【虎杖悠仁】そよめきなりしひたむきなり
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もしも椎名馨という内気な少女に、"虎杖悠仁とはどのような人物か"と尋ねたならば、長い長い沈黙の後、よくわからない人、と頼りない声を聞くことができるだろう。
彼女は滅多なことがない限り、クラスの中ではスポットライトの当たらない場所に立っている。
その薄暗がりから見える虎杖の姿は、部活で忙しいはずなのに時間に追われている様子がなくて、何に対しても執着しない、捉えどころのない人物となって映し出される。
まるでクラスメイトそれぞれが重い荷物を背負わされ、足場の悪い未来への道を歩いているその中を、一人だけ手ぶらで進んでいるかのような、そんな風変わりな人。
他者からの干渉を拒否しているかのような、自由きままな生き方を貫いているかのような、でもそこまで強固で崇高な意志なんて端から持ち合わせていないかのような。
そんな核心の見えない印象を抱いているのは馨だけではないらしく、同じクラスの男子も時折呟く。
あいつみたいに、何にも縛られないでいたい。
むしろセーラー服を着たあいつに縛られたい。
いや逆に縛り上げたい、云々。
ちなみにこれらの不真面目な評価の中には、虎杖悠仁なる男は3年2組という組織において、賑やかしとはまた違った主要な立ち位置に君臨している、という意味合いも含まれている。
更に椎名馨の困惑には先週、部活をしている虎杖悠仁を見たことも一因していた。
2つ隣のクラスの、たったひとりの友人に誘われるがまま体育館を訪れたその日の放課後、彼女は部活中の虎杖から終始目を離すことができなかったのだ。
なぜならコートの中の彼の姿は、普段の教室で見せる姿と、全く、これっぽっちも変わっていなかったから。
つまり身のこなしが軽やかで、掴み所がなくて、狡猾というより、トリッキー。
例えば、馨がまだ1年生だった時、やたらと人気があってやたらと問題児だった男子生徒2名。
いろんな意味で学校中の、いや、全国に名を轟かせた有名人の五条悟と夏油傑。
間合いの取り方や剣先から伝わる緊張感、まったく隙がない姿は、普段の彼等とは程遠く、素人目であっても彼らの凄さは明白だった。
しかし対して、虎杖悠仁の技が馨の頭に植え付けた言葉は、軽快、の薄い二文字であった。
『あの虎杖って人』
隣で見ていた友人が、虎杖を指差して言っていた。
『あの人、防具をつけているのに身軽に剣道をするのね』
その言葉を、馨は今も忘れられないでいる。