【灰原雄】雨音に
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「今日はありがとう。おかげで濡れないで帰れた」
女子寮の前で私は灰原君にお礼を言った。
その時、彼の右肩が濡れているのに気が付いた。
私を雨に濡らさないために彼は傘を私の方に傾けていたのだ。
全くそのことに気が付かなかった。
男子寮はすぐそこだが濡れたままでは風邪を引いてしまう。
私は先ほど買った紙袋中からハンカチを取り出す。
ハンカチを買う習慣なんてないけど、柄がかわいくて思わず買ってしまった。
北欧をイメージしたまるで絵画のようなそのテキスタイルに目を奪われた。
「灰原君、これ使って」
「え?」
「肩、濡れてるから」
「ありがとう!!」
「こちらこそだよ。風邪引かないでね」
満面の笑みが私に瞳に飛び込んでくる。
お礼を言うのは私の方だ。
ニコニコと笑う彼に、また心臓が締め付けられるように痛く苦しくなる。
私はどこか病気なのだろうか。
走ったり訓練したりすると苦しくなることはあるけど、今は走っていないし訓練もしていない。
どうしてこんなにも胸が痛いのか。
自分のことなのに自分の気持ちがわからない。
灰原君は私が女子寮の中に戻るまでそこにいてくれた。
大きく手を振る姿が本当に大型犬そのもの。
寮の中に入って数秒後、灰原君は背を向けて男子寮へと戻っていく。
その足取りはどこか軽く見えたのは気のせいだろうか。
『ハンカチ、洗って返すね!!』
『もしよかったら貰って。今日のお礼』
『本当⁉ありがとう!!大事にする!!』
素直だ。
呪術師には珍しいほどの根明。
彼とのやり取りを終えて、私はベッドに横になった。
なんだろう。
心があったかい。
日向ぼっこしたみたいに。
その時、部屋の扉がノックされた。
入ってきたのは家入先輩だった。
私と同じで反転術式が使えて、私の尊敬する人。
「椎名~。見てたよ、灰原とデートでもしてきたのか?」
ニヤニヤと笑いながら何を言い出すのかと思ったらどうやら一緒に帰って来ていたのを見られていたらしい。
「違います。雨の中帰れなくて、そしたら最寄り駅まで迎えに来てくれただけです」
「え、あんたら付き合ってんの?」
「なんでそうなるんですか~」
「だって普通雨降ってても迎えに行かなくない?もしあのクズどもが傘忘れて待ちぼうけくらっても私は迎えに行かない」
「それはあの二人だからでしょ。もし家入先輩が私と同じ立場だったら、私は先輩を迎えに行きますよ」
「なにそれ。嬉しい事言ってくれんじゃん」
「だから人によるって話で、灰原君は誰にだってそう言う事するってことです」
「確かに。あいつはそういう奴だ」
「ちょっと、ここで煙草吸わないでくださいよ。臭くなる」
「私と同じ匂いになるんだから感謝しなよ」
「できません。私先輩のそう言うところは尊敬できない」
「可愛くないなぁ~」
クスクス笑いながら家入先輩は取り出した煙草を箱に戻した。
ていうか未成年で喫煙って法律違反でしょ。
呪術師にそこら辺の常識があるかと問われれば首を捻るけど。
この前、夏油先輩と五条先輩と家入先輩と灰原君が内緒でお酒を飲んでいたことを私と七海君は知っている。
アホだなって思ったのと同時に、五条先輩が下戸だって知った時は開いた口が塞がらなかった。
イメージ的に酒豪な気がしたから。
灰原君と家入先輩から送られてきた写メには、ほぼ真っ裸でベッドに横たわりイナバウアーみたいな寝方をして顔を真っ青にしている五条さんの姿が映っていて。
普段の彼からは想像もできないあられもない姿に私と七海君は爆笑したし、暫くの間家入先輩と夏油先輩の待ち受けになって更に笑った。
そんなことを思い出したのは、家入先輩の片手にビールが握られているからだと思う。
もう何も言うまい。
「先輩は」
「ん?」
暫くの沈黙が続いていた中、私は口を開く。
自分の部屋に戻らない先輩は私の部屋を物色し、というか、買ってきた古着を床に並べている。
なんで並べてるのっていう気持ちはあったけど、半ば聞くのが面倒だったから、私は早々に聞きたいことを尋ねた。
「先輩は、雨、嫌いですか」
「いきなりどうした?」
「いや……ちょっと気になって……」
「う~ん、好き嫌いで言うなら嫌いかな。洗濯物干せないし」
まぁ、そうだよな。
私はどうだろう。
好きでも嫌いでもないかもしれない。
洗濯が干せないのは嫌だし傘を忘れて濡れてしまうのは嫌だけど、雨が地面に当たったり屋根に当たったりして奏でる音は割と好き。
だから特別天気予報を気にしたことがなかった。
「意識、したのか?」
「なにがですか?」
「鈍感」
「え?」
「じゃあ私そろそろ寝るわ。おやすみ~」
「ちょ、家入せんぱ……」
引きとめる前に先輩は部屋を出て行ってしまった。
先輩が何を言っているのかさっぱりわかんなかった。
意識してるって何が?
雨に対して?
意味がわからない、真面目に。
頭を悩ませてはみたけど、結局答えにたどり着かなくて。
寝て起きたらそのことさえも忘れていた。