【五条悟】月が
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「母さん、元気かな」
と五条は呟く。
今もアジアのどこかの、小さな村に居るはずだ。
「元気だといいね」
とあなたは答えた。
「向こうで、何しているの」
「方舟を作るって言ってた」
「はこぶね?」
「月は神で、母さんたちはノアなんだと」
五条は、あなたのいるソファに腰掛ける。
「マグマの大洪水が起こったとき、方舟に乗っていた者たちだけが救われる。集会でそう教わったって言ってた」
「ふぅん」
あなたは、面倒くさそうな話がくると、考えるのをやめる癖がある。
あなたは、髪を撫でられて、目を閉じる。
五条の父親は、あなたが小学生の頃に、いつの間にか見かけなくなった。
「本当に大切な人と生きたいんだってさ」と、公園のブランコでぽつりと話すのを聞いたあの時、五条の口角は愛らしく上がっていた。
「あぁ、そういえば、」
とあなたは鎖骨を噛まれて思い出す。
「悟」
と名前を呼ぶ。
あなたは、今では彼を下の名前で呼んでいた。
「なぁに?」
「私の初恋の相手は、悟だったかもしれない」
「あぁ………僕も、そうだったかも」
「じゃあ、そういうことにしとこうか」
「うん」
今日はいい日だね、と呟いて、五条はあなたから離れ窓辺に近づく。
窓を開けて、カーテンレールに手をかけて、空を見上げる大きな背中を、あなたは黙って見つめるのが好きだ。
「今日はいい日だ」
と、五条がのんびりと言う。
「僕たちの初恋は実ったわけだし、月は地球にキスをする」
「衝突だよ」
とあなたは言う。
「人類滅亡」
「じゃあ、おやすみのキスだ」
カタカタと家中の小物が音を立てた。
最近、地震の回数が多くなっている。
あなたはまた、目眩を覚えて、こめかみに手を当てた。
「大丈夫?」
あなたは首を横に振る。
「頭が痛い、身体がダルい。お腹が痛いの」
「お腹?」
あなたのお腹に、温かい手のひらが乗っかる。
五条の手は大きく、あなたはどんどん細くなっているので、片手ですっぽりと覆われてしまうほどだった。
母親に甘える少年のように、五条はあなたのお腹に耳を当てる。
目を閉じて、耳を澄ませる。
あなたの呼吸に、あなたの細胞の声に、耳を澄ませる。
「私は消えても構わないと思ってるのに、私の身体は逆の気持ちらしいの」
お腹がしくしく痛いの、とあなたは呟く。
「泣いているみたい」
その言葉を聞いて、五条はハッとしたように顔を上げてあなたを見た。
唇を少し震わせて、額には汗が滲み始めていた。
「どうしたの?」
とあなたは尋ねる。
何か言おうと口を開いて、迷ったように閉じるのを、あなたは辛抱強く待っていた。
けれど最後には頭を振って、
「ううん、なんでもない」
と言われてしまった。
「変なの。今更隠しごとしたって、どうせみんな消えるのよ」
「そうだね、みんな消えるんだ」
みんな消える。
だからあなたも、細かいことは気にしない。
新しい季節の匂いを孕んだ風が、窓からそよそよと吹き込んでくる。
窓際でしまい忘れた風鈴が鳴っていた。
涼しげな音に紛れて、今日は本当に良い日だ、と五条が呟いた。