【七海建人】夢の場所
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"人生は、思い通りにはいかない"
そんな風に言われても、だから人生は面白い、なんて言えるほど私は強い人間ではない。
「別れよう」
面と向かってそう言われて、ひゅっと喉が鳴った。
お腹の奥がひんやりと冷たくなっている。
それと同時にずっしりと重い。
あれ、私いつの間に鉛なんて飲み込んだ?
そうか。これが、息が詰まる、というやつか。
頭の中はずっとそんな感じ。
現実逃避したがっている。
「な、んで……」
やっと絞り出した言葉がそれ。
からからに乾いた喉は音を出すたびに張り付いて気持ち悪い。
私の問いに、彼はなにも言わずに視線を落とす。
理由がないのに、別れるだなんて。
「……ほかに、好きな人でもできた?」
「いや……」
夜景の見える高級レストランの端の席。
まるでそこだけが異空間のように、切り離されている気がした。
今日、食事に誘ってくれたのは彼だ。
プロポーズでもしてくれるのかな、なんて期待していたらこれだもん。
「すみません」
何に対して謝っているのか全然わからない。
だけど追及なんてできなくて口を閉じてしまう。
目の前の彼が、すごく苦しそうに顔を歪ませているから。
なんであなたがそんな表情するの。
本当はすごく知りたいけれど。
「……今まで、ありがとう。楽しかったよ」
精一杯の言葉。
これ以上口を開いてしまえば、泣いちゃうから。
彼を困らせる事だけはしたくない。
大好きだから、愛していたから。
3年という月日に、私たちは終止符を打った。
私が彼に惹かれたのは4年前。
お互いに新卒として今の会社に入社した。
一目惚れだった。
背が高く落ち着いていて、顔が良い。
もろに私の心臓に刺さった。
でも、碌に話すこともできずにただ時間だけ過ぎて行って、このまま片想いで終わるんだろうなと思った。
きっかけは、確か私が残業をしていた時。
仕事が終わらなくて、23時を回っていた。
徹夜覚悟で仕事に打ち込んでいたら、後ろから声をかけられた。
「手伝いましょうか」
「え……?」
落ち着いた低音ボイスに、振り返ると彼がそこにいて。
カバンを下げる姿を見るにもう帰宅するところだったのではないか。
私は首を横に振った。
私なんかよりも何倍も仕事ができるこの人に甘えちゃいけないような気がした。
だけど私の断りを断って彼は隣のデスクにすわり資料を手にした。
「わ、悪いです!!そんな……」
「私がやりたくてやっているだけです」
「でも……」
「終電、なくなりますよ」
「は、はい……」
カタカタとパソコンのキーボードを打つ音が社内に響く。
隣に彼がいると言うだけで緊張してしまう。
いや、逆に本当に申し訳ない。
私の仕事が遅いばかりに迷惑をかけてしまった。
しょんぼりしながらも私は目の前のタスクをこなしていく。
全てが終わる頃には終電ギリギリの時間だった。
「今度お礼させてください!!」
「電車に乗り遅れますよ」
徒歩通勤だという彼に軽くお礼だけを言って、ダッシュで駅へと走った。
そしてこの日から、よく彼と話をするようになったのだ。
ありがとう残業。
この時だけは本当に感謝するよ。