【虎杖悠仁】ときめき
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話は昨日、家まで馨を送り届けたところまで戻る。
「あのさ、虎杖。話があるの」
服の裾を掴む彼女の真面目なトーンに、虎杖は期待してしまった。
彼女もまた自分と同じ気持ちなのではないかと。
「いや、あの、そういうことは、あのぅ……、男の方から……」
「あ、や、違うの……そうじゃなくて」
「まって、俺から言わせて。えっと、馨さん!!あっ、さん付けとかなんか恥ずかしいな。えっと、馨ちゃん、馨君、あー、違う!やっぱり馨がしっくりくる。えっと、馨!!」
だから焦った。
こういう告白は自分からしたいとずっと思っていた。
だから先に言われる前に言わなければ、と。
「虎杖」
しかしそれより先に馨が、口を開いた。
「ごめん、虎杖」
「え?」
「ごめんなさい、今まで黙ってて」
「何を?」
心臓が大きくなる。
これはどっちの意味で心臓が大きくなっているのか。
期待か不安か。
入り交じる両方の感情に、虎杖の喉はもはや砂漠並みに乾ききっている。
「私……私もうすぐいなくなるんだ、ここから」
「いや、俺もずっと人の玄関前にいるつもりないけど……」
「違う。私、日本からいなくなるの」
「……それは、つまり、え……どういうこと。海外旅行、とか?」
思考が追い付かない虎杖は、的外れな事ばかりが口に出てしまう。
首を横に振る馨。
彼女は決心した。
ちゃんと話そう、と。
「小さい頃からの夢だった。ウィーンに行って、ヴァイオリニストになるって。小学生の頃からずっと決めてて。私今16歳でしょ。こういうのって若いうちからちゃんと学んだ方がいいって言われてて、でね、この前のコンクールでたまたま見に来ていた人がね、ウィーンでも有名な人だったらしくてね、声、かけてもらったの。向こうで本格的に音楽を学ばないかって。チャンスだって、思ったの。こんなチャンス滅多にないし、今逃したらたぶん、私……」
尻すぼみになっていく言葉。
最後は音にならずに消えたが、聞こえなくても虎杖には言いたいことがわかった。
「……日本には?」
「しばらく帰って来ないつもり。こっち戻ってきたら多分甘えると思う。お金ももったいないし。向こうでちゃんと音楽学んで、たくさんコンクールとかに出て、実績踏んで、プロになったら、もしかしたらって感じ」
「それ……何か月かかんだよ」
「ばか、何か月どころの話しじゃないよ。才能あっても3年以上はかかると思うし、10年経っても20年経っても芽が出ない人は出ないだろうし。でも、私は限界まで頑張ってみたいの」
彼女の言っている意味は分かる。
だけど、脳がそれを受け付けようとしない。
馨が日本からいなくなる。
たったそれだけのことなのに、まるで世界が滅亡したかのように想えて仕方がない。
「本気……なのか?」
冗談だろ、嘘だと言ってくれ。そんな真面目な顔して、俺を騙そうとしているのか。
虎杖の心の中で消える音が、虎杖の心を苦しめる。
「馨……」
「私……小心者だから、実は一人で結論だすのに結構勇気いったんだ。誰にも相談しないで。菜々子にはちょっと相談に乗ってもらったけど」
菜々子は彼女の背中を押してくれた。
やりたいことがあるならやれ、と。
大好きな友達とのお別れは自分も辛いが相手も辛い。
それでも背中を押してくれた。
馨の夢が必ず叶うと信じて。
「すっごくすっごく悩んだの。なんかね、ふとした時とかちょっと甘い言葉かけてもらいたいなって期待しちゃったりとか」
たった一人で。
まだ16歳の少女が。
異国の地で夢を追う。
それがどれだけ怖いか、不安か。
外国に行ったことのない虎杖でも、その恐怖は計り知れないほどの大きさだ。
それがましてや旅行ではなく、夢のため。
ライバルも多いだろうし、くじけることだってある。
日本にいるときでさえそうなのだ。
外国に行ってしまえば、一体誰が彼女の不安や恐怖を拭ってやれると言うのか。
溢れる感情がぐちゃぐちゃになる。
言葉にならない言葉が、虎杖の胸の中をドロドロにしていく。
今の虎杖には馨の言葉を静かに聞くほか、できることがない。
「一人で抱えきれなくなっちゃって、正直に言うとね、相談に乗ってもらおうかなと悩んだりもした。でも、そしたら絶対にぐずぐずになると思ったし、自分のことなんだから、ちゃんと自分で決めなくちゃって」
涙声になる馨の声に虎杖もまたうっすらと瞳に涙が滲む。
彼女の夢の足枷になっているのは自分だと、バカな虎杖でも十分にわかった。
背中を押してあげなくてはいけない。
彼女の夢を、彼女が長年追い続けてきた夢を、自分も応援しなくては。
