【吉野順平】メビウスの輪舞曲
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単純そうに見えるものほど、説明するのは難しい。
◆◆◆
A:休日の昼下がりに散歩をすると、普段は目に入らないものがくっきり見えるようになる。
幽霊とかそういう、オカルト系の話じゃなくて景色の話。
僕の家から駅までの、平坦な徒歩約8分の道。
通学のために毎日通る道だけど、学校がある日の朝は誰の視界にも入らないように下を向いて存在を消して歩いているし、帰りはあいつらの視界から消えるために急いでいるから、いつもは景色を楽しむ余裕なんてない。
だけど学校をサボった時や休みの日に、のんびり歩くと灯台下暗しって言うのかな。
身近な場所ほど、気付かなかった新しい情報に出会えたりする。
例えば、商店街の一本裏手にある稲荷神社。
そこの鳥居がびっくりするほど鮮やかな朱色をしていたり。
はす向かいの家の表札に、小大塚、なんて小さいのか大きいのかよくわからない名字が彫られていたり。
お地蔵様に花を供える人がいることを初めて知ったり。
それだけ?って思うかな。
僕も普段なら、取るに足らないことだと思うよ。
でも、今日は雲ひとつない晴天。
何もない穏やかな休日。
手ぶらでTシャツという身軽な装備の上に僕を理不尽にイジメてくる人間もゼロ。
邪魔が何も入らないと、目に見えるもの一つ一つが興味深いもののように思えてきて、道端の小石まで愛くるしくなる。
だから1人の時間は好きだ。
『順平って休みの日はずっと引きこもってんの?部屋の掃除したり、溜めてた録画消費してんの?』どこのOLだよ、まぁ映画はよく観てるけど、たまには外に出て目的もなくぶらぶら散歩するよ、自問自答。
今日は思いつきで、駅に続く道の途中でいつもと違う方向に曲がった。
これも休日じゃないとできないことだ。
用事がないと、7月の照りつける太陽さえも心地よい。
そうやって知らない道を気ままに歩いて……5分ちょいかな。
ある一軒家の、歩道に面した庭の木に目を奪われて足が止まった。
さるすべり。
低い塀を挟んで、百日紅の花が咲いていた。
僕の目線より、少し高いくらい。
綺麗だ。
青空と、植物の緑と密集したピンクの塊が風にゆらりと揺れている。
そのコントラストだけで、なんだか尊いものを見ている気がした。
写真に収めたい。
と思った。
思ってから自分でも驚いた。
写真?
僕が?
花なんて撮ってどうする。
SNSにでもアップロードする?
僕が?
あんな自己承認欲求とプライベート自慢の空間に?
アイツらと同じ土俵に立つというのか?
それにSNSにアップロードでもしてみろ。
誰かに見られたら笑われて調子に乗るなと殴られるだけだ。
冗談じゃない。
……でも。
この花は撮りたい。
美しいものは美しいうちに切り取るべし、だ。
誰かにひけらかすためじゃなく、あくまでも自分のため、に。
僕はポケットからスマホを取り出した。
ロックを解除して、カメラアプリを起動する。
見知らぬ他人の家だけど、撮るぐらいなら平気だろうと考えた。
花盗人は罪にはならず。
花を撮る者もまた、罪にはならない。
多分。
どう撮ろう。
スマホを縦に横にと構えながら構図を考える。
夏の花だから、やっぱり青空に映える感じで撮りたい。
こういうとき、自分はとことん凝り性だなと思うけど悪い気はしない。
フレーム内に全体が入るように、一歩後ろに下がった。
この角度が良いかもしれない。
そう感じたのは少しかがんだ時。
低い位置から上に向けて撮った方がより尊大に見える気がする。
いや、もうちょっと低くだな。
あとちょっとだけ下がって……。
ここだ、とシャッターを押そうとした瞬間。
花がぼやけた。
勝手にピントがずれたのだ。
先月買い替えたばかりの最新のスマートフォンは、百日紅の花ではなく、何を思ったのか後ろの背景にフォーカスを当て、その画面に鮮明に映し出してしまった。
「え」
花木の向こうにいた人を。
「は?!」
しかも目があった。
驚いて立ち上がると、百日紅が生えている敷地内の―――洋風作りの家の2階のベランダから、知らない女子が僕のことをひきつった顔で見下ろしていた。
そして猛然と人差し指を向けてきた。
「盗撮!」
「!?」
いきなり何だ。
花くらい、いいじゃないか。
何か言い返そうと口を開いて、僕はハッとして固まった。
1. ベランダにいるのは女子だ。
僕と同じくらいの年齢に見える。
2. 彼女の前の物干し竿にはうちの学校の体育着がかかっていて、今まさに洗濯物を干していた最中だったのかもしれない。
3. 現在の彼女の手には淡い色の下着が握られている。
言わずもがな女性用である。
つまり、これは……あっ、盗撮ってそういうこと!?
「違っ……!」
「変っっっ態!!!!」
反論する時間はなかった。
彼女がやけに綺麗なフォームで振りかぶったと思ったら、何かが俺僕に向かって勢い良く飛んできた。