【虎杖悠仁】そよめきなりしひたむきなり
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「……………」
「あれ、怒った?」
「いや………なんか」
馨は目を伏せて早口に「こういう時、なんて返せばいいかわかんなくて」と言った。
心持ち呼吸が浅くなる。
ごめん、とくぐもった声で謝った。
「あー」
虎杖も頭の後ろを掻いて、ごめん、と言った。
彼にとって、軽い冗談は他人と打ち解けるためのコミュニケーション術の1つに過ぎなかったのだけれど、そのような距離の詰め方に慣れていない人間もいるのだというところまで、考えが及んでいなかったのだ。
気まずい沈黙を避けるために、「これさ、」と受け取ってもらえなかったタンバリンを彼は一度叩いてみせた。
「音楽室からパクってきたの。掃除当番の時に」
これも、と横に佇むギターをつま先でつつく。
その無頓着な行動に馨は控えめに眉を潜めた。
うん、と相槌を低く打った後、「演奏できるの、すごいね」と小さく言った。
相手を褒めるというよりも、話題を出された側の最低限の務めとして取り敢えず口にした、といった雰囲気だった。
「あー、あー、ん、まぁ。いや、すごくない」
虎杖は歯切れ悪く返事をして、手に持っていたそれを一番近い机に放った。
「ギターくらい、誰だって弾けんでしょ」
「そんなことない、と思うよ」
彼女は俯きながら、クラスメイトの女子たちが普段どんな風に男子と会話していたのかを思い出していた。
「なんでもできるんだね。虎杖くんて」
「まさか」
虎杖は彼女のつむじを一瞬見やり、そして右足を軸に身体を半回転させた。
「全部中途半端なだけだし」
と窓枠に両手をついて外を眺める。
「ってーか椎名さん、この前体育館に来てたね」
途端、馨の表情が固まった。
あっ、うん、そう。
と小さな唇が早く動く。
「友達とね、えと、友達が―――あの、黒髪の子。ツンツン頭の、えっと、なんだっけ……?ふし、」
「伏黒?」
「そう、その人。その人が見たいって。友達のね、付き添いで」
しどろもどろにそう言って、意味もなく自身のシャツのしわを伸ばした。
しかし嘘は言っていない。
虎杖は素っ気なく、ふーん、と言って、狩り上げている部分を指先で撫でた。
「あいつ、相変わらずモテんだな」
その反応は、どこか苛立っているようにも見えて、小心者で相手の機嫌に敏感な馨の心を更に乱した。
「い、虎杖くんのことも見たよ。すごいね」
「すごくねーよ」
彼は彼女のほうを振り返る。
ううん、すごいよ、と否定が重なる。
「私、運動できないからみんな上手く見えたけど、かっ、」
そこで声のボリュームが一気に下がった。
「………格好、良かったよ」
小さく呟かれたその言葉の後、長い長い沈黙が訪れた。
誠に残念なことに、彼女の目は虎杖の薄い腰に巻かれたベルトの、留め金部分に向けられていた。
もし視線を上げて、相手の目を見る勇気を持っていたなら、ひどく狼狽した彼の顔を見ることができたのに。
「………マジ、ですか」
「あ、はい……あの、軽快、だったよ」
「や、それ、集中力がないだけ。無駄な動きが多いってよく注意される」
虎杖は「筋肉は、まぁあるし、体力にも自信はあるんだけど、どうしても集中力と忍耐力がなぁ」と乾いた笑みを零す。
「でも、剣道なんて楽勝、って感じに見えた」
「ややや、本気でやってないだけだっての」
それから彼は、動揺を悟られまいと喋り始めた。
彼は他人から面と向かって、とりわけ目の前にいる彼女から褒められることに慣れていなかった。
だからかつてチームのエースで、且つ主将である有名人の名前を引っ張ってきて、いかに自分と違って無駄に本気で生きているのか、そしていかに面倒くさい人間で、馬鹿なことをたくさんしてきたのか、という話題にすり替えた。
その人物にまつわる鉄板ネタならいくらでも持っていたから、幾つか彼女に話して聞かせて、けれど剣道に関してだけは天才的だと認めてあげて、自分はパワーでも体力でも勝てない代わりに、テクニックや戦術を見極めたプレーをしているのだと調子良く語り上げた。
しかしそれでもやっぱり、自身との埋められない実力の差についての話題に戻ってしまい、最後には、
「……五条先輩はさ、卒業しても剣道続けてさ俺の手の届かないところに行っちゃうんだって思ってた。俺なんかよりずっとずっと、高いとこ。でも夏油先輩が剣道辞めるって言って、そしたら五条先輩も辞めるって言って。なのに今日来てさ、嬉しかったよ。嬉しかったけどさ、それって、なんかさ……」
寂しいじゃん。
小さく、本当に小さく呟いた言葉は、2人だけしかいない教室に消えた。
はっとしたように虎杖は口をつぐんだ。
長く会話を独占してしまったこと、誰にも言えなかった弱音を吐きだしてしまったことにようやく気が付き、彼は視線だけ動かして、黙って聞き役に徹してくれた馨の様子を恐る恐る窺った。