【乙骨憂太】はるかぜとともに
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大学進学を機に実家から出てひとり暮らしを始めるなんて、すごくすごく難易度の高いことのように思えた。
けれど、決まった通りに動けば案外簡単にスタートを切れた。
一週間も経たないうちに、私は同じ場所で、天井まで届きそうな段ボールだらけに囲まれて、私の部屋になった私の部屋で、フローリングに大の字になって寝そべっていた。
入学式まで、あと数日。
新しい街、新しい学校、新しい生活、お茶碗も、家具も、コンビニまで行くサンダルも。
全部が全部新しい。
お金は無限にあるわけではないから、全て私好みのかわいい物を、というわけにはいかなかった。
けれど、住めば都、雪隠虫もなんとやら。
自分で選んだものはやっぱり愛着がわく。
結局かわいく思えてくる。
電気、水道は開通しても、ガスはまだ通っていなかった。
午後から業者さんが開栓に来てくれる予定になってて、それまで火もお湯も使えない。
寝返りを打って、買っておいたスーパーの袋を引っ張り寄せる。
レタスとチーズが挟まったサンドイッチを取り出して寝たままかじった。
お母さんに見つかったら怒られるけど、今じゃ電車で3時間の距離。
誰も知らないところでお行儀悪いのはハッピー。
なんでも自分の好きなようにしていいって、自由って、幸せだなと噛み締める。
これから好きなことだけ勉強をして、お金を貯めて、好きなものを買って生きていくんだ。
バイトは何にしよう。
カフェ?カラオケ?パン屋さん?塾講師、とか。
むふふ、と笑みが零れる。
我が世の春を満喫中、といった気分だ。
けれど残念なことに、段ボールはなかなか片付かなかった。
すぐ終わると思っていたのに、一箱開けては漫画を読み、一箱開けてはスマホをいじった。
ガスの立会いが済んでも終わらなくて、トイレに行きたいと思ってから、トイレットペーパーがどの箱の中にあるのかわからなくなってしまって、結局急いでコンビニに走る羽目になった。
日が暮れるころにはエネルギーがすっかり尽きてしまって、また私はフローリングの上に倒れていた。
今日の晩ご飯、どうしようかな。
当たり前だけど、自分で用意しないとご飯はないのか。
お風呂もわかない。
横向きに丸まって、足先を見つめた。
これからずっと私服かぁ。
つい数日前の、高校の離任式を思い出す。
あれがクラスの最後の日だった。
午前中で式が終わって、お昼になってもなかなか人は帰らなくって。
誰かが、これで制服も最後だね、とぽつりと言って。
じゃあね、また、と手を上げて、まるで明日も会えるみたいにバイバイをした。
みんな、今ごろ何してるかな。
考えたら、急に寂しくなった。
ここは勝手の知らない土地、初めての街。
私は生活していかなきゃいけない。
友達ゼロ、親戚ゼロ。
ひとり。
泣くほど悲しいわけではないのに、ぽっかりと暗い穴に落ちていくみたい。
片付かない部屋が余計に寂しくさせていた。
帰りたい、と思ったけれど、ここが私の家なのだという事実がのし掛かる。
時間と共に、部屋の中はどんどん翳っていった。
まだカーテンを取り付けていないことに気が付く。
夜までになんとかしないと、電気をつけたら外から丸見え。
だってここは1階だもの。
でも、あんな高いレールにどうやってカーテンを取り付けたらいいんだろう。
踏み台?
そんなものないよ。
買ってこないといけないのかな。
あぁ面倒臭い。
ゼロから部屋を作ることが、こんなに大変なことだったなんて。
「晩ご飯はコンビニでいいかな……」
便利だし。
すぐ食べられるし、近いし。
今日だけ、いいじゃないか初日くらい。
サンダルをつっかけて、玄関のドアをガチャリと鳴らして、外に出た。
ほぼ同時に、同じ音がもうひとつ重なった。
「あ!」
と言ってしまった。
あの人が立っていた。
猫を眺めていた人、私に、この部屋に住む決断をさせてくれた人。
ちょうど、今帰ってきました、という様子で、私から見て1つ横のドアに手をかけている。
そうだ、お隣さんになったんだ。