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「私の夢。2年3組、三輪霞。私は大きくなったら先生になりたいです!そして、みんなにわかりやすく勉強を教えてあげたいです!どうしてかというと、歌姫先生みたいに優しくて綺麗な先生が大好きだからです!私も早く歌姫先生のような先生になって、みんなに勉強を教えてあげたいです!」
そう言って彼女は持っていた原稿用紙を机に置いた。
拍手が教室中に響き、教卓に立っていた先生もまた満面の笑みを浮かべている。
少し照れくさそうにしながらも、三輪は満足そうに椅子に座った。
呪術小学校2年3組はこの日、「将来の夢」について発表をしているようだった。
順番が回ってくれば緊張した面持ちで、でもどこか高揚した気持ちで、彼らは彼等の将来を発表することを今か今かと待ち望んでいる。
発表が終わった三輪は、「緊張したー」と隣の席に座るショートカットヘアの禪院真依に話しかけた。
「三輪ちゃん、先生になりたいんだぁ」
「でもさ、先生になるのって大変なんでしょ」
と、前の席に座る釘崎野薔薇が後ろを振り返って話しかけてきた。
「大丈夫だよ。三輪ちゃん、算数も国語も得意だから」「そっか」と二人が話している間に、授業終了のチャイムが教室に響いた。
「次の時間も発表する時間にしちゃおっか」
担任である庵歌姫の言葉に生徒たちの表情は花が咲いたような明るい表情となる。
本来ならば授業にあてたいところだが、次の日に持ち越して発表するのは違うと判断した歌姫は、このまま続行をすることを決めた。
一度教室からいなくなる歌姫。
それをきっかけに教室のざわめきは徐々に大きくなっていく。
三輪のところにはいつも一緒に遊んでいる女の子達が集まっていた。
禪院真依、西宮桃、釘崎野薔薇、そして家入硝子の4人が三輪の周りを囲むように立って、三輪と話して盛り上がっていた。
「あ、でもここ漢字間違ってるよ」
「え?」
「"みんなにわかりやすく勉強を数えてあげたいです"ってなってる」
「ほんとだー!!漢字間違ってるぅ」
からかうように真依と西宮がクスクスと笑った。
「先生に言うよ」「えー、間違い教えてあげたのに?」「霞ちゃん泣いちゃうよ」「いや、泣かないよ?」
と、釘崎と真依と三輪がやり取りをしている中、それをぶった切るように家入硝子が真依に問いかける。
「真依ちゃんは、なにになりたいの?」
「私はね、スチュワーデス!!」
「すっごーい!!」
真依の発言により話題は一気にそちらへと移った。
スチュワーデスがどういう職業かなんてちゃんとは理解していない。
理解はしていないながらも、それは小さな憧れ。
小さな憧れは、自分の胸の中でまばゆい光で光り続けている。
彼女たちは疑ってなどいない。
自分たちは「そう」なれると。
自分たちは、なんでもできる気がしていたしなんにでもなれる気がしていた。
そういう、「すごい女の子」だと思っていた。
だからこそ将来に、自分たちの未来を描くことができた。
「西宮ちゃんは?」
「私はね、魔女になりたい。箒に乗って、空を飛ぶの」
「絶対この前の金ロー見たでしょ、桃ちゃん」
硝子が西宮に振ると、けろっとした顔で言うものだから一瞬だけ空気が固まった。
魔女……。
何故に、魔女なのか。
それは三輪の言った通り先週の金曜ロードショーでジブリ作品の一つである、「魔女の宅急便」の影響が大きい。
「なれるもん」
「なれないよ」
「なれるもん!!」
今にも言い争いが起きそうな雰囲気が立ち込めるが、やはり硝子の一言がこの雰囲気を打破した。
「野薔薇ちゃんは?野薔薇ちゃんはなんて書いたの、将来の夢」
「私……?」
自分に振られるとは思っていなかったのか、釘崎は自分を指さし、そして俯いた。
「わかんない……」
「えー、なんで作文書いて来なかったの?」
「私……わかんない、うぅ……」
涙目になる釘崎に三輪や真依が声をかけた。
釘崎は作文を書いて来なかった。
いや、書かなかった、書けなかった。
書こうと思ってもペンが走らなかったのだ。
そんな彼女を見て硝子は少し考えたあと、口元上げて口を開いた。
「じゃあ、私の将来の夢聞いて」
