【五条悟】境界線を跨ぐ
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「じゃあ、試しにやってみる?」
「は?」
「キス」
「やだ」
即答かよ。
「いいじゃん。この際余り者同士で済ませちゃおうよ。ファーストキス」
「やだ!ぜってーやだ!別に俺焦ってねーし!」
「そんな遠慮しなさんな!きっと良い練習になるよ!」
「ファーストキスに練習も何もないだろ!大体、付き合ってもいない奴とキスとかありえねえって!」
「ピュアかよ!!じゃあ!じゃあ付き合おう!今付き合って、キスして、昼休みが終わったら別れれば問題ナシ!」
「大アリだし節操なさすぎだろ!つーか、なんでわざわざ自分の経歴に傷を付けなきゃなんねーんだよ!」
「経歴ってなんだよ!つべこべ言うなし!それに、誰もてめぇの経歴に興味ねえわ!!」
私は、はい!と両手を叩いた。
「たった今私達恋人どうしになりました!これからよろしく!」
「絶対嫌だ!!!付き合うなら俺から告白するんだよ!!そう決めてんだよ、昔から!!」
「うるせえ!!!」
めんどくせーなこいつ!と私は耳を塞いだ。
「目立つ容姿のくせになんで考え方が古風なんだよ。だからモテないんだ!」と文句を言えば、彼も「お前もそういうところに気遣えないからモテねぇんだろーが!」と私に人差し指を向けてくる。
「男のほうから告白して、女がOKして、そんでキスだろ!」
「とんだロマンチストだなお前は。見た目と合ってないんだよ」
「男はみんなロマンチストだ。あと見た目は関係ねぇし、それこそギャップ萌えってやつだろ」
「ギャップ萌えとか草。わかった、じゃあ告白しろ、今」
「今!?」
悟の顔が一瞬で真っ赤になった。
コイツでもこんなに顔を赤くするんだな、かわいいところあんじゃんか。
「は?え?」と目を丸くする彼に「おら、どうした?」と挑発をかける。
「理想の告白してみろよ。好きです、付き合ってくださいって言ってみろよコラ」
悟は目線を下げて、困惑の表情を見せた。
「ビビってんの?男らしくないな」と投げかければ、ムッとした顔をして「す、す……」と小刻みに震え始める。
「す……です」
「はぁ?聞こえませーん」
「……好きです!付き合ってくだs「はーい、いいよー」……!?」
私が食い気味に笑顔で返事をすると、悟は一瞬固まった後、膝から崩れ落ちた。
「俺が思ってたのと違う……」
地面に手をついて項垂れる悟の前にしゃがみ、まあまあ、と彼の肩を叩いた。
「真の目的はここからですから。今のは言わば前座だ」
「え、まじでやんのか?」
悟が顔を上げた。
「まだ不満な点でも?」
「……不満っつーか、」
「ほら、立って」
私は制服の袖を引っ張った。
悟が立ち上がると、その胸に手を置いて顔を近付けた。
「……ほんとにいいのか?」
たじろぐ悟に、いいよ、と身体を寄せた。
見上げる程高い位置にある大きくて綺麗な瞳に私が映る。
中学の頃はしょっちゅう背比べしていたけれど、いつからか私の成長は止まった。
代わりに彼はどんどん背が伸びてしまった。
頭2個分の身長差には、もう慣れた。
「……わかった、」
悟が顎を引いて私の肩に両手を置いた。
「あ、後で文句言うなよ」
顔が近づいて、唇も近づいた。
少しだけどきりとして頭を後ろに動かすと、悟も顔を離す。
「……嫌ならやめるけど?」
吐息混じりの声。
「……やめない」
私は、ん!と目を閉じた。
思ったより恥ずかしかったので勝手にキスしてもらおうと思った。
「……」
唇にひんやりとしたものが触れた。
私のファーストキスはバニラ味か、と目を開けると同時に唇も離れた。
無言が続いた。
「ど、どうだった?」
と感想を求めれば、悟はまるで味のしない焼き肉を食べたかのような顔をして、「どうって……」と口ごもった。
「よくわかん、なかった」
「だよね。私もよくわかんなかった」
唇になにか当たる感触はあったが、別にそれがどうした、という感じだった。
憧れのファーストキスが何も中身のないものだったので拍子抜けである。