【五条悟】月が
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酷い気分だった。
あなたはベッドから起き上がり、頭を掻きむしる。
月が地球に衝突すると発表されてから、4ヶ月程が経過した朝だった。
「おはよ」
寝室のドアが開いて、Tシャツ姿の五条が顔を覗かせた。
緩みきった笑みを浮かべて「気分はどう?」と尋ねた後、黙って首を振るあなたを横目に、カーテンを開けて去っていく。
いつものようにお湯を沸かしに行ったのだ。
あなたの胃腸は、寝起きの冷たい水が苦手だ。
ベッドの端に腰掛けるように座り直すあなたの足は、不健康的に、細く、白い。
顔を上げると、窓の向こうの彩度の低い青空に、もっと青白い、異様に大きな月を見ることができる。
空の半分を覆わんばかりの大きさだ。
昼間の今でも、クレーターの形まではっきりと確認することができる。
月は、あなたが眠りから覚める度、日々大きくなっている。
つまり、順調に地球に近づいていた。
世界中の有識者たちが何を議論し検討したのか、あなたは知らない。
あなたはあの日以来、テレビを観ることをしなくなった。
スマホもずっと、充電切れのまま放ってある。
月をミサイルで破壊する計画も、何らかの衝撃で軌道をずらす計画も耳にしたが、果たしてどうなったのだろうか。
なるようにしかならない、とあなたは思っている。
達観している、というよりも、諦めている、というよりも、考えるのをやめた、という表現が一番近いかもしれない。
何よりもあなたは、月の落下より、今の体調不良をどうにかすることの方が重要だと思っている。
お待たせ、とマグカップを持った五条がベッドにやってくる。
ありがとう、とあなたはそれを受け取って一口すする。
中身はただのお湯だ。
ただのお湯が、あなたの一番好きな飲み物だ。
あなたが身体に異変を感じたのは、本当に、ごく最近のことだった。
月の接近によって、地球の重力もおかしくなったのかもしれない。
あなたの中の内臓たちは、前とは違う負荷に抵抗するかのような変な動きをしはじめた。
あなたは、それに参ってしまっている。
「馨、爪が伸びたね」
隣に腰掛けた五条が、あなたの手をとってキスをする。
地球滅亡というシナリオを、あなた自身は受け入れようとしているが、それでもあなたの爪は、あなたの身体は、細胞は、息をして、活動を日々続けている。
「馨」
五条はあなたの髪を撫でて、キスをする。
口角を上げている彼の唇は、柔らかく、熱い。
そのまま身体を寄せあってベッドに倒れ込むのも、4ヶ月前まではしなかった行為だ。
というのも、孤独とパニック発作で死にかけたあの時まで、あなたは五条と2年以上接点がなかった。
本当は、家が近所の幼馴染みだったのに。
幼い頃は、「さとるくん」「馨ちゃん」と、お互い下の名前で呼び合っていた。
小学校に入ると、その呼び方が恥ずかしくなる。
自然と男女別れて遊ぶようになった。
そして11歳になった夏休みの、プールの帰り道。
同じく遊び帰りでばったり遭った五条に「あ、久しぶり」と挨拶されたとき、その聞き慣れない、低く掠れた声に、あなたはとても驚いた。
学年でも背の高かった五条は、声変わりをするのも早かったのだ。
向こうも向こうで、急に大人びたあなたの身体つきに動揺していたのだけれど、まだ真っ白だったあなたはそのことに気付けなかった。
それ以来、あなたは中学を卒業するまで「五条」と名字で呼び、必要以上に近づくのをやめた。
向こうは「馨」と呼んでいたけれど、実際にあなたの前で声に出したことはない。
別々の方向を向き、違う人に恋焦がれ、離れた高校に進学し、そしてそのまま2年以上が経過した。
それでも、月が軌道を変えた時、あなたは誰かに助けを求め、そこに通りがかったのは五条だった。