「ごめんなさい」
遠距離はだめだった。
会いたいときに会えないし、電話だけなんて寂しい。
テレビ電話があるけど、顔を見たらもっと会いたくなる。
「なんか、いろいろと……」
外国、ウィーンだなんて、すぐに行ける距離でもないし、電話だって電話料金いくらかかるんだ。俺まだ学生なんだけど。
「……ごめんなさい」
やめろ、行くな。
日本でプロ目指せばいいじゃん。
俺、お前に会えなくなるの嫌なんだけど。
「……っ」
「でもさぁ、例えばさぁ」
何かを言いたくて虎杖は口を開いたけど、それを遮るように馨は続ける。
まるで虎杖の言葉を聞かないようにするために、わざとそうしているような。
虎杖と視線を合わせることなく。
「虎杖と恋人同士とかじゃなくてよかったよね。付き合っててさ離れ離れになるなんてさ、しかも日本とウィーンだなんて、ちょっとした悲劇のカップルだもんね。こういう関係でとどまっててさ、よかったよね、私たち」
静かにゆっくりと馨と虎杖の視線がぶつかった。
馨の目には、虎杖に同意を求めるようなそんな意思が感じられた。
本当は否定したい。
自分の心の赴くままに、言ってやりたい。
子供のように喚いて泣いてその身体を抱きしめてやりたい。
だけど、わかっている。
そんなわがままは言えない。
自分の我儘で人の夢を壊していいはずがないのに。
何が正しいかなんて、もうずいぶんと前からわからないままだ。
「そう、だな」
本心とは裏腹の答えが、虎杖の口から漏れた。
「そう言う考え方もあるよな」
馨は安心したような悲しいような笑みを浮かべる。
「で、いつ行くんだ」
「まだちゃんとは決まってないんだけど、年が明ける前には……」
「なんだよ、すげえ急じゃん!!」
わざと明るい声で言えば、馨も申し訳なさそうな感じではあるが小さく笑った。
これでいい。
これでいいだ。
と、虎杖は何度も言い聞かせる。
「出発の日にち、決まったら教えるね」
「おう。……見送り行くか?」
「ううん。引きずらないで向こうでスタートしたいから」
「……どういう意味だよ」
「…………そろそろ家の中に戻らなきゃ」
そう言って馨は足早に家の中へと入って行った。
名前を呼んで引き留める事もできない虎杖は、しばらくそこに突っ立ったまま。
どうすることもできない感情をどこにもぶつけることもできないで、ゆっくりと自分の家へと向かって歩き出した。
虎杖の話を聞いて3人は押し黙った。
馨がウィーンに留学するだなんてそんな話、夏油は何も聞かされていなかった。
「よかったのか、言わないで」
静寂に包まれた屋上で沈黙を破ったのは伏黒だった。
「言ったって、仕方ないだろ」
「お前の気持ちを伝えるために俺や五条先輩、夏油先輩もみんな力を貸したのに」
「もう、いいんだよ……」
力なくそう答える虎杖の胸倉を五条が掴んだ。
サングラスの奥から覗く瞳はひどく怒っている。
「あいつは待ってたと思うけど、お前の言葉を」
「俺が馨に言ってやれる言葉なんて、もうないんだよ」
「悟、落ち着いて」
二人の間に割って入る夏油は、胸倉を掴む五条の手を解く。
ここで言い争っても何も解決はしない。
ただ―――……。
「言ってやる言葉がないって、本当にそう思っているのかい。悠仁?」
言いわけばかりを述べる虎杖に、夏油も五条も苛立っていた。
そういう言いわけをつらつら述べて、自分を守っているようにしか見えなかったから。
風船のように膨らんだ馨への気持ちは、確実にしぼんでしまった。
しわくちゃになってもう二度と膨らむことはないであろう、風船に。
もう一度と、言う彼らに。
虎杖は固く拳を握って、
「愛してるって言えってか!!!」
一筋の涙を零した。
「あの状況で!!いなくなるあいつに!!」
息を荒らげて、虎杖は夏油や五条を睨みつける。
彼等もまた虎杖を冷たい目で見ていた。
言いたいことも言えない男に、好きな女を引き留める事もできずにただ言いわけだけを重ねるヘタレな男の言葉など、夏油達にとっては痛くも痒くも無い。
「……言って、どうなるってんだ」
そう吐き捨て、虎杖は屋上を出て行った。
残された3人は何も言うことなく、再び静寂が訪れた。
かと思いきや、夏油はスマホを取り出し。
「菜々子かい?そう、私だよ。話はさっき悠仁から聞いてね。うん、そう。お願いできるかい。日程がわかったら教えて。じゃあ、また」
「従妹に電話してたんすか?」
「うん。可愛い後輩のために、一肌脱ごうと思ってね。協力してくれるね。悟、恵」
「しょうがねえな!!俺も一肌脱ぐか!!」
「絶対楽しんでるでしょ、あんた。でも、俺も協力しますよ」
3人はにっと笑ってお互いにハイタッチを交わした。