【五条悟】類を以て集まるも懐を開く義理はない
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前置きしておく。これは断じて嫉妬ではない。
◆◆◆
歴史上のどんな聖人君子にも、相性の悪いタイプはいただろう。
嫌いになるほどではないけれど、馬が合わない、できれば傍にいたくないような。
同じ空気を吸いたくない。
考えるだけで舌打ちが出る。
正面きって出会っちゃったら、とりあえずバーカバーカ!と指を向けておかねばならない相手は誰にでもいる。
誰にでもいる。
恥ずべきことはないはずだ。
対して俺は聖人でも何でもないから、笑顔で大嫌いと公言できる奴らリストは日々更新されていたりする。
下記、敬称略。
御三家の連中、伏黒甚爾、そんでもって椎名馨。
呪術界で最強なのはもちろん俺だし、体術だって俺が最強なのには変わりない。
別に相手が女だから分が悪いとかそういうことではないけど、なぜかわかんないけど彼女が相手だと分が悪くなる上に質が悪い。
椎名馨―――彼女に会ったことが無い人に、彼女がどんな人間かわかりやすく的確に伝える方法が一つある。
未来から来た猫型ロボット、ドラえもんの世界に出てくる、出木杉くんを思い浮かべてみてほしい。
成績優秀、スポーツ万能、力で男にはかなわないがそれを補う圧倒的センス、容姿端麗おまけに良い奴。
響きの良い単語がぴったりな出木杉くんを女の子に変換したような存在こそが、椎名馨だ。
この手の人間の素晴らしさときたら筆舌尽くしがたく歯軋りせずにはいられない。
優等生ってだけじゃなく、人望が厚く砕けた話題にも無邪気に混じるところがただの気取り屋とは違うってわけ。
でものび太やジャイアンが好きだと言う人はいても、出木杉くんが一番好きというファンはなかなか耳にしたことがないよね。
もう分かったでしょ、そういうことでしょ。
スタイリッシュ万能少女は皆からちやほやされて、見ている俺は面白くないってそれだけ。
彼女は手先が器用で一つ一つの所作も綺麗だ。
困っている人がいれば手を差し伸べる。
賞賛されたら謙虚な姿勢で感謝を返す。
全うな人間の代表格みたいな誠実さと恵まれた部分をひけらかさない慎ましさ、見ているだけで反吐が出る。
反吐って何か知らないけどさ。
なんで呪術師なんてやってんだとは思う。
「五条、借りてたCD返すよ」
汗ばむような空気が流れるある休み時間、硝子が俺の前にあるものを差し出してきた。
ポップなカラーのジャケットが表になったケースを返却しに来た硝子は、こちらから感想を求めたわけではないのに「良い曲だった」とだけ述べた。
にやりとしてしまう。
あまり自分から感想など口にしない同級生からその言葉を引き出せただけで満足だった。
「良かっただろ?沖縄出身なんだよ、このバンド」
得意になって返事を返すと、硝子は素直に頷いてジャケットを眺め直した。
「五条にしては見る目があると感心した。これが一番新しいシングルだっけ?」
「そうそう。先週リリース」
上から目線のコメントは気にしないことにして「ラジオも最近始まってさ。土曜夜の23時からなんだけどさ」と宣伝しておく。
自分の好みを他人に押しつける趣味はないけれど、感想を共有できる仲間が増えるのは歓迎すべきことだとは思う。
「曲もいいけど、トークもおもしろくてさ、」と言葉を続け、畳みかけるように語った。
「「なんと言っても、ラジオだとボーカルのテンションが高い!」」
声がハモった。
自分より高い声が。
横から。
首を動かすと、隣の席の馨が俺を見ていた。
向こうは何故か傑と会話していたようで、彼女の右手の中で、俺が持っているのと同じポップなカラーのジャケットが光を反射させていた。
状況を理解するより前に、自分のこめかみがひくりと動く。
◆◆◆
好きなことについて話す時、つい夢中になって声を大にしてしまうのは私の悪い癖だ。
夏油にオススメのアーティストの良さを語っていたら、いつの間にかボリュームがぐーんと上がってしまっていたみたい。
発した私と私以外の声が、同じ言葉を綺麗に重ねるなんてビックリが起こらなかったら、休み時間が終わるまで口が回り続けていたかも。
反省。
ところで息ぴったりにハモってきた犯人は五条だった。
どうやら同じ話題で硝子と盛り上がっていたらしく、事情を飲み込んだ私の喉は、一緒に冷たい空気が滑り降りていく感覚を味わっていた。
同じCDを手に固まる私と五条。
あちゃー、の表情を浮かべる硝子と夏油。
私たち4人間で、気まずいアイコンタクトが交わされた。
「裏切りじゃない?」
最初に動いたのは五条だった。
私にではなく、夏油に指を向けていた。
「裏切りって、何の話だい?」
夏油は平然とすることにしたらしい。
「馨にCD借りただけだけど」
「なんでよりによってそっちにいくんだよ!?」
「私なんか悪いことしてる?あ、悟もしかして馨のこと狙ってた?」
うわぁ、と硝子が低く零す。
私だってうわぁ、と思った。
ここまで白々しい煽りができる図太さってすごいと思うの。
