【夏油傑】双子の兄妹とフォンダンショコラ
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馨が今年のバレンタインデーに作った物は、フォンダンショコラというデザートだった。
一見普通のチョコマフィンに見えるけれど、焼きたて、もしくはレンジで加熱をすると、中心がチョコレートソースみたいになる魔法のデザート。
スプーンですくって食べ始めてすぐ、とろとろの甘さで頭の中がぼうっとしてきた。
「その貌、いいね」
馨が笑った。
見ると、彼女は俺を描いていた。
白い紙の上でペンが走る、シャッシャッ、という音が小気味良い。
「止まらないで。傑。動いて」
その声に操られるようにまたスプーンをくわえる。
視線が体中に絡み付いてくるのがわかる。
会話しているときとは違う目線の使い方。
陰影をなぞって、面を捉えて。
その音のない黒い瞳が、私はすごく好きだった。
自分だけに向けられている。そう考えるだけで身体中が熱くなる。
馨はいつも絵を描いている。
命を削る代わりに絵を描いている。
ほ乳類が一生のうちに打てる心臓の鼓動の数は決まっていると聞いた事がある。
もし1人ひとりの人間に、心拍の数と同じように、気力が一定量しか割り振られていないとしたら、馨はそれをきっとものすごい勢いで消費している。
自分自身を消耗させて、命を削って、いつか消しゴムみたいに小さくなって消えて行くんだ。
たぶん、私も。
「私、絵を描くのが楽しい」
ペンの音と、詰まったような声がする。
「だけど苦しい。描きたいものがたくさんあって、描いても描いてもなくならない。私の人生が足りない。時間が足りない」
私と馨は似ていると思う。
外ではすましているけど、中はドロドロのぐずぐずだ。
自分の欲望を押さえきれない。
フォンダンショコラみたいに、熱くて甘い。
「傑の手、綺麗」
ふいに手をとられた。
愛おしそうに指先にキスを落とされる。
桜色の唇の柔らかい感触、その鼻先が関節にあたると、全身の血が赤く染まる。
加速する。
「誰にも渡したくない。私の絵のモデルはいつも傑だから」
求めるような瞳に見上げられて、頭の後ろでぷつんと何かが切れる音がした。
スイッチが押された。
パチンと弾けた。
あぁ、もう無理だな。
と判断して、ふらふらと馨の身体に擦り寄るようにして床に押し倒した。
「あ、傑」
「静かに」
薄い身体の上に覆い被さる。
両手の手首を押さえて、首筋にキスをする。
「ん、」
「静かにしろって」
ジャージのファスナーを少しだけ下ろして、鎖骨の窪みに舌を這わせる。
骨の出っ張りを甘噛みすると、馨の身体が反応を示す。
止めてなんかやらない。
先にけしかけたのはそっちのほうだ。
「馨」
名前を呼んだ。
自分でもびっくりするくらいの低い声。
やけに煩いと思ったら自分の呼吸の音だった。
きっと今、私は相当余裕のない顔をしているんだと思う。
とてもじゃないけど、部活の先輩たちや親友には見せられない顔。
「馨」
もう一度呼ぶ。
その次の言葉は頭の中にちゃんとあるのに、喉につっかえて声にできない。
だから代わりに唇を重ねた。
下唇を舐めてあげると、簡単にそこは開かれる。
中に舌をねじ込んで、突っついてくすぐって絡めとって。
「んぅ………っ……」
「馨、」
「すぐ、る」
音をたてて唇を離せば、求めるように赤い舌が伸びてくる。
その舌先に上から唾液を落としてやる。
銀色の糸が細く引かれて、また馨の身体が反応を示す。
可愛い。
可愛いってなんだ。
指先がじんと痺れる。
頭がくらくらしてくる。
双子の男女がお互いを好きになるのは、異常なことなのかもしれない。
しかしこの件に関して、私たちは完全に開き直ってしまっている。
倫理がどうだの血が濃くなるだの双子であるが故の精神の未熟さだの、咎める言葉を探せばいくらでも出てくるだろう。
だけど、好きになったものはしょうがないんだ。
この主張に反論できる人間なんていないだろう。
本能に突き動かされる衝動は止められない。
だから頼むから、誰からもとやかく言われない場所で2人きりにさせてほしい。
お願いだから。
「お前さ、」
指先同士を絡めながら耳元で囁いた。
「右腕がもげたらどうする?」
えっ、と唇が動いたように見えた。
なんの話かなんて言う必要はない。
現にその後すぐに、「左腕で、描くよ」と吐息と共に答えが返ってきた。
「左腕ももげたら?」
「足で描く」
「足もなくなったら」
「口でペンをくわえて描くよ」
つまり死ぬまで描くというわけか。
納得して、また唇を貪った。
そりゃそうだろう。
好きなことができないのなら、死んだ方がましだと思う。
私だって、そうなったらきっと自ら死を選びとる。
「傑、あたし、傑がいないとだめだ」
苦しそうに喘ぐ声がして、首の後ろに手が回される。
「健康で文化的な最低限度の生活が維持できません」
「そこはちゃんと自活してください」
「傑は、一生懸命勉強して、良い仕事に就いて私を養って」
「それ、プロポーズ?」
尋ねると、返事はなかった。
さっきのお返しとばかりに行き場のない左手をジャージの中に滑り込ませて、彼女の柔らかい腹部を撫でる。
小さい甘い声が漏れた瞬間、1階から母親の声が聞こえてきた。
「馨ー?お風呂あいたわよー」
間延びした声。
私と馨の間の空間が一瞬無音になる。
ほら、と軽くつついてやると、床に長い髪の毛を乱したままで、「はぁーい」といつもの生意気そうな声を出してみせた。
両親には絶対秘密。
お互い暗黙の了解だった。
むしろ背徳感さえ興奮材料になるからたちが悪い。
だけど、どんなに中途半端な状態でも、バレそうになったらすぐに止めなきゃいけない。
もし私が馨を組み敷いているところを、心配性の母親が見てしまったら、きっとあまりのショックで寝込んでしまう事だろう。
「いいとこだったのに」
ぼんやりと呟くと、身体を起こした馨が後ろから抱きついてきた。
「お風呂から上がったら続き、いい?」
「泣いたってやめないから」
突き放すようにそう言うと、馨はにやりと笑って、「こっちの台詞」と言って部屋から出て行ってしまった。
流れるように波打つ黒髪。
昨日よりもっと大人に見える。
昨日よりもっと惹かれてしまう。
だけど、どうしてだろう。
好きになればなるほど、孤独を感じずにはいられない。
残された私はひとり、熱の収まらない身体を持て余していた。
どうしようかと考えていたら、机の上に置かれたスケッチブックが目に止まる。
フォンダンショコラを食べる自分。
数分で書き上げた妙に抜け感のあるクロッキー。
本当に自分はこんな表情をしていたのだろうか。
手を伸ばして紙をめくると、魔術師が無の空間に浮かんでいた。
取り残されたようなローブの下。
この人は、今どんな顔をしているのだろう。
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