増えたところでその騒がしさは騒がしいままである。
「桃、硝子は?」
「あーうん。電話したけど出なかった。まだ仕事なのかも。一応ラインしたけど」
「仕事かぁ。硝子の仕事ってなんだっけ?」
「「「さあ」」」
釘崎の言葉に三人は首を振った。
誰一人硝子の職業を知らない。
転職をしたと言う事は知っている。
転職先がどこなのかを知らないだけであった。
一人かけた同窓会。
盛り上がりに欠けないわけではなかったが、少しの寂しさが過る。
その時、三輪がカルーアを飲みながらぽつりと零した。
「なんか、この状況あの時と似てない?」
「あの時って?」
「ほら、高校の時に行ったキャンプ。あの時とそっくりだから」
「ああ!!あの時!!」
何かを思い出した西宮が声を張り上げた。
「そんなのやったかしら」と首を傾げる釘崎と真依に、二人は「ほら、あの時のさ。山にハイキングしに行こうって言って、でもすごい雨でさ」と話を続ける。
話を聞いていくうちに鮮明になっていく記憶に釘崎もまた声を張り上げた。
「思いだした!!あったわ、そんなこと!!」
「私たちさ硝子と大喧嘩したんだよね」
「ねぇ、私そこにいた?」
「いたよ~。硝子がブチ切れて私たちと別行動してさ。で、私たちは私たちでずぶ濡れになっててさ」
「ああ、思い出した。あったわね、そんなこと」
スピードを上げて盛り上がる思い出話。
「懐かしい~」
「でも山で遭難とか笑い事じゃないからさ一生懸命探したんだよね」
「電話しても出ないし、見つからないし」
「すっごい悲しくなってきてさ」
「みんなでわんわん泣いたよね」
「もう雨だと涙だか鼻水だかわかんなくらい顔ぐっちゃぐちゃにしてさ」
「ずっと泣き続けて、仕方ないから下山したんだよね」
「山の入り口でさ、警察に連絡しようかなって話してたら硝子のやつひょっこり現れて」
「「「「ただいまって言ったんだよね」」」」
4人の声が綺麗にユニゾンした。ゲラゲラ腹を抱えて笑って。
ひとしきり笑って目じりに溜まった涙を拭いた。
「……すっごいやる気のないあっけらかんとした声だったね」
「私たちもびっくりしたけどさ、硝子なんかはもっとびっくりしてたよね」
「そりゃそうでしょ。4人して号泣してたんだから」
「でも硝子も硝子よね。あんなに心配したのにただいまってことないでしょ。電話もでなけりゃラインも既読になんなかったのに」
「で、またみんなして泣いてね」
「このことは一生忘れないって言ったんだよね」
三輪の言葉に、4人は静まり返る。
そう。
こんな強烈な思い出。
一生忘れないだろうと思っていた。
一生忘れるはずがないと信じていた。
だけど結果。
忘れていた。
「なんで、忘れていたんだろうね」
「いい加減なもんなのよ、人間なんて」
「忘れちゃうんだよ」
釘崎の言葉に真依と西宮がそう言った。
その出来事から既に10年以上の月日が経っている。
どんなに強烈な思い出だろうと流れゆく月日には勝てずに薄れ消えていく。
10代の淡い青春がどれだけ儚いものか、嫌でも身に染みてしまう。
あの頃はどんなに仲が良くても、離れてしまえばその絆というものはあまりに脆い。
「私さ、いつの間にか私たちの間に壁ができちゃったんじゃないかって思うのよね」
「壁?」
残り少ないハイボールを釘崎は一気に降下した。
コン、と音を立ててテーブルに置く。
釘崎の言う「壁」という言葉に西宮は聞き返す。
真依もまた、水滴の付いているグラスを指でなぞりながら口を開いた。
「そんなの仕方ないじゃない。私たちはあの頃とは違うんだから」
「でも、私たちの間に壁ができたって、私たちの間が広がったって、それは私たちの間が閉まったというわけではないでしょ」
と、三輪が言った。
それぞれのグラスにはもうお酒はない。
だけど、誰も追加で注文する人はいなかった。
ただ空になったグラスを見つめたまま、彼女たちは話し続ける。
彼女たちの間は広がってはいるが、遮断をされたわけではない。
遮断されたわけではないのなら、またこうしていつでも戻って来れる。
人間関係というのは、簡単に切れるようで切れない。
絶交しようが絶縁しようが、会わない時間がどんなに長くたって。会いたいと思いさえすれば、その壁はきっと簡単に乗り越えることができる。
「会いたい」という気持ちがあるのなら。
その気持ちから背を向けていなにのであれば。
その気持ちを諦めていないのであれば。
広がる遮断を止められなくても。
彼女たちが広がる遮断の中にいたとしても。
背の高い壁に阻まれて向こうの世界が見ることができなくても。
彼女たち自身に、自分たちに乗り越える力があったら。
ありふれたものを拾い集めて、流れゆく者に背を向けて、彼女は彼女の道を歩く。
釘崎の脳裏に。
あの日の言葉が浮かんだ。
小学生の時。
硝子が何度も聞いてきた。
あの言葉。
【夢はなんですか。野薔薇ちゃん、夢は、なんですか】
あの時は答えることができなかった。
夢などないと叫んだ。
それは本心だったし嘘だった。
だけど今なら胸を張って答えることができる。
今なら嘘偽りなく、今の自分の夢を。
「釘崎野薔薇!!私の将来の夢は、"幸せになること"!!幸せになるために、素敵な事をたくさんします!!楽しい事も辛い事も嬉しい事も苦しい事も。みんなみんな幸せな事。私は大きくなったら幸せになりたい!!」
それだけははっきり言えた。
急にそんなことを言い出す釘崎に3人は目を丸くするも優しく微笑んだ。
広がる遮断の中で、彼女たちは未だここに立って開かぬ扉を見つめている。
彼女は彼女の道を歩み、そして自分自身に語り掛ける。
【もう少し進んでみない。目の前のドアを開けて】
それは踏みだすための一歩。
砂嵐となったチャンネル。
かちりと音が鳴ると、釘崎の目の前には扉が表れた。
「CROSSING」と書かれたその扉に彼女は手を伸ばし、ドアノブに手を掛け、ゆっくりと回した。
瞬間。
ぱちんと指を鳴らす音が聞こえた。
ドアノブに手を掛けていた釘崎の腕が、重力に逆らわずにだらりと下へと落ちる。
いつの間にかそこはあの真っ白な大広間へと変わっていた。
4人の顔が釘崎を見つめている。
彼女は彼等をゆっくりと見渡した後、自分が座っていた椅子へと腰を下ろした。