【虎杖悠仁】勇気一つを友にして
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「馨先輩、何してるんですか?」
背後から自分の名前を呼ばれて振り返ると、少し離れた場所に虎杖悠仁が立っていた。
強い日差しに照らされて、彼の前髪はいつもより濃い影を顔の上に落としている。
その強いコントラストの中で、大きな瞳だけがはっきりと輝いていた。
こちらに近づいてくる虎杖に向かって、しーっ、と人差し指を唇の前に立てると、彼は片眉だけを器用に上げて周囲の音に耳を傾ける様子をみせた。
けれど校舎の裏のこの場所で静かにする理由が見つからなかったのか、また「何してるんスか?」と尋ねてくる。
「静かにして」
「何か聞こえるんスか?」
「人の話を聞きなさいよ」
静かにしてくれない後輩に笑いを押さえきれずに、馨は口角を上げて目の前に立っている木々を仰いだ。
虎杖もそれに続いて上を見る。
夏の青空に映える緑が綺麗だ。
「なんかあんスか?」
虎杖がきょろきょろしながら小声で尋ねた。
「うん、ちょっとね」
馨も独り言のように質問に答える。
「そろそろかなぁ、と思って」
「何が?」
「蝉だよ」
「セミ?」
多分、虎杖はその時になってやっと頭上から降り注ぐ蝉の声に気付いたのだろう。
都会人が車の音を気にしないように、東北に住んでいた虎杖にとって夏の煩い蝉の声や夜の田んぼに響くカエルの合唱は、慣れてしまえばただのバックミュージックだ。
脳が必要ない情報だと判断して、勝手に意識の外に追い出してくれる。
「蝉の声を聞いて、面白いんですか?」
変なの、なんて言いたげな表情に「聞いてれば分かるよ」と小さな声で返す。
言われた通りに目を閉じて耳を澄ます虎杖に、相変わらず素直な子だなぁ、と感心してしまう。
熱した油が弾けるような、ジュワジュワと波のある鳴き声。
暑さをより一層掻き立てるその音は、意識して聞いてみるとウンザリしてしまうほどに耳障りだ。
だけど、辛抱強く聞いているうちに、次第に音量が小さくなっていく。
夏のそよ風が吹く中で、1匹、また1匹、鳴くのをやめ、
そしてとうとう完全な沈黙になった。
「……鳴きやんだ」
ゆっくりと目を開けた虎杖が、小さな声で囁いた。
「あんなにうるさかったのに」
「うん。最近気付いんだけど、コイツら鳴く時間が決まってるみたいなんだよ」
「蝉って時間がわかんの?」
「気温で判断してるのかもね。すごいよね、誰かに教わらなくても一斉に鳴きやむの」
「へえ……」
神妙な顔で木に両手を当てた彼は、背伸びをして頭上の枝の根本に目を凝らしている。
蝉を探しているんだろうなぁ、と思って「蝉ってさ、」とまた小声で話しかけた。
「他の仲間の声に反応して鳴くんだって」
「うおおおぉおおぉぉぉぉぉお!!!!」
「!?」
突然叫びだした虎杖が、木の幹を大きく揺さぶった。
途端に、驚いた蝉たちがまた鳴き出す。
それに反応して、周りの木々からも一斉に応答が返ってきた。
「おぉ、すげー!!」
再び降り注ぐ鳴き声のシャワーに、何がすごいのか、虎杖は目を輝かせて両手を広げて喜んでいる。
「びっくりさせないでよ!!」
「あはは!すいませーん!!」
「虎杖に静かにしろって言った私がバカだったのかなぁ」
ピンク色の髪の毛を見ながら呟くと、虎杖はぴょん、と飛び跳ねて駆け出した。
馨先輩!!と元気な声が飛んでくる。
「釘崎の奴が先輩と手合わせしたいって言ってたんで、そろそろ戻りません?」
その満面の笑顔に、釣られて自分も笑ってしまう。
相変わらず、虎杖の元気は感染力が強い。