【伏黒恵】さよなら私。ごめんね、私。
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「来たっ……」
2階にある、私の部屋から見下ろす道路。
6時ちょっと過ぎに遠くからやってくる、黒い影。
薄暗い部屋の中で、息を潜めて、
細い細いカーテンの隙間から、それに目を凝らす。
同じクラスの伏黒恵。
最近隣の席になれた。
少しだけ、会話が続くようになった。
ポケットに両手を突っ込んでズンズンと歩く彼は、傍からみれば怒ってるみたいだ。
けど、これがいつもの伏黒恵。
家の前のちょうど正面に来た時、彼が欠伸をした。
朝日に照らされた眠そうな顔。
それだけで、心臓が速くなる。
あぁ、こっち見てくれないかな。
でもバレたらマズイか。
カーテンから覗く変態女なんて、きっと怖いだろうな。
私に見られてることなんて露知らず、彼はそのまま視界の外へと過ぎ去ってしまう。
窓に顔をくっつけて、その姿が見えなくなるギリギリまで見送ると、緊張が一気に解けてばたりとベッドに倒れこむ。
これが私の日課だ。
これで1日頑張れる。
いや、むしろこれで今日は終わったも同然だ。
いつも教室でギャーギャー騒いでる私がこんなことしてるなんて、誰にも言えない。
のろのろと起き上がって、身支度のために鏡の前に座って、髪の長さを確認した。
これも私の日課だ。
胸元まで伸びた長い髪は、私を守る盾である。
お世辞にも小顔とは呼べない顔のラインと、偽物の二重を覆い隠してくれる、バレない程度に染めた茶色い私の盾。
毎日欠かさずトリートメントをして、ドライヤーで乾かして、櫛を通して、ヘアーアイロンで軽く巻いて、そうしてようやく他の女の子たちの中に紛れることができる、私の髪。
意味もなく指でとかしながら、昨日の休み時間に聞こえた会話を思い返した。
『なぁ伏黒。お前、ロングの子とショートの子だとどっちが好み?』
伏黒の前の席の男子が彼にそう質問したとき、内心「よくやった!」と喜んだ。
伏黒はヤンキーと恐れられているため、彼に話しかける男子は絶滅危惧種と謳われるほど貴重な存在、尚且つ相手は伏黒恵だ。
好みのタイプや気になる女子について話したところを見たことがない。
『は?髪型なんてどうでもいいだろ』
突然質問された伏黒は、意味がわからない、といった顔で返していた。
『いやでもさ、どっちかって言ったらどっちなわけ?』
『はぁ……?』
眉間にシワを寄せて首を捻るその隣の席で、私はこっそり聞き耳を立てていた。
『好みとかどうでもいいけど、鬱陶しくないほうがいいんじゃねえの?』
無感情のまま呟かれたその言葉を聞いて、次の授業が始まるまでに、急いで髪の毛を1つに縛った。
それが昨日のことだ。
「……やっぱり鬱陶しいかなぁ」
鏡の中の自分に聞いてみる。
後ろで髪を纏めてみたり、サイドに流したりしてみるけど、どれもイマイチ。
お母さんに切ってもらおうかなぁ。
私の大好きな美容師のお母さんは、いつも私の髪を見て「貞子みたいね」と顔をしかめる。
ずっと煩いと思っていたけど、こうやって見ると確かにお化けみたいなのかもしれない。
小学3年の頃からずっと伸ばしてきた、周囲の視線から私を守る長い髪。
落ち着くから結構気に入っていた。
嫌いなところだらけの自分の中で、数少ないこだわりのあった部分だったのに。
好きな人の好みじゃないとわかったら、途端に捨ててしまいたくなった。
う~ん、と頭を悩ませてヘアーアイロンに手を伸ばしかけて、そうだ、と思い出した。
今日は定期購読しているファッション雑誌が届く日だ。
もしかしたらまとめ髪やショートヘアアレンジのやり方が載っているかもしれない。
そう思い立って、そろそろを自室を出て階段を降りた。
暗くて静かな家の玄関でサンダルを履いて、重い扉を押して外に出た。