【夏油傑】双子の兄妹とフォンダンショコラ
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宇宙空間に浮かぶ魔術師を見たことがあるだろうか。
あると答えた人はおめでとうございます。
貴女は病院へ行った方がいい。
ないと答えた人はおめでとうございます。
私と同じだ。
いや、正確には1時間前の私と同じだ。
私の双子の妹、馨の頭の中では、誰も見たことのない映像が浮かんでは消えてを繰り返しているんだそうだ。
あいつはただ、それをなぞっているだけだと言う。
「………すごいな」
緻密に描き込まれたイラストを目の前にして、毎度安っぽい感想しか言えないのはなぜなのだろう。
ぺらぺらのスケッチブックに、黒のドローイングペンで1発描き。
銀河すらない超空洞。
何も存在しない無の空間。
そこに取り残されたローブ姿の1人の男。
フードを被っていて顔は見えない。
ベッドの上に座りながら、その絵を食い入るようにじっくり眺めた。
両手でスケッチブックを持ち上げてみる。
そのページだけ1枚めくって、部屋の電気に透かしてみる。
本当にこれは自分の片割れが描いた絵なのだろうか。
疑問に思う。
しかし確かに馨は、先ほどまでそこのテーブルに座ってこの絵を描いていたのだ。
私はその向かいで頬杖をつきながら、走るペン先をずっと眺めていたはずだ。
「その人はねぇ、」
後ろから声がした。
振り返ると、木製のトレーを持った馨が開いたドアの前に立っていた。
「センスはあるけど、少し頑固者なんだって」
「誰が決めたんだい?」
「あたし、かな?」
そう言ってテーブルの上にトレーを置いた。
コーヒーの入ったマグカップが1つと、ホットミルクの入ったマグカップが1つ。
それから、チョコレートの焼き菓子が入ったココットが1つとスプーンが1本。
「夜のバレンタイン延長戦」
「私、この絵好きだな」
「それ?この前の音楽の授業の時に考えてたの」
馨はふらふらとベッドの脇までやってきた。
「60分耐久オーケストラ。変拍子の面白い曲だった」
「それでこのイメージが浮かんでくるのかい?」
へぇ、とまた白黒の魔術師を眺める。
馨とは隣同士のクラスだから、同じ曲を授業で聴いたかもしれない。
だけど、自分の頭にはこんな光景死んでも浮かんでこないだろう。
「傑、」
ベッドが揺れた。
なに?と尋ねる前に背中に重みが加わって、冷たい感触がするりと首筋を撫で上げていった。
「傑、鳥肌立ってる」
「今は駄目だよ」
「後ならいいの?」
悪戯っぽく囁く声に、振り返ってわざと睨む。
「わ、怖い」と馨はおどけて肩を竦めて、私の手からスケッチブックを奪い取っていった。
馨と私は双子の兄妹。
問題点はそれだけ。
二卵性だからDNAも違うし、血液型も違えば性別も違う。
"2人で1人"みたいな特別な感覚は昔から全くなかったし、きちんとお互い別の個体だと認識していた。
だから余計に、目に見えてくる男女の差を意識せずにはいられなかった。
「なーんでよりによって今日だったんだろ」
テーブルに座ってスケッチブックに落書きしながら、馨が不思議そうに呟いた。
「先週まであいつ、チョコくれチョコくれって煩かったのに」
「せっかく夜更かしして作ったのにね」
描かれていく謎のゆるキャラを見つめながら慰めると、うん、と馨は頷いた。
「いらないって言われた上に、別れよう、だって」
そう言って馨は、落ちてくる長い髪の毛を耳にかけた。
学校では1つにしばっているから、家でしか見れない仕草。
少し眠そうな瞳とまつげ、と、よれたジャージから露出した白い足首。
無防備、と頭に浮かぶ。
だけどわざと口には出さない。
こいつの弱い部分を見れる男は、これから先も、私1人だけで十分だと思っているから。
「やっぱ男の子ってよくわかんない」
「じゃあ告白されても、付き合わなければよかったんじゃないか」
「断る理由もなかったからなぁ」
あはは、と馨は緩く笑った。
この気の抜けたような表情も、家の外では全く見せない。
馨は学校では、親の前では、演技をしている。
それは私もおんなじだ。
他人が求める自分を見せるように意識している。
そうすると、世の中いろいろと上手くいくから。
だけどお互いだけは知っている。
私たち2人は、外はかっちりしてるけど、中身はけっこうずぼら。
そして周りのことには無関心。
「傑、これ食べて」
トレーに乗ったココットを差し出された。
「あいつにあげようと思ってた分。食べて」
甘い声でねだられる。
だけどまるで試されているような気分になる。
お前にこれが食えるのか。
他の男のために作ったチョコを、お前は平気で食べられるのか、と、挑発的な目を向けられる。
その視線に、背中がゾクゾクと粟立った。
こいつはこんな顔滅多に見せない。
学校ではいつも口元をきゅっと引き締めている。
だからすぐに虫が付く。
本質が何かも分からずに、かがり火に飛び込んで焼かれる羽虫。
馨の上っ面しか知らないような、そんな奴らと付き合ったって、もとからうまくいくはずないんだ。
だから破局という結果は何ら不思議ではない、至極当たり前のこと。
林檎が地面に落ちるのと同じこと。
私はその自然の摂理を、ほんのちょっと促すのを手伝っただけなんだ。
今回の奴は少し、しぶとくて手を焼かされたけれど。