【吉野順平】嗚呼、手に余る我が人生
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街灯の下を並んで歩いている間、どういうわけか、馨は頑なに沈黙を貫いていた。
どうでも良い世間話をする僕に対して、特に理由もないけど喋るのが億劫だと言わんばかりに目線と首だけで微妙に反応を示すだけだった。
これは相当面倒臭い事案かもしれない、と僕は少し身構えた。
女心と秋の空なんて言うけれど、馨の機嫌は本当にコロコロとよく変わるんだ。
例えば、この前は「新しいバッグが欲しい」と言い出した。
「私はこれから、淑やかな女性になろうと思う。だから落ち着いた色のバッグを買うの」
見て、こんな感じのよ、って雑誌を広げて、やたらと熱弁を振るってきた日があった。
でも次に会った時にはすっかり忘れていて、「全てのことが面倒くさい。死にたいわけじゃないけど、なんだか消えちゃいたい気分」とワンワン泣いていたりするんだ。
もうこの世は終わり!って言わんばかりに泣いている。
流石に僕も困ってしまって、奢ってあげるから元気出しなよってマキタに連れて行くわけ。
そしたらびっくりするくらいの量のラーメンをペロリと平らげてさ、「お腹が満たされても、心が満たされていない」ってケロっとした顔でしなだれかかってくるんだからもう本当に厄介なんだよ。
わかると思うけど、弱ってる女の子に手を出すのって難易度がすごく高い。
結局何もできないんだから……あー、死にたくなる。
そんであくる日になると、「バッグなんて、物が入れば何でも良いよね」ってお世辞にも淑やかとは言えない色合いの新品を、晴れ晴れとした顔で見せびらかしてきちゃったりする。
こんなことはしょっちゅうで、でも、色んな映画を観ていて思うんだけど、結局、どうも女子ってそういう生き物らしいんだ。
つまり、憧れの対象が頻繁に変わったり、わがままになったり、異常な食欲を見せたりワンワン泣いたりっていうことをしてしまうのは、珍しくも深刻な事態でもなんでもなく、ある意味人間としては当たり前というわけらしくて、そういうのを「可愛いなぁ」って笑いとばせる男が、大人でカッコいいっていうことらしい。
僕からすれば、なんて理不尽な!と憤慨したくなるわけだけれど。
その後も、色々と努力はしたんだけれど、結局馨は何も喋らなかった。
ただの塩ラーメンをすごくゆっくりと食べるだけの女の子だった。
本当に見事に一言も発してくれなかった。
なんだよ、お喋り苦手なのに、頑張ったのに。
不機嫌というよりは、何か考えごとをしている様子の馨は、それでも店を出るときには必ず言ってる「ごちそうさまでした」すらやらなかったんだから、もしかしたら本当にただ事ではないのかも?と僕は徐々にハラハラしながら横で見つめていたのだけれど、暗い夜道を帰っている間、このまま家に着いて解散かなと心配し始めた頃になって突然、馨が「私はね、」と声を出した。
だから僕は、ホッとしたというよりもかなり驚いてビクッと肩が跳ねてしまった。
「私はね、毎日ちょっぴり後悔してる」
「後悔?」
僕は、あんまりジロジロ見ないように気をつけて尋ねた。
「何を後悔するの」
「今日はこういうことがダメだったなとか、あの時あぁ言えば良かったなとか」
「へぇ」
と、間抜けな返事しかできない。
「おはようとか、ありがとうとか、ごめんなさいとか、そういう簡単な一言も言えずに、寝る前に落ち込んでるんだ。私」
「誰でもそうだと思うけど」
「順平もそうなの?」
「まぁ、近いものはある、かな」
最初に頭の中に浮かんだのは、例のドはドーナッツのドの映画だった。
今となっては立派な黒歴史である、馨を守りたいなと思った日のこと。
あの映画の青年は、結局どうなるんだっけ?
その後に、今日の学校のことを思い出した。
思い出して、苦しくなって、辛くなったから、思い出すのを辞めた。
そっかぁ、と馨はぼんやりと呟いた後、足を綺麗に揃えて立ち止まり、照れ臭そうに下を向いた。
「一緒だね」
「うん?」
「この前、映画観た」
「映画は良いよね」
「うん、思ったより良かった」
決まりの悪そうに、馨は黒いショートブーツの先でコツンと地面を鳴らした。
近所のラーメン屋に行くだけなのに、やけにヒールの高いのを履いてきている。