意気揚々な彼女の声に、真依や西宮、三輪は小さく息を吐いた。
「硝子ちゃんまた受け狙おうと変な事書いたんじゃないの?」
「そんなことしないよ」
西宮の言葉に硝子は首を横に振ってまた笑った。
「問題です。私の将来の夢は何でしょう!!」「お医者さん?」「ブー」「バスガイド?」「ブー」「ファッションデザイナー」「ブー」
いきなり始まるクイズだったが、誰も何も言わずに彼らは硝子の将来の夢を当てようと必死になる。
が、思いつく限りの職業を言ってもなかなか答えにたどり着かない。
「わかった、お嫁さんだ!!」
「あ~、惜しい!!」
一際大きな声で釘崎がそう言った。
どう考えても「お嫁さん」というものは職業ではない。
だが、硝子は嬉しそうに顔をほころばせた。
「ヒントはね、抽象的なやつ」
「何よ、抽象的なやつって」
「私たち8歳だってば」
と、ブーイングを垂れる真依と西宮。
それを聞き流し硝子は自分の将来の夢の答えを発表するために、ゆっくりと息を吸い込み、皆の顔を見渡したあと言葉をその舌の乗せる。
「幸せになること」
「「「「幸せになること?」」」」
「うん!!」
大きく縦に首を振る硝子。
真依、西宮、三輪、釘崎はお互いにお互いの顔を見合わせた。
そして。
「なぁんだ、つまんないの」
真依はそう吐き捨て自分の席へと戻った。
西宮と三輪もまた「そんなことだろうと思った」と彼女の将来の夢を受け流し自分たちの席へと座った。
思っていた反応と違ったのか、硝子は唇を尖らせて「なによぉ」と臍を曲げている。
しかし一人だけ、彼女の将来の夢に興味関心を示した人間がいた。
釘崎野薔薇だ。
「幸せって、なに?」
純粋な疑問。
幸せとは何か。
抽象的すぎて、それがどういうものかちゃんとわからない。
幸せになりたいという同級生がいて、それがどんなものかをちゃんと知りたかった。
そして、もし魅力を感じられるようなものだったら、釘崎も幸せになりたいと、そう思った。
お互いにお互いの瞳を見つめること数秒。
硝子は満面の笑みで「幸せ」がどういうものかを話し始める。
「素敵なことがたくさんあることだよ」
「素敵な事?素敵な事って楽しい事?」
「うん。でも、楽しいことばかりじゃないよ」
硝子は言った。
怒って喧嘩する事も、悔しくて泣いてしまう事も、嫌なことがあって落ち込んでしまう事も、なんでも全部が素敵な事だと。
それが幸せなことなのだと。
「そんなの……素敵な事じゃないよ」
釘崎は理解できなかった、硝子の言っていることが。
怒って喧嘩して、悔しくて泣いて、嫌なことがあって落ち込む。
一体これのどこが素敵な事だと言うのか。
幸せな事だと言うのか。
幸せとは、誕生日の日のような、クリスマスの日のような、夏休みの夏祭りのような、そういう、楽しくて、おもしろくて、嬉しくて、そういうものではないのか。
苦しい事や悲しいこと、辛いことや悔しい事が幸せだなんて、そんなのは本当の幸せとは思えなかった。
釘崎は理解できなかった、硝子の言っていることが。
硝子は理解していた、自分の言っていることが。
硝子は、俯いて唇を尖らせる釘崎を目に映し履いていたズボンのポケットから煙草を取り出した。
慣れた手つきで火をつけ肺に煙を送り込む。
ゆっくりと口から煙を吐き出しながら、
「全部素敵な事だよ、釘崎」
いつもは野薔薇ちゃんと呼ぶ硝子が、名字で自分を呼んだ。
いや、そんなことよりも雰囲気が変わったことが釘崎を不安にさせた。
子供の喋り方ではない。
大人の、自分よりもはるか上の年齢。
そう、例えば、歌姫先生のような。
諭す物言いに釘崎は硝子を見た。
小さい、自分と同じくらいの背丈の女の子が煙草を吸っていて、子供なのに子供じゃないその雰囲気に、釘崎の心に不安と恐怖が押し寄せる。
自分を見つめるその目の下には濃い隈があって、その目は自分に何かを語りかけているかのように、視線を反らすことなくずっと見つめている。
振り返らずに進むために、変わらないものを受け止めるために、広がるものは止められないから、進むほどに比例するものだから、頼れたものは身を休める、流れゆくものに背を向けて、彼らは彼等の道を歩み続ける。
そして彼らは彼等自身に語り掛ける。