【乙骨憂太】はるかぜとともに
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鍵が差し込まれた玄関のドアは、軽やかな音をたてて開いた。
不動産屋のおじさまが先立って、慣れた風に靴を脱いで入っていく。
どうぞ、とスリッパが取り出され、私の前に置かれた。
ブレーカーが落とされているのか、部屋の中は暗い。
静かだ。
目に入るのはいきなりキッチン。
その奥にはまた扉。
真夜中みたいにしんとしている。
最後の人が出ていってからしばらく経つのか、少し埃っぽい空気が鼻をくすぐってきた。
誰も住んでいないはずなのに、見えない何かの寝息が聞こえてきそう。
おじゃまします、と誰に向けるでもなく小さな声で呟いて、私はローファーを脱ぐ。
大学の合格発表にひとしきり喜んだあと、勢いにまかせて駆け込んだ駅前の大手不動産。
出してもらった湯飲みに手もつける余裕もなく、間取り図が描かれた紙とにらめっこして長時間が経っていた私に、「じゃあ、実際に見に行ってみますか」と優しく提案してくれた。
そう、これは、私のお部屋探し。
ここは気になったアパートのうちの、最初のひとつ。
ちょっとお待ちくださいねー、と1K居室の奥からのんびりした声がする。
お店で名刺を渡された時、タバコとコーヒーの混ざった香りのした、スーツのおじさま。
ここに来るまでの車の中で、近所のスーパーの場所とか、いろいろ親切に教えてくれた。
「ここらへんのラーメン屋はレベル高くてね。つい帰りに寄っちゃって家内に叱られてしまうんですよ」
と気さくに話してくれた5分ちょっとのドライブで、私はすっかり心を開いてしまった。
「雨戸がついているんです、この部屋」
微かに光が漏れる窓へ、影のシルエットが歩み寄る。
「風が強い日や、台風が来たときに下ろしておけば、窓が傷つくのを防げますよ」
女の子には重たいかも、という付け足しの言葉と一緒に、金属のシャッターが持ち上げられた。
待ってましたとばかりに3月終わりの午後の日差しが飛び込んできて、私たちを飲み込んだ。
寝静まっていた部屋が壁伝いに眠りから覚めていくようで、わあ、と思わず声を出す。
白い壁、ワックスをかけたばかりのつやつやのフローリング、エアコン、照明。
あとは窓があるだけ。
中央に立ってぐるりと見渡す。
初めて目にする、6.5畳の全貌。
まるでずっとずっと人間を待ち焦がれていたかのように、嬉しそうに輝きだした。
ここが、と、その場でくるりと回りだしちゃいたいくらい、心が躍る。
ここが。
私の大学生活。
始まりの部屋。
ひとり暮らしデビューの出発点、第一候補地。
悪くはない。