【虎杖悠仁】そよめきなりしひたむきなり
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「あ、椎名さんだ」
夕暮れに染まる3年2組。
馨が勉強道具を抱えて教室へと戻ってくると、窓辺に虎杖悠仁が立っていた。
まるで数十年前から住み着いている地縛霊かなにかのように、彼は2時間前と同じ場所で、同じ半袖のワイシャツ姿で、同じピンク髪、同じ表情、同じ体勢で佇んでいた。
しかしギターは、彼の横で沈黙している。
「もう帰り?」
尋ねられて馨は首を横に振る。
顔には僅かに驚愕の色が浮かんでいた。
もうすぐ日暮れとなるこの時間、普段のように教室には誰もいないと踏んでいたし、彼に声をかけられたのは、これが初めてのことだったから。
「えーと………虎杖、くん?」
相手の名前を口にするのも、彼女にとっては初めてのことだった。
「練習、終わったの?」
「ん、終わった」
虎杖は薄い笑みを顔に張り付けたまま、ちょいちょいと手招きをした。
少し躊躇う様子を見せたあと、馨は彼の方へと歩き出す。
「椎名さん、どこ行ってたの?」
「……しつ」
「は?」
「としょしつ」
「あぁ、図書室ね」
窓枠の下に腰をもたせかけている虎杖の向かい。
少し距離を置いて正面に立つと、微かに香水の匂いが漂ってくる。
もしかしたら制汗スプレーの香りだったのかもしれない。
けれど、彼の短い前髪はサラリと揺れて艶めいていて、先程まで運動していたなんて言われたところで信じ難い。
虎杖は馨の抱えているノートとテキスト、それから資料集と筆箱を見た。
「教室で勉強しねーの?」
と見下ろすように彼女に尋ねる。
「うん。うるさいから……あー、違うくて……」
馨は足下に視線を落とした。
「静かだから。図書室の方が」
「いいじゃん。素直に俺らがうるさいって言いなよ」
「んんん、そういうんじゃない。ごめん」
彼女は不安そうに前髪を触った。
「あの、虎杖、くん」
「ん?」
「私に何か用?」
それからまた、んんん、と短く唸った。
口下手な自分に困っているようだった。
あー、そうそう、と虎杖が軽い調子で頷く。
「ちょっと、頼みたいことがあってさぁ」
そこでようやく、馨は虎杖の左手に何か握られていることに気がついた。
はいこれ、とまるで約束していた漫画を手渡すかのように差し出されたそれがすぐには認知できずに、まじまじと見つめてしまう。
「……何、これ」
「何って」
タンバリン、と虎杖の目が細くなる。
よく男友達から、笑ったとき前見えてるの?とからかわれている三白眼の瞳。
美人だ、と馨が密かに思っている目。
「椎名さん、叩いて」
「へっ?」
「他に誰もいないから」
「あ、え、タンバリンを?」
む、無理無理、と首を横に振る。
「叩き方、知らない」
「知らなくてもノリっしょ、ノリ。カラオケでもやんでしょ?」
「カ、ラオケ……は、あんまり、」
「行かないの?じゃあ行こ。今日。これから」
「えっ!?っと、それ、は......」
馨は口を閉じて僅かに後ずさった。
腕の中の勉強道具を胸に強く押し当てる。
はは、と虎杖が軽く笑った。
「椎名さんて、真面目なんだね」
彼がこてんと首を傾げると、ピンク色の髪が小さく揺れて、馨の顔がみるみる赤く染まっていった。
単にからかわれただけなのだ。
カラオケも、タンバリンも。