【吉野順平】嗚呼、手に余る我が人生
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「映画を観て、私は今まで、タイミングを逃して言えなかった言葉がたくさんあるなって思ったの」
「何の映画を観たの?」
僕の質問に、馨はポケットをがさごそやって、半券を取り出した。
月明かりに目を凝らすと、日付の入ったその紙切れには、最近CMで流れている、少女漫画が原作の映画のタイトルが刻まれていた。
「高校生らしかぬ」とは全く真逆で、まさに女子高生が選ぶのにピッタリな映画だ。
「ちょっと勇気を出せばできることでも、私はいつも逃げてきた」
だけど、と馨は小さな右手をまたポケットに戻す。
「だけど、その小さな勇気の積み重ねが、大きく未来を変えるってことを学んだ。私は。映画で」
文法がおかしいその言い草に、何だかこれは、思った以上に大事な話をされるのかもしれない、と僕は少しドキッとして、ちょっとだけ背筋を伸ばした。
それから、「大きく未来を変えるって、例えば?」と聞いてみる。
例えば、と馨は息を吸う。
「将来の結婚する人が変わったり」
「ごめんねや、ありがとうの積み重ねで?」
「そう。朝学校で会った時、挨拶をするかしないかの選択が、放課後に一緒に帰るか帰らないかの違いになったりする」
「恋愛シミュレーションゲームみたい」
この感想は良くなかったようで、馨は明らかに顔をしかめた。
けれど、引っ込みのつかないところもあるのか「とにかく」と両手で握りこぶしを作ってみせた。
「私はこれから、大人になって後悔しないように、きちんと勇気を出すことにする」
「で、手始めに僕に何か言うために呼び出したってわけだ」
う、と言葉に詰まった馨を見てると、流行りの映画なんかに簡単に触発されちゃって、多分一週間後にはまたコロッと気が変わってるんだろうけど、そんな純粋なところが、どうも可愛いなぁと思えてしまった。
なんだか状況だけ並べると、僕がすごく余裕のあるように見えるかもしれない。
けど、本当のところ、こんな時間に近所迷惑なんじゃないかってくらい心臓の音がバクバクしていて煩かったし、12月のくせに身体だけがカッとなっていて熱くて、正直な気持ちを書くと、今すぐ逃げ出して布団被って寝ちゃいたかった。
すごくね。
「わ、笑わないでね?」
と、馨が意を決したように念を押すので、「うん」と頷いた。
というか、それしかできないんだ。
「言うよ?」
「うん」
「あのですね、」
「うん」
「今更でアレなんですが……」
「うん」
そんな調子が耐えきれなかったのか、馨が照れて、両手で頬を押さえて、ソッポを向いた。
それから、「その…………アレです」と、ほとんど独り言を呟くように、
「お誕生日、おめでと」
とぼそりと言った。
僕はしばらく、表情を隠している馨の耳をぽやっと見つめていたけれど、向こうがそれ以上何も言ってこないことにようやく気がついて、「へ?」と拍子抜けした。
「もしかして、それだけ?」
「それだけですケドも……」
依然ほっぺたに手を当てた馨が、恨めしそうに振り返る。
「今更恥ずかしいでしょうよ。面と向かって言うの」
「そうだけど、でも」
「ずっとね、今日中に言おう言おうと思ってたら夜になってたの、すんごい勇気出したの!わかる?」
乗りかかった船と言うべきか、ほとんど焼けっぱちになった馨は、深夜にしてはやや乱暴だった。
「誕生日おめでとう!順平!!!!」
「うるさいよ!」
しー!と人差し指を口元に当てて、けれど僕も半分以上は笑っていた。
ふふ、と肩が勝手に揺れるのを止められないで、声を押し殺して笑って、やっとのことで、「ありがと」と言った。
確かに僕も、最近の馨の誕生日は、何となくスルーしていたところがあったのだ。
「私との長年の付き合いで今さらってわけですけども、でも、自分の誕生日をないがしろにされるって地味にダメージ食らうでしょ?」
「よく分かる。ありがとう。嬉しい」
「それから、」
馨は幾分スッキリしたような顔を見せた。
「差し出がましいお願いですが、」
「うん?」
「年明けの初詣、また一緒に行けたらいいな、って」
「え、あ、あぁ………最初からそのつもりだったけど」
「私もよ。でも、そろそろちゃんと確認する必要があると思って。順平だって、毎年一緒に行ってるけど、"今回は好きな子と約束したから"なんて言い出しかねないでしょ」
「そ、そうかな?そんなこと、ないと、思うケド」
最初からそのつもりだったとはさすがに言えない。