【伏黒恵】2万5000分の1のキミヘ
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【3、理解するということ】
「それ、おいしいのか?」
公園のベンチに座る馨を見つけて声を掛けた。
黄色い落ち葉が、桜の花びらのように降っていた。
「………うん」
ひらがなは、甘い味がするんだ。
百人一首の本をめくりながらそう言った馨の隣に、伏黒は並んで腰掛けた。
「椎名って、共感覚があるんだな」
「なに、それ」
「音に色が見えたりするんだって」
昨日調べた知識を思い出しながら、足元の落ち葉を蹴飛ばした。
「特定の刺激に対して、他の五感も反応する人がいる」
「ちょっと、言ってる意味がわかんない」
「俺だってわかんねえ。でも、そういう人がいるんだって。数字に性格があるように感じたり、音に匂いを感じたり、文字に色を感じたり、形に味を感じる人がいるらしい」
「………味も?」
「ああ。そういう人が、この世の中には存在する」
まさかこんな身近にいるとは思わなかったけど。
そう言うと馨は、私だけかと思ってた、と言って少しだけ泣いた。
「気付いたら、こうだったの」
止めどなく降ってくる落ち葉を眺めながら、馨が言った。
「生まれつきなのかな。小学校くらいまでは、みんな私と同じだと思ってた」
「同じなわけ、ないだろ」
俺には、みんなには見えない、"呪い"が見えるんだから。
零れそうになる言葉を伏黒はぐっと飲み込んだ。
「うん。ある日友達にね、"あなたの名前、苺味のキャンディだね"って言ったら、すごく変な顔をされたの。その時、あっ、これは言っちゃダメなことなんだ、って、初めて気付いた」
「……つらかったか?」
「ん?」
「文字から味がするって、混乱しそう」
そう言うと、うーん、と馨は首を傾げた。
「私にとっては、これが普通だからわからないや。それに、流し読み程度じゃそんなはっきり味はしないの。結構リラックスして集中しないと感じないから」
「へぇ、そうなのか」
「でもその代わり、英単語は覚えやすいよ。味覚と視覚が結び付けられるから」
「古文が得意なのも、関係あったりすんの?」
「あるかもね。ただ、漢文。あれはダメだね。角ばってるのが悪いのかな。意識しなくても味がしちゃうの」
なんか、ドギツイんだよね。舌の上がピリッとしちゃう。
あはは、と馨が笑った。
初めて彼女の笑顔を見た気がした。
「面白そう。って言ったら、怒るか?」
「怒らないよ。私のこと、気付いてくれたの伏黒くんが初めてだから」
ありがとう、と小さな声と共に、2人の視線が合わさった。
「……どんな味?」
「ん?」
「その本。どんな味がするんだ?」
彼女がいつも読んでいる、百人一首を指さした。
「知りたい?」
「少し」
薄く笑った伏黒に、馨は「1文字1文字も味を感じるんだけどね」と本を開いて身体を寄せた。
「他の文字と組み合わさると、単語や文節でまとまった1つの味がするの」
そう言って、綺麗な指が和歌の上を滑っていった。
「これはね、瓶詰めのこんぺいとうと同じ味」
耳元で彼女が囁いて、本のページをめくる。
甘い紅茶の、最後の一口。
味付けを失敗した時の魚の煮付け。
天国に行っちゃった私のおばあちゃんの、カルメ焼きの味。
1つ1つ説明する馨の声を聞きながら、伏黒はその指先を目で辿っていった。