【夏油傑】君の恋路に立たされている
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「で、」
夏油が急に真顔になった。
「実際、どう?」
「何が?」
「脈。あるかな?」
「いやいや、そればっかりは本命の子に直接聞かないと」
「うんうん~だよね~」
裏声がすっかり板についた様子で、わかるわかる~と夏油が頷いた。
が、すぐに「バカなの?」と地声に戻る。
!!?
面と向かって罵倒されたぞ。
「本当に悟たちに何も聞かれなかったの?」
と呆れた顔をしている夏油を見ていたら、先ほど流れ弾の如くぶつけられた質問たちが、頭の上をひゅーんっと過ぎった。
彗星みたいに。
問1『最近、どうだ?』
問2『彼氏いる?欲しいと思う?』
問3『じゃあ好みのタイプ、教えてくんない?改良しとくからさ』
!!
ピコーン、と頭の上の電球が閃く。
あれは、もしかしたら、脈的なものを測ってた、的な、の、かもしれない。
つまり?と恐る恐る口に出す。
「私は外野ではない?」
「ないね」
夏油はきっぱりと答えた。
「審判でもない」
「内野?」
「センター?」
「むしろバッターボックス入っちゃってる感じ?」
「あー、これは入ってますねぇ」
「入ってるよね⁉これ絶対入ってるよね⁉」
「おっと、 これ以上は後日にしよう」
夏油が大きな両手のひらをこちらに向けた。
「自主練に行かないと」
待ってよ、と私は慌ててその袖に縋った。
「それはズルい。その後日は怖い」
「馨、 キミ顔が真っ青だよ」
「生きた心地がしない」
だってまさかこの夏油が、である。
よりによって私を、である。
馨大混乱である。
嬉しいとかびっくりとかより何よりも恐縮の気持ちが勝った。
深海の底で微小なプランクトンを食べて生きるような日々を送っていたら、突然網で掬われ白日の下に晒されたような気分に近い。
怒りや恥ずかしさを遥かに通り越して、申し訳ない。
ひたすらに無抵抗で申し訳ない。
夏油を見上げ、限りなく素直な気持ちを述べ。
「ドッキリだよね?」
「信じないなら、 それでもいい」
彼は憮然とした表情で「けどホントに好きだし」とぼそりと呟いた。
「でも、返事は欲しい」
「い、今?」
「落ち着いたらでいいよ。ただ早い方が助かるな。気まずいなら、私の下駄箱にでも入れといて。交換した方……あ、届かないなら無理しなくていいから」
「届くし!」
反射的に怒ってしまった。
おぉ、と夏油は嬉しそうに口角を上げた。
「じゃ、待ってる」
と。
「馨からのは、ちゃんと読むから」
差出人の名前を書かなかったら適当に扱うくせに、と返そうとしたものの、今や彼の下駄箱の場所を正確に知っているのは私だけという事実に気づく。
頭を抱えた。
こうして、私はもう数日間だけ昇降口に関して頭を痛くする羽目に陥った。
そして葉桜のちらつき始めた朝に、律儀にしたためた返事を彼の下駄箱に背伸びをして放り込むという偉業を見事に成し遂げた。
一部始終を後ろからバッチリ本人に見られるという失態まで披露したのだけれど、結果、幸福で赤面な日々がその後に付随して訪れるのだ。
そのお話は、またいずれ。