【虎杖悠仁】夜明けを待つロンドン塔
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高校生は、たまによくわからない衝動に襲われる。
「うおっしゃー!! バッチこおおおおぉぉいっ!!」
有り余るパワーが身体に収まりきらなくて、どうしてもうずうずしてしまう。
「へいへい! ピッチャービビってるー!!」
箒をバットの如く構えた虎杖が叫ぶ。
くしゃくしゃに丸められた紙が低めの放物線を描いた。
「うおおっ!?」
それを思いっきり空振りして、勢い余ってグルンとよろけた彼の、箒の先が曇り空を映す窓際の花瓶を掠めた。
カタカタと揺れるそれを両手でひしと押さえてまた叫ぶ。
「……っぶねー! ギリギリセーフ……」
何やってんだよ、虎杖!という野次と共に男子たちの笑い声が教室に響いた。
「……うぜーな」
隣で見ていた友人が長い髪を掻き上げて呟く。
それなー、なんて周りの女子たちの同意する声に混じって、私はどっちともとれない苦笑を漏らした。
私達は、たまによくわからない衝動に襲われる。
狭い机に縛り付けられるほどに膨れ上がるどす黒い衝動。
箒をバットにみたてて、くしゃくしゃにした赤点のテストの答案を思いっきり空振りして、それでも抑えきれない衝動。
本物のバットで手当たりしだいに校舎の窓を叩き割って歩き回りたいくらいの、金属製のそれを地面に何度も振り下ろして、へし折ってもそれでも満たされないくらいの……。
そんな発作的な情動を、スポーツやアレやなんやかんやで発散できているうちはきっと健全な証拠なんじゃないかと、私は思う。
「あははは!! んじゃあもう、いっちょ!」
だけど、あれはいささか煩すぎる。
◆◆◆
高校生は、たまによくわからない穴に落ちる。
「……虎杖?」
午後から降りだした土砂降りの雨。
委員会の後、帰り際にふと覗いた自分の教室。
その薄暗い中で、窓を見ているピンク頭。
「虎杖、何してんの?」
時計を見た。
17時を指すその針は、普段の彼ならここにいるはずないことを示している。
「……椎名?」
一瞬、本当に一瞬だけこちらに目線が向けられた。
窓を叩きつける雨音に掻き消されそうな程頼りない彼の声に、思わず足が動く。
「何してんの?」
虎杖の隣の机の上に腰掛けて、同じ質問をした。
「お見舞いは?」
「いや、なんっつーか、その……」
はは、と乾いた笑い声はすぐに小さくなって消えた。
いつもの明るさはまるで影を潜め元気の欠片もない虎杖の姿に、これは異常事態だ、と頭の中の警報が鳴った。
「恋煩い?」
「いや、」
「おじいさんに何かあったの?」
「そんなんじゃねぇ、けど」
ぼんやりと小さく、線香花火のようにポトリと落ちる声。
「俺も自分でも、よくわかんねぇ」
あぁ、これはからかっちゃダメなやつだと気が付いて、なんて声をかけたらいいのかわからなくなった。
私達は、たまによくわからない穴に落ちる。
どんなに必死に部活をしても、どんなに恋に夢中になっても、どんなに日常を謳歌しても、そのどす黒い穴は気がつかないうちに広がっていく。
友達とはしゃいで、さよならを言ったあとの帰り道。
眠れない夜の、真っ暗な部屋のベッドの上。
気が付かないうちにどんどん広がったその穴に落ちると、世界でたった独りぼっちになったような気になる。
誰と話していたって孤独。
何をしたって虚無。
すべてのことを放棄して、死にたくないけど、ふっとこの世から消えてしまいたくなる、出口のない穴。
解決方法はわからない。私にもわからない。
落ち込んでるわけでも悩んでるわけでもなく、ただただ空っぽになるその現象は、なんて名前なのかわからないけど、きっと誰にでも起こりうる。
身体能力化け物陽気キャラの虎杖悠仁にも、きっとぽっかりと空いた穴がある。
でも、元気のないこいつはなんだか調子が狂うなぁ、なんて。
なんとかして笑ってもらえないかなぁなんて考えて、机に腰掛けた自分の足をぶらぶらさせた。