【虎杖悠仁】Soliloquy
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「いらっしゃいませ!本日はご来店、ありがとうございまーす。お冷やをお持ち致しました!」
快活な挨拶が聞こえ、目の前に水の入ったグラスが2つ置かれる。
手際が良いのに、とても丁寧。
テーブルを挟んで向かい合わせに座っていた馨が「ありがとうございます」と女性の店員にお礼を言いながら、テーブル端にある紙ナプキンをとり、コースター代わりにグラスの下へと敷いた。
几帳面だなぁ。
と感心していると、ぱちんと目が合う。
視線のやり場に困ってしまって、俺は、逃げるように店員の顔を見上げた。
「ご注文はお決まりですか?」
あ、可愛い。
と直感的に思ってしまった。
口角が上がっていて、目尻が下がっている。
早起きして見る朝の女子アナウンサーみたいな笑顔。
白いシャツと、ブラウンのベレー帽の制服もよく似合ってる。
「私は……どれにしようかな。虎杖くん、決まった?」
「ん?」
ぱちん、とまた馨と目が合った。
一瞬の沈黙。
やばい、と思うより前に「コーラ」と口が動いた。
「……を、お願いします」
「じゃあ私は、アイスコーヒーで」
「かしこまりました。コーラとアイスコーヒーですね」
はい、と返事をした声が少し掠れた。
平静を装って水を飲む。
俺の馬鹿、と自分を罵る声が脳内リピート。
気付かれた。
絶対バレた。
よりによって、馨の前で他の子に見とれちゃうなんて。
「今の店員さん……可愛かったね」
注文を取り終えてすぐ、馨が内緒話と同じトーンで話しかけてきた。
ほらね、やっぱりバレてる。
「なー?印象良いよな。あ、っていうかさ」
今だ、とすかさず彼女の右手を指差す。
「馨、今日指輪つけてんだな?」
「え……?うん、安物だけど」
おしぼりを持ったまま馨がきょとんとした顔をした。
よし、そういう言い方をするってことは、誰かからのプレゼントじゃないってことだ。
「朝からさ、ずーっと可愛いなーって思ってたんだよ。見てもいい?」
テーブルに肘をついていた腕を伸ばして、彼女の手をとろうとした。
だけど、影のように逃げられる。
「ほんとに安物だよ?」
手を引っ込めた馨は苦笑しながら指輪を外しにかかっていた。
細い薬指からするりと離れて、はい、と手渡されるシルバーリング。
「……ありがと」
これは親切というものなのか、それとも”手を握られたくない”という拒絶なのか。
———こういうのって、結構、凹むんだよなぁ。
作戦失敗。
気を取り直して、受け取った指輪を眺めた。
細い2本の線が交差しているデザイン。
シンプルだけど、繊細で、洗練されている印象を受けた。
照明にかざすと、絡み合った線の隙間からキラキラ光が零れて綺麗だ。
へー、と素直に感心してしまう。
「馨って、センスいいよなぁ。これほんとに安物?買い物上手じゃん」
オーバーに褒めてあげると、また目が合って、すぐ逸らされた。
だけど、僅かに口元が緩んでいるのが見えて、あ、これはいい感じだぞ。
と思ってリベンジに動く。
ゆっくりと彼女の右手をとって、テーブルの真ん中へ引き寄せる。
と、今度は拒絶されなかった。
未だ慣れない、異性の柔らかい手の感触に心臓がドキドキしてしまう。
けど。
「いいよなー、こういうアクセサリーって。なんかさ、女子、って感じだよな?」
とさりげなく、あくまでもさりげなく薬指に指輪をはめてあげる。
「ふふ、女子だもん」
彼女ははにかみながら椅子に浅く座り直した。
逃げられる、と思ったから、相手の目を見て、わざと握った手に力を込めて離さなかった。
少ししつこいかもしれない。
でも、この空気は悪くない。
「お待たせ致しました。コーラとアイスコーヒーでーす」
せっかくの良い感じの空気を引き裂くように店員さんの再登場。
馨の無言の抵抗が一層強くなったから、敢えて一瞬だけ間を置いて、パッと手を離して両手を膝の上へと戻した。
「ありがとうございます」
グラスを置いてくれた店員さんをにこやかに見上げれば、先程と変わらない愛想の良い笑顔を向けてくれた。
「ごゆっくりどうぞ」とお辞儀をして踵を返したその背中に、思わず賞賛の念を送ってしまう。
例えばもしも、あの人が昨日カレシに振られたばっかりだとしても、男女が手を握っているテーブルに果敢に踏み込み、笑顔でドリンクを配らなければならないのだ。
やっぱ接客業って大変だ。
お疲れ様です。
悪態はバックヤードで吐いてください。
ーーーなんにせよ、これで最初に見とれちゃったことはチャラになっただろ、多分。
馨の表情を確認してみる。
彼女は、コーヒーの黒にミルクが樹海のように広がっていく様子を熱心に観察していた。
あ、全然気にしてないのね。
また心が折れそうになる。
相変わらず、全てに対して俺への興味は薄いみたいだ。
今日1日のデートだけでも、何回アタックしたかわからない。
今のところ全てが不発だ。
こんなにあからさまにアピールしてるのに、左から右へと受け流されるのは、馨が天然だからじゃない。
多分、全部気付いてる。
気付いてるから、気付かない振りをしてるんだ。
はぁ、と無意識のうちにため息が出た。
馨がピクリと顔を上げる。
ほらね、こんな小さな不穏にも感づいた。
「虎杖くん、疲れちゃった?今日1日、歩き回ったもんね」
馨が気持ちを汲み取るように聞いてくる。
とっても良い子だ。
気遣いのできる、優しい子。
俺が暗い顔してちゃ不安にさせちゃう。
「やーほんとほんと。やっと座れたって感じ」
わざと明るく言って歯を見せながら、腹に力を入れて背筋を伸ばす。
ーーー怖じ気づくなよ虎杖悠仁。
落ち込んでる場合じゃないぞ。
勝負はこっからなんだから。
昨夜寝るとき、朝に鏡を見たとき、この店の扉を開けるとき。
心の中で決めていた。
今日。
告白をするなら今日だ、って。