【伏黒恵】さよなら私。ごめんね、私。
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「眩しっ!」
上りきった太陽の光が目に刺さる。
朝の澄み渡った空気の中で、欠伸をしながら郵便受けの蓋を開けた。
雑誌を引っ張りだして、ついでに新聞も取り出したその時。
「あの、すいません」
突然後ろから話し掛けられた。
はい?と振り返ったら、そこに立っていたのはさっき通っていったはずの伏黒だった。
「ここらへんで落し物したみたいなんですけど……って、」
アレ?と伏黒が私の顔を覗きこんできた。
やばい!と反射的に手元の新聞紙と雑誌で顔を隠す。
「お前……」
「いや!人違いです!」
え!?なんで?なんでいるの!?
あわわわわわヤバイ。
ヤバイぞ!
「あの……鍵、落ちてなかった……でしょうか?」
伏黒は私だと確証が持てないのか、ぎこちなく尋ねながら顔を見ようとしてくる。
それに対して思いっきり顔を背けて「や、知らないです」と早口で突っぱねた。
やばいやばいやばいやばい、私ってバレたかな?
なんでよりによってこんな……まだ寝癖も直してないし、すっぴんで二重も作ってないし、サンダルだし……ってかパジャマ!!
まだパジャマだし!!
「あの、」
「見てないです!」
「……家の鍵なんだけど」
「だから、知らないです!!!」
頼むから早くどっか行ってよ!!
「そう、ですか……。すみませんでした……って、ゆーか……」
歯切れ悪く言った伏黒がチラ、と郵便受けの横の表札を確認して、また私に視線を戻した。
「……椎名?」
「……………………はい」
バレた。
「……お前、顔、違くね?」
なんでそんな事聞いちゃうかな!!!
女心がわかんないのか、君は!!!
馬鹿正直にそう言った伏黒が、性懲りもなく顔を覗きこんでこようとしたので「見ないでください!」と彼の顔に雑誌を押し当てた。
うぐ!っと声が聞こえた。
「私寝起きだから超恥ずかしいの!!」
「あ……、悪い」
「まだメイクもしてないし!」
「はぁ……」
「二重も作ってないし、カラコンも入れてないし!っつーか、ここまで喋る必要ないよね⁉」
どうしよう!
ドン引きされたかな!?
死にたい!!!!
「ごめん!」と叫んで雑誌を抱えて後ろを向いた。
なんで、なんでなんで、と頭の中でぐるぐる回る。
あーもう、最悪だよ。
せっかく毎朝早起きして頑張ってたのに、これじゃ意味ないじゃん。
可愛いねって言われるために頑張ってたのに。
振り向いてもらえるように、頑張ってたのに。
一生懸命メイクも勉強して、長い巻き髪で顔を小さくみせて、できるだけ可愛くなりたいって思ってたのに。
何もしなくても元から可愛い子たちと、対等に立ちたいって思ってたのに。
これじゃあ、落差にがっかりされるだけだよね。
「……ごめん、早くどっか行って」
下を向いたまま、落とした声は震えていた。
「伏黒に見られたくないの」
あーもう。
私の顔が可愛かったら、こんなことにならないのに。
生まれたときから二重瞼だったら、家の前を歩く伏黒に、窓から手を振ることだって、きっとできたのに。
「………」
「………」
「………椎名?」
「………」
「おい、椎名……」
「………」
「………泣いてんの、か?」
「泣いてるよ……」
ぽろぽろと零れる涙を両手で受け止めていたら、後ろから、あー、とかえぇと、とか居心地が悪そうな呻き声が聞こえてきた。
「なんで泣いてんだよ」
「わか、んない?」
「……わかんねぇ」
「…………ないからだよ」
「あ?」
「可愛くないからだよ!私が!!」
「!?」
自棄になって振り返ったら、伏黒が驚いたように仰け反った。
だけどそんなのどうでもよかった。
「必死で隠してたのに、なんで無理矢理見ようとするのよ馬鹿!!!」
両手に持った雑誌と新聞紙をシワが寄るくらい抱きしめて、力いっぱい「どうせメイクしないと可愛くなれないんだよ!」と叫んだら、「はぁ?」と拍子抜けした声が返ってきた。
「お前、いつものあの死んだ目のほうがカワイイと思ってんのか?」
「死っ……!?どういうことよソレ!世間一般の可愛いの基準わかって言ってんの!?」
「知らねぇよ、んなもん」
それから、あー、と乱暴に頭を掻いた後、伏黒は「よくわかんねぇけど、」とボソリと呟いた。
「こっちのほうがいいんじゃねえの?さっぱりしてて」
「………………」
「悪い、俺、用事あるから」
ポケットの中で震えたスマホを取り出した伏黒は、眉間に皺を寄せて、涙で滲んだ朝日の中を走って行ってしまった。
「………………」
残された私は、その背中を見送りながら独りで泣くしかなかった。
すっぴん見た感想が"さっぱり"なんて、口下手にも程がある。
っつーか、泣かせといて放置とか。
馬鹿か。
馬鹿か。
馬鹿か、伏黒は。
死んだ目ってどういうことだよ。
こっちのほうがいいって、どういう意味なんだよ。
私が毎朝、どんな気持ちでカーテンに隠れているのか、説明したって分かんないんだろうな。
勝手にしゃくりあげる身体を抑えられないまま、自分の重たい気持ちを全部全部全部落としてしまおうと、溢れる涙をどんどん流した。
努力して作った自分は少し好きだったのにな。
偽物の顔も、可愛くはなかったのかな。
嘘でしょ。
可愛いよ。
でも彼の好みじゃなかった。
全部。
わけがわからないよ。
少女漫画の主人公みたいに可愛くなりたいのに、その前に可愛いってなんなんだ。
誰が決めたんだよ。
可愛くなりたいよ。
伏黒にとっての可愛い子でいたいよ。
でもどうすりゃいいんだよ。
泣きじゃくる私を慰める人間は誰もいなくて。
洗いたての街で、ただ一つ、太陽だけが眩しかった。