【伏黒恵】あなたに聞きたいことがある。
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目の端に男の姿が映ったのを伏黒は見逃さなかった。
急いで走ってその背中を追う。
「ちょっと、待て!!」
「見てたぜ」
少しだけ弾む息を整える伏黒を目に映しながら男は笑って言った。
「チビに調伏の仕方教えてやったんだな。感謝するぜ。おかげで俺は一人で行ける」
「…………」
何か言わなくてはいけない。
だけど何を言えばいい。
行かないでくれなんて。
そんなこと今更。
言いたい言葉は喉に突っかかって音として出ない。
俯いて、眉間に皺を寄せ、唇を噛む。
そんな伏黒の様子を見て、男は伏黒に近づき見下ろし伏黒の頭に手を乗せた。
「どうした"恵"。また泣いてんのか」
はっと顔をあげた。
男は目を細めて伏黒を見ている。
その瞳に、伏黒の鼻の奥が少しだけツンとした。
「すぐ泣く癖、どうにかしろよ。女に嫌われるぜ」
「……俺、は」
「なんだ、チビ。はっきり言え」
「俺は、あんたにとっては荷物だったか?」
伏黒の言葉に、男は一瞬だけ黙った。
しかしふっと笑って。
「そうだな。荷物かと言われればそうだし金と見れば荷物なんかじゃない」
「クズだな」
「はははっ。だけど、これだけは言える。お前は俺の愛した女のガキだ。誇りに思え」
「なんだそれ……」
ふは、と思わず笑みがこぼれた。
こんなクズの癖に何を誇りにしろと言うのだろうか。
幼い子供を置いてどこかに行ってしまうような酷い親の癖に。
それでも胸を張れと言う男の事を、伏黒はどこか誇らしさを感じた。
「……俺からもお前に聞きたいことがある」
「なんだよ」
「取り残されたお前がどう生きたかは知らねえ。俺は、お前と一緒にいたほうがよかったか。それとも売った方がよかったか」
男の問いかけに思い出すのは、小さかった頃の記憶。
突然父親がいなくなり寂しさでたくさん泣いた。
津美紀にもたくさん世話を焼かせた。
辛い日々の方が多かったのは事実だった。
だけど、伏黒ははっきりと答えた。
「もし、あんたと一緒でも禪院家に売られたとしても。たぶん俺は俺の幸せを、津美紀の幸せを、そういうものを知らずにいたままだったと思う。だから、俺は、このままでいい。伏黒恵のままで」
「……禪院じゃなくて伏黒か。よかったな。またどっかで会えるといいな」
背を向けて男は伏黒の前から姿を消した。
静かな山の中。
もう誰も伏黒の名前を呼ぶ者はいない。
寮へ戻る途中、チビ黒がいるか気になったがチビ黒の姿も無かった。
それがどこか寂しく嬉しかった。
「おい、伏黒!!ふーしーぐーろー!!」
身体を揺さぶられ、夢の中から覚醒する。
ゆっくりと目を開けると目の前には虎杖の姿があった。
「いた、どり……?」
「珍しいな、お前がこんな時間まで寝てるなんて。遅刻してんぞ」
「……まじかよ」
虎杖の言葉に時計を見れば時刻は10時を回っていた。
確かにこれは遅刻だ。
大遅刻だ。
深いため息を吐く伏黒に、虎杖はどこか楽しそうに笑っている。
「いい夢見てたのか?」
「は?」
「すごい幸せそうな顔をしていたからさ」
「あー……忘れた」
「わかる!!夢ってすぐ忘れるよな、なんでだろ」
いい夢だったことに違いはないのだが、内容が思い出せない。
まだ寝ぼけている頭を起こすために首を振ってベッドから降りる。
どんな夢だったかは忘れた。
だけど、胸の内はどこか温かい。
「虎杖」
「んー?」
「たぶん俺の親父、すげえクズ野郎だったと思う」
「え、何急に。どうした」
「なんでもねえ」
なぜか、ふいに口からそう出た。
伏黒自身もなぜその言葉が出たのかわからなかったが、無意識のうちにでたならば多分そうなんだろうな、と思う事にした。
今、アンタに聞きたいことがある。
アンタは今どこで何をしているんだろうな。
窓から覗く空はどこまでも青く、どこまでも澄んでいた。