【虎杖悠仁】狭くて、 丸くて、 ただひとつ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「あの、隣に座ってもいい?……すか、ここ」
少しだけお喋りしたい。
少しだけ。
「どうぞ」
「あざッす!」
いそいそと腰掛けながら、彼女の横顔をじっと観察する。
細い首筋には皺1つなく、パッと見で歳が若そうに感じた。
華奢な脚を組み直す仕草は大人っぽいというよりも、海外のセレブ少女が気取っているような印象に近い。
忙しない世間のリズムから1拍ずれているような感じ。
もしかしたら、この人は実はモデルか女優で、お忍びにこの辺りを散策しているのかも。
妄想が巡りだす。
澄ましたような態度の相手が迷惑がっている様子を示してこないのを良いことに、上から下までジロジロと眺めてしまう。
20代前半、と感じるけれど、正確には掴めない。
「もしかして」
何かに閃いたのか、顎に手を当てて目をキラリと光らせる。
「お姉さん、探偵でしょ?」
もしこの場に同期である伏黒や釘崎がいたら盛大なため息と共に頭をはたかれ、思いつきで話すとバカがばれるから、お前は口を閉じていた方がいい、と言われていただろう。
だが、そう言ってくれる同期の姿はない。
残念なことに。
突然の質問を受けて、その女性は指を挟むようにして雑誌を閉じると、まず聞きいんだけど、と虎杖の方へ顔を向けた。
「探偵っていうのは、職業のことで合ってる?浮気調査とかをする人のこと?」
「そう」
「じゃあ、私は違うよ。残念だけど」
「探偵じゃないなら刑事?」
「どうしてそう思うの?」
訊ね返す彼女の反応は占いの結果を知りたがる女の子と同じで、自分がどう見られているのか聞くのを楽しんでいるようだった。
「雑誌を逆さまに持ってたから」
と虎杖は答える。
ほら、と伝えたかったのは、先週見たドラマのワンシーン。
「おっちょこちょいの探偵や刑事は、新聞や雑誌を逆さまに持ったりするだろ?犯人の尾行中、普通の人に紛れ込もうとして読まないのに適当に広げるからさ、上下逆さまになっちゃう、アレ」
アレ、と言う曖昧な表現を聞いて、うーーーん、と彼女は熟考した後、なるほど、と呟いた。
「当たらずとも遠からずって感じ」
と軽やかに笑う。
「私は誰の後も追いかけていないけど、みんなの真似をしてみようと思って雑誌を買ったの。でも普通って難しいわね、あなたにはバレちゃった」
そう言って、イタズラが見つかった子供みたいに柔らかくはにかむと、雑誌を膝の上に広げた。
「何が書いてあるかわからないのよ、私」
虎杖は身体を曲げて誌面を覗きこむ。
彼女が持っていたのは、堅苦しい文芸誌らしかった。
見開きのページに窮屈そうに漢字とひらがなが詰め込まれている。
「文字が読めないの?」
と虎杖は尋ねた。
日本にやってきたばかりの外国人だと、またはハーフなのだと、本気で思った。
だから日本語が読めないのだと。
それが無遠慮な質問だとは気がつかず。
彼の頭いっぱいに広がっていたのは、"この世界には、いつまで経っても慣れなくて"と先刻の彼女が発した言葉だけだった。
「でも、日本語の発音は上手いね」
彼女は一度肩を竦める。
「教えて、これにはなんて書いてある?」
ネイルを施した指先がページの上を滑っていく。
止まった場所は、文学作品の最後の一節のようだった。
虎杖はまた深く考えもせず、目に飛び込んできた文字をそのまま声に出して読み上げようとした。
が、出だしから漢字が読めず、口を中途半端に開けたまま固まってしまう。
困ってしまい、あー、と声を出す。
「サンズイに心って、なんて読むんだ?」
「……私も分からない」
読める人がいない。
どうしようもない事態だ。
端正な書体で紙面に張り付いている、その『沁々嫌になった』という文字列をしかめつらしく見つめる。
「たぶん、すげえ嫌になったって感じのことを書いてるんだと思うんだけど」
自分なりの解釈を伝えると、彼女は、そう、とため息を吐くように相槌を打った。
沈黙が二人を包んだ。