【夏油傑】幸せの名前
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「私の方こそ、大声出してごめんなさい」
「あのさ、馨」
「なぁに?」
「………任務のあと、理子ちゃんに会いに行ったんだ」
「あぁ、だから機嫌いいんだ」
なるほどな、と私は1人で納得した。
「どうだった?彼女、元気そうだった?」
「うん。元気。元気すぎてうるさいくらい」
「寂しがってなかった?」
「隠居生活もなかなか楽しいって言ってたよ」
今度、お忍びで遊びに行きたいってさ。
口の端を上げて白い歯を少しだけ見せて笑う。
星漿体、ということ以外は彼女について何も知らない。
同化を拒んだ彼女をどこかへ遠くへ逃亡させ、夜蛾先生にこっぴどく叱られた彼らの姿は今でも鮮明に覚えているし、彼女が今どこにいるのかを知っているのは傑と五条しかしらない。
時々こうして、理子ちゃんの様子を見に行っているらしく、その度に彼は機嫌がいいから少し妬いてしまう時もあるけれど、そこが傑のいいところ。
性格はすこぶる悪いけど、面倒見がいい。
五条のことを、親友だよ、と誇らしげに自慢するところも子供っぽくてかわいい。
そんな彼だからこそ、私は彼に惹かれていった。
お母さんみたいだなんて揶揄われているところを見たことがあるけど、実を言うと、それは彼の、ほんの一部の顔にすぎない。
自分の理想や信念を追いかけ、人一倍正義感が強い。
そのことでたくさん悩んだり苦しんだりしていた時もあったみたいだけど、彼は決して折れることはない。
そのことを私は知っている。
きっと、彼の心はマカロニみたいにもちもち柔らかいから折れないのだな、なんてベタ惚れな彼女の私は分析している。
つまり夏油傑という男は、冷静沈着で仲間思いで優しい。
優しいけれど、戦ってる時と、ベッドの中だけくそ格好いい。
それを知っている女は世界で自分だけという事実を、私は最高に誇らしいと思っていたりするのだ。
あぁ、なんか自分で言って恥ずかしくなってきちゃったな。
◆◆◆
耐熱容器に、グラタンの具材とソースが流し込まれる。
「あとはオーブンで焼くだけだから、座って待ってて」と狭いワンルームの中央に置かれたテーブルを指さしながら、熱くなった頬をぱたぱた扇いだ。
はーい、と傑が返事をする。
私が仕上げのチーズとパン粉をふりかけている間、彼はさっとテーブルの上を片付ける。
クッションの位置を直して、テーブルの角度を直して、キッチンへと戻ってくる。
スプーンを2本、コップを2つ。
それから、冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出すと、抱えた腕で扉を閉めて、去り際に私の頬にキスまでしていく。
「あ、そうだ」
そこで大事なことを思い出した私は、スープにかけた火を消してクローゼットに向かって歩いた。
「傑、この前うちにマフラー忘れてったでしょ。今のうちに渡しとくね」
はい、とテーブルの前で正座した彼にマフラーを渡す。
ありがと、と受け取った彼は、どのくらい置きっぱだった?とまた上目遣い。
「2週間くらい?」
「そんくらいかな」
「そっか」
そのマフラーに顔をうずめて、傑は、ふふ、とまたへにゃりと笑った。
何が面白いんだろう、と考えながらキッチンにもどろうとしたら、あー、とか、うー、とか謎の声まで出し始めた。
「ねぇ、馨」
「なぁに?」
「ちょっと、こっち来て」
「?」
「座って」
首をかしげながら、促されるままにラグの上に座り込む。
低い高さのテーブルの前、2人で膝を付き合わせて見つめあう。
沈黙がいやに長かった。
あのさ、と言いにくそうに口を開いた傑は、うぅん……と悩ましげな声を出す。
困ったように笑う彼の意図がまるで読めず、代わりに、あ、と大切なことを思い出した。
「オーブンの予熱忘れてた」
「え、あ、待っ、て……!」
ください、と消えそうな声で腕を掴まれる。
いよいよ訳がわからなくなって、どうしたの?と上げかけた腰を下ろすと、傑は、「私さ」とまた猫のような上目遣いで私を見上げた。
「私、今からちょっと気持ち悪いこと言うんだけど、引かないでもらえるかい?」
「うん?」
「あー、これ言ってもいいのかなぁ?」
ガシガシと頭を掻いた傑が、Yシャツの上のネクタイを緩めて、これ、とマフラーを自身の首に巻き出した。
「わざと忘れていったんだ」
「わざと?」
「うん。わざと」
「どうして?」
「それは、」
いたずらを懺悔する子供のように、傑は目線を下げてマフラーで顔を半分隠した。
「だって、こうやって巻くとさ、馨の匂いがするから」
家に帰った後も……と言いかけて傑は、真っ赤な顔で身体を折り曲げた。
「ごめん、なんか私、変態みたいだよね……」
と、盛大に照れながら、私の肩に手を乗せる。
ぽすん、と世界が反転して、広がる天井。
押し倒されたのだと気づいたときには、もう彼に組み敷かれた後だった。
「すぐる?」
「ごめん、実は、もう限界」
「ご飯は?」
「終わってから……じゃ、だめ?」
「待って、せめてベッドに…んぅっ」
もどかしいのか余裕が無いのか、傑は苦しそうな呼吸と一緒にキスをしてきた。
しょうがない、と頭の中の私が囁く。
グラタンは後は焼くだけだし、スープも温めなおせばいいだけだよね。
そう考えて諦めたとき、喉の奥の方から、ん、と切ない音が聞こえた。
中途半端な場所のまま、私の上に覆い被さるように四つん這いになった傑の身体がテーブルにぶつかる。
天板に乗せられた、空のままのコップがカタカタ揺れる。
その不安定なリズムの音と、壁掛け時計の秒針の音。
そして私は、この6畳半の空間いっぱいに満ちている、甘ったるくて優しいものの正体について考えていた。