【五条悟】境界線を跨ぐ
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屋上は高校生の夢である。
青春に屋上はつきものだ。
なのに、我が高校の屋上が立入禁止なのはおかしい。
青春には屋上を欠かしちゃいけない。
そんな勝手な理論を組み立てて、私と悟は昼休みに屋上へ向かった。
簡単な話だ。
煩い立て札と細い鎖を掻い潜るだけでロマンが手に入るのだから、みんなもやってみればいい。
ただしバレたら謹慎処分だ。
風に吹かれながらパンの包装を破いた。
これはクラスの男子による男気じゃんけんに飛び入り参加して獲得した戦利品である。
私の横では五条悟がホームランバーを齧っている。
毎日早弁をするから代わりにアイスを奢ってもらったらしい。
パンを咥えながら、私は隣の席の男子から拝借したジャンプを開いた。
「……んでさぁ、悠仁の奴、顔に落書きされてることずーっと気づかなかったんだぜ?」
「へー」
「もうおかしっくて!」
「へー」
「なぁ、ちゃんと聞いてるか?」
「聞いてる聞いてる」
「ならいいや。そんでさ、それを見た傑がな……」
私と悟は中学からの腐れ縁だ。
コイツはデカい上に目立つしうるさい。
でもいつも元気。
そして子供っぽい。
だというのに女子にすごいモテる。
悟の本性を知らない下級生から。
それでもこいつが誰かと付き合ったところは見たことがないし、告白をされているところも見たことがないから、愛とか恋とかの「モテる」ではなく憧れや尊敬、目の保養に近しい「モテる」ではないかと最近になって思うようになった。
私も私でがさつな性格だから、男友達が多くても彼氏はできない。
もちろん告白をされたことなど一度もない。
今だってスカートの下に体育着を履いて、思いっきりあぐらを掻いている。
「なぁ、ザリガニって池で釣れるらしいぜ」
「知ってるけど?え、知らなかったの?」
「海だと思ってた」
「それエビじゃね?」
「今週の日曜、釣りに行かね?」
「いいよ。エサは?スルメ?イカ?タコ?」
「分かんねえから全部試してみたい」
「よし、金は悟が出してね」
ご覧の通りである。
私達は中学から仲が良かったが、その関係を周りに噂されたことは一度もない。
だいたいの人には「小学生かよ……」と呆れられる。
それは不服だが、悟の隣は居心地が良いのでなんだかんだで今でも一緒にいてしまう。
私も、他の女子みたく髪を伸ばしてお洒落を勉強したほうが良いのだろうか。
ショートカットの前髪を撫でながら考える。
昼休みには小さなお弁当箱とファッション誌を広げて、他人のノロケ話に耳を傾けていたほうが良いのだろうか。
手元の漫画をめくる。
誌上では男女がもつれ合って唇が触れてしまうというベタすぎる展開が繰り広げられていた。
それを眺めながら「なぁ、悟」と声をかけた。
「なに?」
「悟ってさ、ファーストキスいつだった?」
「俺?まだだけど?」
うーん、即答、清々しい。
まあコイツは彼女なんていたことないから当たり前か。
「そういうお前は?」
「まだだけど」
「だよなぁ!」
そこは爽やかな笑顔で同意するところじゃないだろうに。
「この歳でまだってさ、やっぱマズイかな?」
と尋ねれば、「人と比べて焦るとかダサくね?」と返される。
お前は少しは焦ろ。
私は見るに耐えない漫画を乱暴に閉じて悟と向き合った。
「でもさ、私たち今年で17だよ?17っつったら青春のピークじゃん?屋上でジャンプとホームランバーでいいのかって話じゃん?」
そう言うと、悟は不思議そうに首を傾げて、「でも相手がいないならどうしようもねぇじゃん?恋人がいねぇんだからしょうがねぇじゃん?」と私の口調を真似た。
2人の間に沈黙が流れる。
そう、私達は言動が幼い故に異性から恋愛対象として見られない。
そこをお互いに傷付け合って何になるというのだろうか。
かと言って慰め合うのも惨めだから嫌だ。
私は大きく溜息を吐いた。
それから、あることを閃いた。
それは本当に気紛れの思いつきだったのだけれど。