【虎杖悠仁】狭くて、 丸くて、 ただひとつ
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ごめん、と虎杖は小さな声で言う。
文字を読んでほしいという頼みを叶えてあげられなかったことが情けないのか、自分でもよくわからなかった。
話題を変えようと思い、息を吸う。
「お姉さんは、」
そこでちょっと言葉に詰まって、彼女の足元に見えるキャリーケースをちらっとだけ見た。
「どこから来たの」
「遠くから」
彼女は右方向を指差して、ずーーーっと遠くから来た」と目の前の線路の果てを示した。
そして空中に横線を引くようにして「ずーーーっと遠くへ行く途中」と、反対側へ指先を移動させる。
「でも、電車が来ないみたいなの」
「そうだ、さっき人身事故があったって」
いつの間にかアナウンスが鳴り止んでいることに気が付き、「ほら」と虎杖は椅子の背もたれに手をかけて後ろを仰いだ。
電光掲示板の存在を教えてあげようとした。
見合わせていた上下線の運転が、30分遅れで再開したと伝える赤い文字が流れている。
けれど、彼女には読めないのだと思い出し、すぐに「もうそろそろ来るって」と言葉で伝えた。
彼女は、線路の方を向いたまま頷いた。
彼女の動作は落ち着いていてとてもシンプルだ。
魔法使い、みたいだ。
実はずっと感じてた。
外国よりも、ずっと遠いところから来てくれたような気がする。
今年の夏の終わりと一緒に、彼女がすうっと夕日に消えるところが想像できた。
無意識のうちに、声を潜める。
「お姉さん、普段はなにしてんの?」
「何してるように見える?」
「…………モデル」
「目立つのは好きじゃないな」
「じゃあやっぱ、探偵とかスパイ?」
「もし私が本当にスパイだったら、自分はスパイですなんて誰かに言ったりしない」
「日本の生活は好き?」
「好きだよ。生きていくのは大変だけれど」
しばらくの間、ふたりで色々な話をした。
彼女は親しみやすく聡明であったが、常識的な部分が欠けているところがあった。
野良猫を追いかけていた時の話を虎杖がすると、「猫というのは、動きが早いの?どのくらい?」と興味深そうに尋ねてもくる。
「逃げ足が早い。台風の時の風くらい」
「よく捕まえられたね」
「友達が手懐けてた」
相手が一風変わった人間であることは虎杖も早くに気付いていた。
けれど、悪い人ではなさそうだという気持ちが、会話を続けさせていた。
「そうだ。お姉さんの名前、教えて。あー、この世界で使ってる名前」
「馨。あなたは?」
「虎杖。虎杖悠仁」
「虎杖……。珍しい名字」
「一発で読める人なかなかいない」
お決まりの自己紹介をして、いつもの癖で言葉を続ける。
「イタドリって植物があること最近知ったんだよね」
馨は、へぇ、とぼんやりとした相づちを打った。
頭上から伸びる屋根の向こうの青空の中に、何かを探しているかのように仰いでいる。
そうか、 と気が付く。
ずっと感じていた違和感。
馨が他の人と違うと感じたのは、俺のことをジロジロ見ないからだ。
幼い頃は地毛の髪の毛で、宿儺を受肉した今は、呪術師や補助監督が自分に対して示してくる、あの身構えた感じがしない。
つまり、この人が生きてきた世界では、髪の色や目の色、肌の色の違いなんて珍しいものではなく、たいした問題でもないということになる。
それが新鮮であり、羨ましくもあり、なんだか少し恥ずかしくも、悔しくもあった。
我ながら目立ちたがりだったのかと思うけれど、気持ちを止める術を知らない。