「馬鹿じゃねえの、そういう冗談笑えねえし」
嫌いな野菜を前にした子供のような顔をして五条が口調を強める。
私も口元が歪む。
彼は私のことを嫌っているのだ。
ここまではっきり表に出せる人間も珍しい。
嫌われる側もかえって気が楽なのが不思議なところだ。
五条は表向きから見ると、少女漫画に出てくるキャラクターみたいだ、と私は思う。
第一話で主人公の女の子が好きになるような本命の男の子じゃない。
ストーリーの途中から突然登場してくるイケメンで、横から全部かっさらっていくような、場を引っかき回すライバルポジションになりそうな人。
もし五条が海外アニメの登場人物だったなら、ウインクひとつで街の女の子たちがドミノ倒しになるんだろうな、と想像してみて、少し演出過多かな、と笑ってしまった。
「おい、このタイミングで笑うのやめろよ」
気付けば五条の怒る矛先は私の方に向いていた。
ごめんごめん、と謝って「でも、五条も同じバンド好きだとは知らなかった。奇遇だね」と話をはぐらかそうとしてみたけれど、返ってきたのは舌打ちだった。
「この曲気に入ってたけど、馨も聞いてるって思うとなーんか微妙」
「私も、ラジオ毎週楽しみにしてたけど、これから聞く度に"五条も今頃聞いてるのかなぁ"ってふと考えちゃいそう」
「うわ、最悪。うっげー」
「お互い様で」
容姿端麗で文武両道、おまけに御三家の内の一つの五条家次期当主、極めつけは呪術界最強の男。
でも五条のすごいところってそこじゃない。
彼が一つ一つ努力を陰で重ねていることは知っているから。
一度の失敗が彼をそうさせたのかは知らない。
けれど実際、自分にできる幅を増やそうと誰かに自慢するための努力ではなく、淡々と渇きを満たすように積み上げていく。
そのギラギラと深奥に立つ炎が、端から見てて一番の恐怖に感じるのだけれど、たぶん本人は気付いていないのだろう。
引け目を感じずにはいられないのだ。
私は。
五条のような呪術界を担う術師になりたいわけではない。
が、目の前の人間を守れるくらいには強く在りたいと思う。
そのためにできることは沢山あるし、できなければいけないこともたくさんある。
すでに特級案件をこなす五条ににガルルと威嚇されても、そこまで達していない私は、あはは、とお茶を濁すしかないよ。
私たちはライバルではない。
家は当たり前だが近所ではないし、当たり前だがそこら辺の公庫更生のように部活をしているわけでもない。
成績で競い合ってるわけでもない。
強いていうなら任務くらいだろうが、特級と準二級術師ではまず上がる土俵が違うし、比べる要素などないに等しい。
だけどどうしてか、気になってしょうがないところもある。
こう表現したら言葉が悪くなるけれど、鼻持ちならないというか、そんな気持ちは私だって持っている。
嫌でも任務などで気を遣わなきゃいけないことがいっぱいあるのに、それを全部唾棄してオープンに"好き"へ手を伸ばし"嫌い"を表明できる五条は、私と違って自由に見える。
別に羨んでいるわけではないけど。
夏油と硝子がこの状況に呆れ去ったあとも、五条の攻撃は続いた。
「なーんかさぁ、馨って、俺に対してだけ性格悪くない?」
ストレートな物言いに絶句する。
更に図星でもあるから、「そ、そうかなぁ」と苦し紛れにとぼけることしかできない自分。
幸あれ、献杯。
「あ、自覚なかった?じゃあ素の性格だったんだ」
「受け取り側である五条の問題じゃない?ほら、被害妄想って言葉もあるし」
「はぁ?まじでそう思ってんの?」
にこにことしているけど目は笑ってない。
たぶん私も同じだろう。
こんなに相性が悪いのに同じクラスの隣の席になってしまっているなんて、現実って滑稽だ。
もう少し早く生まれてくるか遅く生まれてくるか、どっちかにしてほしかった。
明日から席、硝子か夏油に変わってもらおう。
「はー、馬鹿らし」
急に醒めたらしい五条は、大きく溜息を吐いて椅子の背もたれに体重を預けた。
「お互い肚の中は似てると思うんだよね。俺、お前のこと嫌いだし」
嫌い、と言葉で言われたのは初めてだと思う。
というか異性に向かってそれってどうなの。
「馨だって同じでしょ」
心の声を読んだらしい五条が投げつけるように聞いてくる。
今更八方美人しても通用しないだろうから、そうだね、と私はぽつり肯定した。
「私も……」
言いかけて止まる。
続きが出てこなくて詰まる。
あれ、私も嫌いって言おうとしてる?
私って五条のこと嫌いなの?
決めかねる。
嫌われてる自覚はあるけど、私自身はどうなんだ?
はっきりとした顔立ち。
分かりやすい性格。
なのに勝手に自分で自分をかき回して私に喧嘩を売ってくる。
って私なりの分析を噛ましていると、五条の表情が少しずつ曇っていった。
僅かながら、たじろいでいる様子が伝わってきた。
「そこで考えこまれると、俺も困るんだけど」
「あぁ、そうだね、ごめん」
慌てて下を向いて結論を出す。
「私も五条のこと、す、好きではないかな」
視線を合わせないようにぎこちなく言うと、「だよね」と幾分かほっとしたような声が聞こえた。