【五条悟】月が
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あなたは、気付いたことがある。
世の中には、生活のために仕事をする人と、好きだから仕事をする人がいる。
ということだ。
前者はお金を稼ぐために働いている。
だから、お金に価値がなくなったとき、真っ先に現場からいなくなる。
後者は、自分のために働いている。
働くことで、自分を保っている人だ。
だから、月が地球に落下すると聞いたって働くことは辞めない。
むしろ、最期まで職務を全うしようという人たちだ。
今の社会は、後者によって成り立っていた。
そして、あなたの両親もふたりとも、後者側の人間だった。
今日もあなたは、当たり前のように浴室の電気を点けて、熱いシャワーを浴びる。
身体を洗いながら想像している。
しんと冷たい発電所で、1人残って作業をする人。
残りの時間を家族と過ごすよりも、社会の大勢の人のために身を捧げると決めた人。
幸せなんだろうか。
月の衝突は免れないと判明してから、あなたは学校へ行くのを辞めた。
あなたは、学校は将来のために勉強する場だと思っていたからだ。
それは五条も同じだった。
将来がないなら、勉強もしなくていい。
自分が行かなくとも、学ぶこと自体に喜びを感じる生徒は今日も教室にいるのだろう。
そしてまた、使命を感じている一部の教師が、毎日教壇に立っている。
お風呂から上がった後、あなたは髪も乾かさず、リビングのソファに寝そべる。
五条は、部屋の隅にかかってあるハンモックで眠っていた。
学校へ行く、という選択肢がなくなってなんでも好きなことをして良いとなったとき、五条が最初に取りかかったことがハンモック作りだった。
近所のホームセンターから材料を調達した彼は、躊躇なく家の柱と壁に金具を埋め込み、あっと言う間に完成させた。
五条は、そのハンモックでよく昼寝をしたり、本を読んだりしていた。
緑色の布に包まれて、ゆらゆらと揺れていると安心するのだそうだ。
あなたは、そのゆらゆら揺れている布からはみ出た跳ねた髪の毛の先や、だらんと垂れている左腕の筋を、少し離れたソファの上から眺めるのが好きだ。
あなたの人生は、もうすぐ幕を閉じる。
3ヶ月前、あなたの両親は家を捨て仕事を選び、あなたは孤独に耐えきれず、五条の家に転がり込んだ。
その日の夜、あなたは捨て鉢になって彼とセックスをした。
なんとなく、そういう経験をせずに死ぬのは嫌だと思ったからだ。
諸々を捨てたところで、世界は何一つ変わらないことは分かっていた。
けれど縋りあっている時だけは、ひとりではないと実感できた。
いまの間に、月が落ちてくればいいのに、とも考えていた。
あなたは、五条と枕を並べて、あれこれと話をした。
なぜ性行為はこんなに疲れるのだと愚痴を言いあった。
本当に神様は、この方法がベストだと思って人間を創造したのか。
他にもっと、効率的なやり方があるのではないか、と話しているうち、いつの間にか眠ってしまった。
あなたの寝顔を五条はじっと眺めていた。
長いあなたの睫毛を見て、どうしようもなく満ち足りた感情に包まれて、少しだけ泣いた。
しばらくして、あまりにも静かなことに不安になって、死んでいるのではないかとあなたの呼吸を確認したりもした。
小さくとも、規則的に寝息をたてていることがわかるとやっと、彼は安心して眠りについた。
けれど、夢の中にいたあなたは、そのことを知らない。
「あれ?」
と言う五条の声で、あなたは目を覚ました。
ソファで眠ってしまったらしい。
乾かしていなかった髪の毛が、まだ少しだけ湿っていた。
窓から差し込む明るさから、昼だと分かる。
「電気が」
と五条が家中のスイッチをカチカチ押して歩き回っていた。
「点かなくなった」
「光熱費は?」
とあなたは久しぶりに声を出す。
寝起きで声がカラカラだ。
「母さんが払って行ったはずだけど」
社会のルールが壊れかけても、お金の価値が崩れても、物やサービスにお金を払うことをやめようとは思わなかった。
人間らしい営みを続けなければ、気が狂ってしまうからだ。
「停電かなぁ」
と首をかしげる五条に、あなたは、最後の1人がいなくなっちゃったんだ、と思った。
多分、もう電気は使えない。
「大学で一人暮らししてるOBの先輩が言ってた」
とあなたは話した。
「電気、ガス、水道。料金を払わないと、まずは電気から止められるんだって。水を止めたら、死んでしまう人もいるかもしれない。止めても生命に危険がない順番から、止まるって言ってた」
「そっか」
と五条は口角を上げていた。
「じゃあ、電気は止まっても死にはしないね」