【狗巻棘】舞台、開幕
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そして誕生日当日。
俺達の教室でパーティーを開くと言っていた。
任務はないと言ったが、朝から任務が入ってしまい急いでそれを片付け、早歩きで教室へと向かった。
教室は、すでに賑やかな声で溢れていた。
扉を開こうとすれば少しだけ自分に影がかかった。
「狗巻先輩、お疲れまです」
「しゃけ~」
恵もちょうどやってきた。
どうやら恵も任務だったらしい。
急いで片付けてきたあたり、俺と同じだ。
音を立てて扉を開けば、一斉にみんなの目がこちらへ向く。
真希にパンダ、悠仁に、野薔薇、悟に、そしてリト。
「もぉ~遅いよ、二人とも」
悟が腰をくねらせながら、俺達二人の肩を掴み教室の中へと引きずり込む。
ちらりと恵を見れば、これ以上ないくらい目が死んでいた。
思わず笑いそうになったのをこらえた。
「やっと来たな。お前らを待ってたんだよ」
「高菜」
「昨日見たドラマの物まねだってよ」
本日の主役に何をやらせているのかを聞いたら、パンダがそう答えた。
昨日のドラマ?
ああ、馨が最近ハマっているドラマか。
仕切り直し、とでも言わんばかりに彼女は咳ばらいを一つすると、教壇の上に立った。
いつもと変わらない高専の制服に身を纏った彼女を見た瞬間。
思い出した。
昨日見た夢のこと。
夢の中の彼女も同じ格好していた。
同じ場所に今みたいに立っていた。
違うのは、ここに俺以外の人間もいると言う事。
生唾を飲み込んだ。
心臓が大きく鼓動する。
「実の兄だろうと関係ないわ。私はお兄様を愛しています!」
震える声で彼女は叫ぶ。
実の兄に恋をした妹。
禁断の愛。
それをドラマでやるのもすごいと思ったし、話の内容が気になりすぎる。
それと同時に俺の胸も締め付けた。
「私を引き裂いて私の魂をみてください。そこに私の本当があります!」
泣き出したくなった。
たとえセリフだとしても、馨には言って欲しくなかった。
俺の気持ち。
俺の本音。
全て俺が抱いている思い。
「……どういうドラマ?」
物まねが一通り終わった後、恵がぼそりと呟いた。
誰もが思ったであろう感想を述べてくれてありがとう。
だけどそれ以上に、俺にとっては衝撃が大きすぎた。
教壇では、便乗した悠仁が何か物まねをしてゲラゲラと悟が笑っている。
けど、それもどこか遠く聞こえるのは、それだけダメージが大きかったのだと物語っている。
一通り物まねをして満足したのか、ようやく馨の誕生日会が始まった。
真希と野薔薇と悠仁で作った手作りのケーキに、馨と悟が目を輝かせている。
「五条先生に作ったんじゃないんだかんな」
「分かってるよ~」
悠仁に注意され、少ししょんぼりする悟。
子供に怒られる大人ってどうなんだ。
なんて思っていたら、俺はあることに気が付いた。
彼女の誕生日プレゼント部屋に置いてきている。
「しゃけ、ツナマヨ。高菜」
「ああ、取りに行けよ。先に渡しててもいいか?」
「しゃけ」
真希に部屋に戻ってプレゼントを取りに行くことを伝え、一度教室をでて、急いでプレゼントを取りに行く。
夜蛾学長が見たら怒られるだろうなと思ったけど、俺は普段は走らない廊下を全力で走る。
早く早く、と急かす俺の鼓動。
早く渡して、喜ぶ顔が見たい。
あの真っ赤な唇が弧を描く姿を。
部屋から教室へ。
手ぶらからプレゼントを持って。
再び戻ってきた。
そしてひどく後悔した。
教室の中から聞こえる盛り上がる声。
に交じって聞こえる音色に、嫌な予感がして。
静かに、少しだけ、教室の扉を開けた。
目の前には楽しそうに嬉しそうに話す馨と恵の姿。
少し頬を赤らめて恥ずかしそうに笑う馨の姿。
彼女の手には、オルゴールがあった。
真っ赤なガラス玉が埋め込まれたオルゴール。
体の力が抜けて、紙袋が地面に落ちる。
かしゃん。
真っ白な頭の中で思った。
壊れてしまった、と。
落とした音に気づいたのか。
彼らはこちらに目を向ける。
彼らと、皆と、目が合った。
それが嫌で怖くて恥ずかしくて。
落としたそれを持って逃げ出した。
まさか、恵も同じものを買っているなんて思わなかった。
なんで、なんで、なんで。
同じ言葉を何度も何度も頭の中で反芻する。
馬鹿馬鹿しい。恥ずかしい。惨めだ。嫌だ。消えたい。
きっとこんな気持ちになるのは恵が俺と同じものを買ったからじゃない。
俺がオルゴールをあげても、彼女はきっとあんな顔はしないだろう。
解ってしまった。
解ってしまって、それが悔しかった。
「ありがとう」と言ってくれる言葉が嘘ではなくても、見せてくれる表情は違う。
俺と恵では天と地ほどの差があるんだって思い知ってしまった。
俺じゃ、どうあがいて恵には勝てない。
自分の浅はかさが恥ずかしい。
部屋に逃げ込んで。袋を床に叩きつける。
元々壊れていたそれが今更壊れたところで、何も変わらない。
息が上がる。こみあげる何かをぐっとこらえ、静かに鎮座しているプレゼントを見つめる。
喜んでもらえると思って買ったプレゼント。
壊れてしまったプレゼント。
ゆっくりとしゃがみ、包装紙を解いた。
中身はやはり壊れていた。
ゼンマイを巻いても、途切れ途切れにしか音は鳴らない。
せっかく綺麗な音色なのに。ちゃんと奏でることができない。
溢れ出しそうになる涙を必死に抑えた。
壊れたそれを持って、外へと出る。
高専の区画内に、湖がある。
走って走って。
軽く息を弾ませながら、夕日に照らされた湖が真っ赤に染まっている。
まるであの子の唇の色のよう。
奥歯を噛みしめて、右手の中に閉じ込めたそれを。
俺は思い切り放り投げた。
綺麗な音を奏でていたその箱は。
綺麗な弧を描きながら空を舞い。
捨てられて湖の底へ消えた。