【伏黒恵】あなたに聞きたいことがある。
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「あの、起きてくれませんか?」
あの後、伏黒はチビ黒に少し待つようにと言い残し、男を探した。
男は家で寝ていると言っていたが、少し離れた場所で大木を背に寝ていた。
それを見つけて、イラっとした伏黒は歩幅を広めて近づき声をかけた。
「あ?なんだお前。恵はどうした?」
「向こうで、玉犬出す練習するって言ってました」
「ああ……。にしてもよくここがわかったな」
「探しました」
「へぇ。お前、名前は?」
恵、と名乗りそうになった伏黒は少し考えたあと「悟」と恩師の名前を出した。
なぜその名前を出したのか伏黒自身もよくわかっていない。
男は一瞬目を丸くしたあと、にやりと笑う。
「俺の知り合いにも同じ名前の奴が要るんだけどよ、こいつがまた六眼持ちの無下限の術式を使う奴でな。生意気なんだぜ」
「そう、ですか」
「こう見えてあのチビの父親なんだ、俺。あいつの術式見たか?」
「はい、少しだけ……」
「へったくそだろ。相伝術式受け継いでんのに、まだ玉犬すら出せねえの」
「そうですね……」
「笑っていいともみたいな反応すんな、お前」
「は?」
「はは、気にすんな」
ケラケラ笑う男に、伏黒は少しだけ戸惑いを見せながらも一つの疑問を投げつける。
「どこかに、行くんですか?」
「……なんでそう思う」
「なんとなく。そんな気がして……」
「どうだろうな。ただ、仕事が入った。しばらくはあいつの所には帰らないだろうな」
「……」
「せめてあいつが玉犬を出せるまではと思ったが、世の中そううまくはいかねえみたいだ」
その言葉に、伏黒は生唾を飲み込んだ。
逆を言うなれば、玉犬を調伏したなら男はチビ黒の前から完全にいなくなると言う事だろう。
「もし、調伏したら、あんたはあの子を置いていくんですか?」
「………置いていくんじゃない。売りに行くんだよ」
にたり、と男は笑った。
伏黒はぐっと唇を噛み拳を握った。
目の前の男の言葉に。
伏黒はここに来る前のチビ黒との会話を思い出していた。
チビ黒は男の去った場所を見つめながら小さな声で呟いた。
「もし、もし僕が玉犬を上手に出せないままだったら。パパはどこにも行かないでくれるかな」
もし、そうだったら。
禪院家に売られるなんて選択肢は生まれなかったかもしれない。
もし、相伝術式を継いでなかったら。
もし、そうなら俺は……。
そんな風に思ってしまっても。
受け継いだからには。
そういうわけにもいかない。
たられば、なんてものは。
ただの願望に過ぎない。
伏黒は小さく息を吐いた。
目の前でニヤニヤ笑う男を殴りたい衝動を抑え、チビ黒の元へと向かった。
チビ黒は練習で疲れたのか、切り株に寄りかかって寝ていた。
寒くないだろうかと思い伏黒は玉犬を出し、チビ黒を包むようにと命をだした。
「……ん」
「悪い、起こしたか」
玉犬の温もりに目を覚ましたチビ黒はじっと式神を見つめる。
その小さな手を式神へ伸ばし優しく撫でた。
「僕も、この式神知ってる。まだ上手に出せないけど」
「奇遇だな。俺も最初はてこずった。でも、こいつらは俺が最初に出せるようになった式神なんだ。だからすごく頼りにしてるし、大事にしてる」
「僕も、おにいさんみたいに、上手に出せるかな」
「出せるよ。一緒に練習するか?」
チビ黒の表情が明るくなった。
その頭をわしわしと撫でる伏黒はチビ黒に式神の調伏の仕方をおしえてあげた。
その様子を少し離れた木の陰で、男がじっと見つめているのも知らずに。