【釘崎野薔薇】そのわけを
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馨と野薔薇の関係は仲のいいクラスメイトとして変わらないまま、数か月が過ぎた頃だった。
ひとつ上の先輩たちによるきつい体術の授業を終えた馨は少しだけ休憩するために、木陰に腰を下ろした。
遠くで虎杖と伏黒が組手をしているのを眺めながら、荒い息を整える。
「………疲れた」
ぽつりと独り言を呟く馨の意識は微睡み始める。
そよそよと吹く温かい風、ぽかぽかと温かい日差しに本格的に寝そうになった時だった。
誰かが近づいてくる気配を感じた。
誰だろう。
誰か休憩に来たのかな。
そう思うが目を開けることなく、ぼんやりと考える。
その時だった。
唇に柔らかい感触を感じた。
馨の脳裏にいつかの記憶が蘇る。
小さなリップ音とともに離れていく唇。
誰か、なんて考えなくても分かった。
この柔らかさを馨は知っていたから。
「の、ばら……?」
目を開け、目の前の人物の名前を呼ぶ。
彼女は、目を大きく見開いたあと、「しまった」といった様子で眉を八の字にした。
逃げ出したい気持ちはあった。
でも逃げ出さなかったのは、お互いの間にそれを許さないという空気が流れていたからだ。
「なんで……?」
漸く口を開いて出た言葉。
それ以外の言葉が思い浮かばなかった、それ以外のことを聞くことが出来なかった。
あの時聞けなかったこと。
理由を知りたかった。
悪戯でこんなことをする人ではないとわかっていたからこそ、野薔薇の本心を野薔薇の口から聞きたかった。
視線の先の野薔薇は今にも泣きだしそうな顔をしている。
いつも芯が強く自分を持っている野薔薇のこんな表情を見るのは初めてだった。
憧れている女の子だから、馨の胸も締め付けられるように痛み、自然と涙が溢れてしまう。
「ご、めん。馨……。あんたのこと泣かせたいわけじゃ……」
「ちが、違うの……。これはそういう涙じゃなくて……だって、野薔薇が……」
「ごめん……。本当に、酷いことをしたと思ってる……」
気づいたら野薔薇も涙を流していた。
言葉にしなくてももう頭ではわかっている。
野薔薇は馨のことを恋愛的な意味で好きなのだと。
それを誰にも言えずに苦しんでいたんだと、今、彼女の顔を見てわかった。
「私も、ごめん……。本当は起きてた。あの時、教室で……」
「うそ、でしょ……」
「本当。でも怖かった。確かめるのが。もしそれを言ったら野薔薇と友達でいられなくなるんじゃないかって」
「バカね、そんなのあんたが気にすることでもないのに。私が、勝手に私があんなこと……」
大粒の涙を零して何度も謝る野薔薇になんと声を掛ければいいかわからない。
突き放すことも受けとめることもできない。
彼女の思いを、彼女自身を、傷つけずに、どう言葉を紡げばいいのだろう。
それでも自分が今何を思っているのかだけは、知ってほしい。
馨がそう思い、口を開こうとした時だった。
「好き。馨のことが好きなの」
嗚咽交じりに、とても小さな声で、野薔薇が言った。
「好きで、ごめん……」
謝ることないよ。
好きになってくれてありがとう。
そう言えたならどんなに良かっただろう。
「……うん」
上手く言葉にできず、馨は目の前で泣いている野薔薇を抱きしめることしかできなかった。
人を好きになった。
そんなごく当たり前で単純で普通のことなのに。
なぜ、こんなにも苦しくなるんだろう。
「野薔薇」
「なに」
「野薔薇の気持ちに今すぐは答えられない。でも、ちゃんと考えるから。ちゃんと気持ち伝えるから。だから、それまで待ってて」
「別に律儀に答えなくてもいいのに」
「ううん。本気の気持ちには本気で答えるよ。じゃないと、私が私を許せない」
「あんたのそういうところ、本当に好きよ」
にこりと笑った野薔薇の瞳から一筋の涙が溢れた。
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