【吉野順平】メビウスの輪舞曲
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B:果たして何を投げたのか。
ハンガーです。
私はハンガーを投げました。
人間、いざというときは脳より身体が先に動くってホントなんだね。
だってさ、休日じゃん?
天気良いじゃん?
ベランダで洗濯物干すじゃん?
したら道の上からスマホ構えて私のこと撮ろうとしてんだよ?
やばくない?
超怖くない!?
しかもかがんで木の後ろに隠れてんの!
どんだけホラーだよ!
白昼堂々の盗撮事案という予想外のイベント発生に、私は買ってまもないブラを放り出し目の前の物干しにぶら下がっていたハンガーを引っ掴んだ。
狭いベランダで助走はつけられないものの、右手を高く振り上げエネルギーを三角筋から上腕二頭筋へ。
「変っっっ態!!!!」
そして眼下の男子に無我夢中でぶん投げた。
プラスチック製の三角形ハンガーは縦回転をもって指先を飛び出し空中へ。
おや?と私の思考が回り始めたのはその瞬間。
あの盗撮男子、見覚えがあるぞ。
いつぞやの"ヘルメースくん"ではないか?
特殊なキーワードに反応して、半年近くも前の記憶が脳内映画のチャプターを引き抜くように選び出された。
ハンガーが宙を飛んで行く最中、私の頭の中で1月の雨だれの音と共に記憶は走馬灯のように再生される―――。
◆◆◆
C:その日は、朝から雨が降っていた。
3日連続の雨だった。
雪の混じった、みぞれに近いびっちゃびちゃの雨だった。
どうせ降るならロマンチックに降らせてよと心の中で悪態を吐きながら、私はスマホを右手に、左手に傘を持って路上案内板の前に立っていた。
そう、私は地図が読めない女。
たかがおつかいで迷子とは。
なんて馬鹿にしないでくれたまえ。
長いこと寝たきりの私の曾祖母が、亡き曾祖父との思い出のあの店の、あれが食べたいなんて突然言い出したもんだから、アレとかソレとか代名詞ばかりのふがふがした訴えを30分かけて解読してここに辿り着いたのだ。
持っているヒントは、お店の名前とざっくりとした場所だけである。
地名を便りにそれっぽい駅まで来たはいいものの、ほら、グー○ル先生に聞いても出て来ないような個人店舗じゃ、フツー自力で辿り着けるわけないじゃん?
しかも馴染みない、初めて降りた駅だし?
これはもう迷子とかそういう以前の問題だ。
よって私は迷子ではない。
「誰かに聞こう」
ネットも地図も頼りにならないので、私は人間に頼ることにした。
吐き出す息は白く、傘を持つ手はかじかんで痛かった。
誰に聞こう。
年明け直後の忙しい時期。
周りを見渡しても道行く人は皆、傘で顔を隠して通りすぎていく。
なるべく親切そうな人、急いでなさそうな人。
そうだ、一人で立ってる、女の人にしよう。
駅の出口の屋根の下で、雨宿りをしている人たちをじっと眺めた。
そしてその中に、自分と同じ里桜高校の制服を見つけた。
こんな寒い日にマフラーだけを首に巻いて、退屈そうに壁に寄りかかってスマホを見ている。
一人だ。
女の人じゃないけどここで嬉しいお知らせ。
あの人にしよう。
話したことも見たこともない人だった。
でも同じ学校というだけで、なんだか親近感を覚えてしまった。
あれだ。
せっかくの修学旅行なのに、知ってるファミレスに入っちゃったあの感じに似てる。
人は見知らぬ土地に来ると、馴染みある物に頼りたくなるんだ、きっと。
私は真っ直ぐ歩いた。
同じ屋根の下に入り傘を閉じ、あのう、と声をかけた。
「すみません」
その男子は、パッとスマホから顔をあげて私を見た。
「えっと……」
身長が高いわけでもないのに、なんか怖い……。
長い前髪が片目を隠しているからか、それとも目に見えぬATフィールドをこの人から感じるからか。
覇気のない瞳が私の瞳とぶつかった時、その人は目を逸らした。
あ、この人……。
「あの、道を聞きたいんですけど」
手に持った傘をぎゅっと握った。
「ここら辺に、"くくの庵"ってお店、ありませんか?」
「ククノアン?」
反らしていた瞳が再び私を映し、きゅ、と彼の眉間にシワがよる。
「聞いたこと無い。……ごめん」
「あ」
同じ世代の子じゃなくて、年配の人に聞いた方がよかったのかもしれない。
と思った。
「和菓子屋なんです」
「和菓子屋……」
と低い声で呟いた後、その人は興味無さそうにスマホへと視線を戻した。
「…………」
「…………」
あ、会話終了?
なんだなんだ。
見た目だけじゃなくて性格まで冷たい人だな。
むっとしたけれど、でも同じ制服だけになんとなく離れがたかった。
これでイケメンだったら最&高だったけど。
「私ね、うぐいす餅を買いたいんです。なんか、冬の和菓子らしくって」
その人はスマホの画面を見たまま。
無視ですか。
「私のひいおばあちゃんがね、今年で85なんだけど、どーしても"くくの庵"ってとこのうぐいす餅が食べたいらしくて……他のお店のでもバレないかな?そもそも、この駅の近くにそんなお店があるのか謎だし。おばあちゃん、お餅なんて食べて大丈夫かもわかんないんだ。喉に詰まらせたら大変だし。あはは」
「…………」
「…………あー」
またも無視ですか。
興味なしですか。
フラレちゃったわ。
私は頭を下げた。
「他の人に聞いてみます。邪魔してすみませんでした」
それから別の場所へ行こうと方向転換をした。