【夏油傑】さよならの粒度
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薄青色が褪せかけた無地のカーテン。
閉め切ったままのそれに手をかけた夏油の背中を見て、馨は自身に乗った一番上の毛布を引っ張り顔を隠した。
寝起きには太陽の光は眩しすぎるから。
けれど、ベッドの中で丸くなってじっと待ってもレールの走る音は聞こえてこない。
代わりに、
「馨の小さい頃の宝物って、何だった?」
と、不思議な問いが投げ掛けられた。
「宝物、ですか?」
突然の質問に釣られて馨が顔を出した途端、夏油が勢い良く両腕を広げた。
制菌加工済みのカーテンが開き、窓いっぱいに青が広がり、真っ直ぐ伸びた太陽光線が2人を貫く……と思いきや、今日の天気は酷い曇り空。
輪郭の曖昧な鈍い光が、真っ白な部屋の床に忍び入ってくるだけだった。
拍子抜けしている馨を見て、夏油はけらけらと笑った。
そして気取った仕草でベッドの横の椅子に腰を下ろすと、膝の上に拳を乗せて、「おはようございます、お寝坊さま」と戯けて挨拶をした。
「朝食はアフタヌーンティーでよろしいですか?」
「意地悪なこと言わないでください、傑さん」
馨は枕に頬を押し付けて、壁の時計を見上げた。
既にお昼を過ぎている。
「ちょっとうたた寝していただけです。今朝もちゃんと、6時に起きて、8時に朝食を摂りました」
「6時に”起こされた”の間違いだろ?」
「どうして検温って、毎日決まった時間じゃないといけないのかしら―――」
そこまで言って馨は身体を起こそうとした。
夏油が慌てて背中を支える。
「寝てなくて大丈夫かい?」
「平気です。窓の外が見たいの」
ベッドの縁に座ると、外の景色を見ることができる。
普段は気分転換なんてする気も起きないけれど、大切な人となら話は別だ。
大通りを行き交う車、立ち並ぶ店に出入りする人々。
忙しない活動体を高い窓から見下ろしていると、まるで神にでもなったような感覚になる。
「あの子たち」
馨は目に止まった集団の1つを指差した。
「何してるんでしょう」
ちょうど真正面に位置する公園で、10人前後の子供達が、両手を合わせ思い思いの方向を向いている。
椅子に座ったまま窓枠に肘を乗せていた夏油は、「あれは……」と首を伸ばした。
「"お祈りごっこ"じゃないかな」
「お祈り?」
「この近くに教会があるんだ。そこの孤児院で育った子達は、ことあるごとにお祈りをするように習慣付けられてるんだよ」
「あの子たちも、その孤児院で育ったのでしょうか?」
いや、と夏油が爪で窓を叩いて否定をする。
「あれは一般家庭の子じゃないかな。シスターや教会に住む友人の真似をしてるんだよ」
「みんなで、何を願っているんでしょう?」
「願ってるんじゃなくて、祈ってるんだって」
「願いと祈りは違うものなのですか?」
「違うね」
「では、何を祈っているんでしょう」
「さあ。何も考えちゃいないんだろ」
夏油は退屈そうに欠伸をした。
「どうせ、お祈りの意味さえわかってないんだから」
そう言う傑さんは、お祈りがどういうものか知っているのですか。
馨は尋ねたかったけれど、不愉快の色が滲む横顔を見て、その整ったラインを視線でなぞることしかできなかった。
独特な前髪、飲み込まれそうな漆黒の瞳、通った鼻筋、唇、顎、爪―――。
沈黙は居心地が悪かった。
話題を変えようと考えた末に「星の砂」と呟いた。
夏油の怪訝そうな顔が振り向く。
「小さい頃の私の宝物です。さっき、傑さんが質問してた」
「あぁ……」
夏油は自分で聞いておいて忘れていたのか、宝物ね、と上の空で呟いた。
「はい。小さな瓶の中に、」
馨は頷いて、このくらい、と親指と人差し指で5cmほどの高さを示した。
「星の形をしている砂が入ってるんです。たくさん」
「知ってるよ。私も見たことがある」
夏油は椅子から立ち上がり、馨に並んでベッドに腰かけた。
「あれって、生き物の死骸なんだよね」
「砂じゃないんですか?」
「生物の殻だよ。1個1個が、昔の海で生きてたんだ」
「そうなんだ……」
初めて知った事実に、馨は目をぱちぱちさせて正面の曇り空を見た。
小さくて、可愛らしい星の形をした砂は、どこか遠い宇宙から流れ着いてきたものだとばかり思っていた。
瓶をかざす度に、自分の知らない世界の片鱗に触れた気になった、あの粒たちは、
「あれは、命の残骸だったんですね」
時の運河から離れ、この手の中に入り込んだのか。