【伊地知潔高】レモネードの作り方。
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「何を作りましょうか?」
と潔高が覗き込むように尋ねてくる。
私が意地を張って黙っていると、「何がいいですかね」と眼鏡のブリッジを上げて困ったように笑うから、しょうがなく口を開いた。
「ジャム、とか」
「はい」
「レモンパイ、とか」
「いいですね」
「塩レモンのパスタ」
「お鍋もおいしいと聞いたことあります」
「でもやっぱり、」
と私は顔を上げた。
「冷たいレモネード」
「私も同じこと考えてました」
袋を持った潔高はキッチンへ向かう。
「まぁ、その用意しかしていませんが」
つられて振り向くと、散らかった部屋が目に入る。
脱ぎっぱなしになった服、落ちている不採用通知。
頭がくらりとする。
数時間前に郵便で届いた封筒を開けた時の気持ちは鮮明に思い出せる。
またちょっと泣きそうになった。
まな板の上で、丸いレモンが薄く輪切りにされていくのをキッチンのカウンター越しに眺めた。
短い果物包丁を扱う潔高は、左手を猫の手みたいに丸めて慎重にスライスしている。
「私の知り合いにレモンとみかんを栽培してる人がいまして。国産、無農薬、ノーワックスです」と謳う割に皮は苦味が出るらしく、子供舌の私のために、種や白いわたと一緒に丁寧に取り除かれた。
「皮も何かに使える?」
隣に移動しながら私は尋ねた。
「レモンピール、って聞いたことありますか?食べてみたいので今度作りましょうか。あとは、なんでしょう。入浴剤にもできるんでしょうか、柚子湯みたいに」
「掃除にも使えそうだよね」
「確かに使えそうです。馨さん、ここの家、レモンの絞り器ってありますか?」
「そういう気の利いたものはない」
そうですか、と言う代わりに、潔高は眉を上げた。
それから切り込みを入れた半分を「失礼」と言って涼しい顔で片手で握り潰した。
突然の容赦の無さにびっくりして、思わず私は笑ってしまった。
握った彼の拳から、透明な汁が滴り落ちていく。
目を細めたことで分かる腫れぼったくなった自分のまぶたの感覚が恥ずかしくて「やめてあげてレモンがかわいそう!」と言いながら潔高の身体にもたれかかった。
危ないって、いつもならつれなく怒るはずなのに、今日は何も言われない。
あれ?と思って手を回す。
呼吸と一緒に上下するお互いの感覚に身を委ねていると、ゆっくりと安心してくる。
私ね、と小さく言って彼のシャツに顔を埋めた。
「今日いちにち、何もしてない。だらしない彼女だ」
「それは一番贅沢な時間の使い方では?大正解です」
輪切りになったレモンが瓶に敷き詰められていく。
半透明の果肉の重なりは神秘的なものに見えてくる。
「馨さんは、少し、完璧を求めすぎてるんじゃないですか」
以前から、潔高は私に言ってくれていた。
今回上手くいかなかったのは、タイミングが悪いか、やり方が悪いか、それか相性が悪かったからで、馨さんの存在がだめなわけじゃない、と。
「知っていますか?」
と私に尋ねる。
「石英は、不純物によって色が変わるって話です。混じり気が無いと透明な水晶、鉄イオンが混ざって変化すると紫のアメジスト。成分は同じでもノイズで個性が出てきます。紅色、黄色、黒色、緑。結晶構造まで変わるとメノウ、オパール、オニキス。人もそれぞれです」
「でも透明度が高いほうがやっぱり良いでしょ」
「個性的なほうが世界にひとつで私は好きですよ」
瓶の中にレモンが層になって重なる。
たっぷりのお砂糖と、蜂蜜と一緒に。
最後に蓋をきっちり締めて、よし、と潔高は手を拭いた。
「簡単でしょ。後は飲み頃になるまで、しばらく待つだけです」
「どのくらい?」
「明日の朝まで」
「嘘でしょ」
あと何時間あると思っているのか。
今すぐ飲みたいと主張すると潔高は、馨さん、と澄ました顔で私を諭した。
「落ち込みにすぐ効くような鎮静剤なんて本当はロクなものじゃありません。時間をかけたほうが、綺麗に治せるものです」
私が単純だからなのか、潔高が真剣ぶって言うせいなのか。
そんなものだろうか、と思えてきてしまうことは沢山あった。
この瓶の中の砂糖が全部溶けきってシロップになる頃には、私の今日の悲しみもすっかり消えているのかもしれない、と不思議とそんな気になってくる。
「明日の朝、一緒に飲みましょう。水で割ったらレモネード、ソーダで割ったらレモンスカッシュ」
「それまで何する?」
「何がしたいですか?」
冷蔵庫に背中を預けて、いいよ、と潔高は両手を広げた。
「愚痴、聞かせてください」
ほら、ずるいよね。
本当はその言葉がずっと欲しかったんだ。
ひとりで膝を抱えていた時からずっと。
「もう聞いてよ!最悪!」
なんて吠えて、私は彼の胸に飛び込んでいく。
「潔高ァ~!」
「はい、潔高ですよ」