【吉野順平】嗚呼、手に余る我が人生
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今から50年も昔に公開された映画の中に"サウンド・オブ・ミュージック "というタイトルがある。
なんて馨に話したら、きっと、真顔でじっと僕を見つめた後に、「またそういう、高校生らしからぬ発言しちゃってさ」なんて愚痴りながらいそいそとポケットからスマホを取り出すんだろうな。
想像するだけでウンザリするから絶対に言わないけれど、でも観たことがない人だってドレミの歌ぐらいは知ってるだろ。
ドはドーナッツのドで有名なあの曲の映画だ。
エーデルワイス、私のお気に入り、もしくは両手を広げて、"ここをゴルフ場にしましょう!"
(ここまでやったら、馨は声を上げて笑ってくれると思うんだ)
どうして突然、ドーナッツのドなんて映画の話を出したかっていうと、その映画に出会ったのは僕が10歳の頃だったんだ。
歌が好きな家庭教師マリア。
彼女を囲むトラップ家の子供たち。
あぁ自分にも、7人とは言わないまでもそれなりの人数の兄弟姉妹がもしいたら、音楽とイタズラに溢れた毎日が過ごせるのかな、なんて可愛い妄想をしながらリビングでぽやっと観ていたわけなんだけど、そうしてるうちに、電報配達人の少年が女の子に歌うナンバーが出てくる。
ねぇ、ちょっとお嬢さん。ってね。
キミも、もうじき17歳になる。
良からぬ男たちが言い寄ってくるだろう。
まだ男を知らないお嬢さんには、賢くて年上の誰かがついてあげる必要があると思うんだ。
僕が面倒みてあげようか。って。
そんなこと言われたら女の子の方も(確かリーズルって名前だ)そうね、無垢な私には賢くて年上の誰かが必要ね。
アナタはもうすぐ18歳。
信頼してるわ、って返事して、雨が降り出した庭の東屋で、2人きりでダンスを踊って、それから……あぁ、ちょっと恥ずかしくなってきた……それから、キスをするんだ。
雨の中。
2人きりで。
つまり10歳の頃の僕は、その初々しいシーンに多少の居心地の悪さを感じながらも、17とか18とかいう数字を酷く遠い未来に感じたわけなんだ。
キスをするなら17歳。
大人の数字。
それから(これを言うのは相当に照れ臭いけど)、大きくなったら僕が、馨を他の男たちから守ってあげないと、って、幼心ながら頭がいっぱいになっちゃったんだ。
そんな純粋だった吉野少年が無事に17歳を迎えた日の夜、馨から電話がくる。
つまり、ちょうど風呂上がりに自室に戻ったタイミングで、充電器に繋がれていた僕のスマホが鳴り出したわけ。
『ねぇ順平、マキタに行かない?差し支えなければだけど』
ちょっと緊張したような声がスマホ越しに尋ねてきたから、釣られてこっちまで「うん?」と上ずってしまって、湯冷めかけてた身体が再び熱くなる。
マキタっていうのは、すぐ近所にある馴染み深いラーメン屋の名前で、要は夜食が食べたいんだけど、年頃の女子が一人でラーメンなんてみっともないからついて来てくれ、っていう要請なんだ。
女子って一人で店に入るのをやたら嫌がるよな、まぁこんな呼び出しは珍しくもないから、『もうご飯食べたし、なんか疲れたし、明日も早いからごめん、寝るわ』なんて断ることも当然できる。
でもそんなことしたら向こう一週間は口をきいてくれなくなるだろうし、やっぱり今日が12月28日ってこともあったから、「行くよ。すぐ行く」と僕は二つ返事でハンガーに掛かっていたコートを掴んだ。