【吉野順平】寂しさを口ずさむ
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聞きたくなことばかり聞こえてしまう世の中だから。
そんなものは聞こえないように耳を塞いだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「"好き"の反対はなんだと思いますか」
晴れた昼下がりの屋上。
フェンスに寄りかかって座る少年は、静かにそう聞いてきた。
最近よくこの少年は私の元へとやってくる。
初めて会った時の事は忘れられない。
同級生の子達に暴力を振るわれているところをたまたま見つけてしまい、思わずその間に入ってしまったのがきっかけ。
「やぁ、こんなところで私の弟に何をしているのかな」って適当についた嘘に、暴力を振るってた少年たちは舌打ちをして逃げて行った。
見ていて気持ちのいいものではなかったからあしらったまでのこと。
なんだけど、その日から少年―――吉野順平君は、暇さえあれば私の教室へ来て顔を出した。
元々友達の少ない私だったから、彼の訪問を拒むことなどしないが。
「君はどうなんだい、吉野君」
「僕は……"嫌い"だと思ってます。好きの反対が無関心だなんておかしいと思いませんか」
「ん~、どうだろうね。君の考えはシンプルでわかりやすいけど、別段、好きの反対が無関心でもおかしくはないと私は思うよ」
「悪意を持って人と関わることが関わらないことよりも正しいと言うんですか」
むっとする少年に私はふはっと笑った。
そんな複雑な事を考えていたのか。
「無関心っていうのは、関心がない。つまり感情が生まれない。ということは好きも嫌いもない。と言う事だろう」
「……まぁ、はい」
「君をいじめる子達は少なからず君の関心がある。逆転の発想してみると、こうなるね」
だからと言って、人をいじめていい理由にはならないが。
どこか不満そうな彼。
前髪で右目を隠している吉野君。
その下には、煙草を押し付けられた跡がたくさんあることを私は知っている。
消えることのない傷を、彼をずっと抱いている。
それを救う術を私は持ち合わせていないが、少しでも私といることで軽減されるのであれば、彼の側にいることを選ぼう。
午後の授業が始まるチャイムが鳴る。
が、私たちは屋上から一歩も動こうとしない。
教室に戻ったところで、私たちがいないところで何も変わらないことをお互いにわかっている。
「で、馨さんは?」
「私は、そうだね……。これは私個人の考えだけどいいかな」
「はい」
「私にとって"好き"の反対は"寂しさ"だよ」
「寂しさ……?」
いまいちピンと来ていない様子の彼に、私は言った。
「離れてみて初めてわかるものだよ。今君はいじめに遭っているけど、彼らに対して寂しいなんて思わないだろう。それは君もあの子らもお互いの間に"好き"という感情がないからさ。だから寂しさも生まれない。でも逆に。母親はどうだろうね。母親と離れてしまった時、君はきっと寂しさを覚えるはずだよ。お互いの間に"好き"があるからね」
「………矛盾、してませんか」
「だから言ったろう。これは私個人の考えだと」
くすくす笑った。
私のこの理論はどう考えても矛盾している。
だけど、「寂しさ」なんて感情は、誰かと一緒にいた時に生まれるものだ。
その感情が生まれた時、人は初めてその人に対しての好意に気づける。
と、私は思っているけど、吉野君には伝わらなかったようだ。
「君は、"寂しい"という生き物を見たことがあるかな」
「ない、ですけど……。生き物?」
「そうだよ。感情なんてものは生き物みたいなものだよ。目には見えないだけで」
だけど、ちゃんと、確実にこの世界に存在している。
今もそこらじゅうに漂って飛び回る。
誰にも気づかれずに静かに、ゆっくりと、時には突然に、私たちの前に現れる。
「まだ出会っていないのであれば、いつかは出会う時が来るよ」
「そういう、もんですかね」
「そういうもんだよ。気まぐれだからね、あいつらは」
私は視線を上へと向けた。
そう。
例えば、嵐が過ぎ去った今日の真っ青な空のような姿だったり。
夜の海のように暗く深く冷たいものだったり。
朝露に濡れる花の匂いのようなものだったり。
姿かたちは様々。
気まぐれだから、いつも同じ姿とは限らない。
だから気づけない。
いや、私たち人間もまた気づかないうちに彼等を見ないようにしているだけだ。
「勇気がいるんだよ、それらを見つけることに。見知らぬ暗闇にたった一つの明かりをともすように、ね」
「馨さんっていつもこんな事ばかり考えているんですか」
「まさか。ただ、君と話しているとね。自然と考えてしまうんだよ」
「そう、なんですか」
少しだけ頬を染める吉野君。
そういう純粋なところが君のいいところだけれど。
純粋だからこそ、少し怖くなってしまう。
変な色に染まってしまうのではないのかと。
「放課後、私はピアノを弾きに行くけど君はどうする?」
「行きます。馨さんあれ弾けますか?映画のサントラなんですけど」
「んー、知ってる映画のやつなら」
「今聴かせますね」
スマホを取り出し慣れた手つきで音源を探す吉野君の頬は綻んでいる。
今この瞬間だけは、君は楽しそうでよかったよ。