【吉野順平】メビウスの輪舞曲
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A’:紳士な男子だろうがなんだろうが、半年も月日が経てばそんな出来事、僕はすっかり忘れてしまう。
「い"っ……!」
その上名前も知らないその女子から変態呼ばわりされたあげくに、ハンガーを額にお見舞いされた。
盛大な音と共に脳天に衝撃が走る。
見事なまでの命中であり、非常に酷い話だと思う。
目に当たらなくて本当に良かった。
「だだだ、大丈夫ですか⁉」
額を抑えてうずくまると、頭上から声が飛んできた。
大丈夫ですかって君が投げたんだろ。
足下にはハンガーと自分のスマホが落ちていた。
痛い。
正直言ってすごく痛い。
トンデモナクイタイ。
あいつらに殴られた時並みに痛いけど、圧力のかかる面積が違いすぎる。
うぅ、と情けない声で呻いていると,、バタバタと門扉から加害者が飛び出してきた。
近くに駆け寄ってきたものの、あっ、あっと手を大きく動かすだけで狼狽えている。
「えっ、あっ、どうしよ!保冷剤!?タオル!?きゅ救急車!?血は!?出てる!?」
彼女の言葉を無視して顔をしかめた。
両手を額にあてたまま、目を閉じて集中する。
脈打つように痛みが走った。
手の平を見る。
出血はない。
「ごめんなさい!痛かった!?」
当たり前だろ。
彼女を睨むと、ひっ、と怯えた声があがった。
「ででですよね⁉ごめんなさい私中学まで陸上で投てきしてた!から!」
「は」
投てきって、槍とかハンマーとか投げるアレか。
「槍投げてたの?その小さい身体で?」
「ジャベリックスローですぅ!」
両手を振って抗議をする彼女に頭がパンクしそうになった。
運動が苦手な僕でも分かる。
体格的に明らか向いていないだろ、どこの中学だよ、コーチの目は節穴か。
誰だってこんな近距離でぶん投げられたら怪我するに決まってる。
あーもうすごい痛い。
「脳しんとうとか!起こしてないですか⁉」
脳しんとう?
聞き覚えのある単語だったが、イマイチそれがどういったものか分からずに首を傾げると、彼女は焦ったような表情をしながら真剣な瞳で僕を見つめた。
「椎名馨」
「……はい?椎名?」
「私の名前。里桜学園高校2年1組。誕生日は11月7日」
「え、あ、吉野順平です……。里桜高校2年5組で、誕生日は……」
「違う。自己紹介じゃないから」
きっぱりと一蹴されたあと「息を深く吸って、ゆっくり、立ち上がって」と言われ、彼女の言う通りに従った。
「受け答えは正常だね」
「え?」
「呂律にも問題はない?」
「た、たぶん……」
「意識障害は?めまい、ふらつきはある?手足に痺れを感じる?」
「え、えっと……なにも。へい、きです……」
一つ一つ確認をされた後、彼女は両手で僕の両手を握った。
「強く握って」
「へ!?」
「いいから!!」
真剣な声に僕は従うしかなくて思い切り女の子の手を握った。
柔らかくて、すぐに折れてしまいそうで。
「握力も問題なし。末端まで力が入る」
「は、はぁ……」
もうなにがなんだか。
この状況に置いてけぼりの僕は生返事しかできない。
「おでこちょっと赤くなって……え?」
だから油断していた。
長い前髪を掻き分けられて、露わになった額。
そこに残る痛々しい煙草の痕。
「ちょ……っ!!」
触れていた彼女の手を思い切り振り払った。
「え、それ……」
「な、んでもない、から……」
見られた、最悪だ。
心臓の音が耳の奥まで聞こえる。
息苦しさが僕を襲った。
その瞬間。
「は、はわわわ……。そ、それって私が、私が投げたハンガーのせい、ですか……!?」
「え?」
「病院……。今から時間ありますか?病院行きましょう!!」
「え、は、ちょ……っと落ち着いて……」
「はっ!!その前に電話!!あなたの連絡先教えて下さい!!お父様とお母様に謝罪をせねば!!!」
「だから、落ち着いて、これは……」
「ああ、でも盗撮してたから最初に警察に行くべき?でも怪我……病院……」
「警察も病院も行かないよ、僕は君を盗撮してたわけじゃ……」
「盗撮していなかったら何を盗撮していたと……?」
盗撮からまず離れろよ。
なんだこれは。
話しが。
話しが全く噛み合わない。
先ほどまでの冷静な彼女はどこにいってしまったんだ。
一人で勝手に焦っている彼女をなんとか落ち着かせなければ。
そして誤解を解かなければ。
そう思ったのも束の間。
急に彼女は僕の両手をぎゅっと握り締めて、覚悟を決めたような表情で僕を見ていた。
「わかりました、怪我を負わせた責任、私が取ります!!」
「はえ?」
「盗撮の件も、恋仲であれば許されるはず!!」
「こ、恋仲……!?」
「ふつつか者ではありますが、よろしくお願いします!!」
「何がどうなってそうなったのさ!!」
噛み合わない会話に不安が僕を襲う。
彼女のペースに飲まれたまま、弁解どころの騒ぎではなくなった。
病院に行って診てもらうのは僕ではなく、彼女の頭ではないだろうか。
あるいは、正常なのは彼女のほうで、僕の頭がおかしくなったか。
…………………もしかたしら、両方か。
心配になり百日紅の花を見上げた。
桃色の尊い花びらは、素知らぬ顔でそよそよ風に吹かれているだけだった。