ジャンサン 新⬆旧⬇

ちょいと髪もキメて、イカしたスーツをオーダーするか。

その言葉通りいつの間にかフルオーダーしていたらしい真新しい上下の揃いに、片腕で器用に袖を通していくサングを背にしながら、ジャンフンは静かにタバコを燻らしていた。
逆立ちしたって絶対に自分が着ることはないであろう生成色したスラックスがソファにかけられているのをじろじろ見ながら暇を持て余す。
意外にしっかりと肩幅のあるサングの体型に合わせて作られたその暖色のスーツは、彼を『破落戸』から『告発者』へと見る見るうちに変貌させていく。
昨日のうちに、肩まであった髪はばっさりと切り落とされ、ワックスでビシリと決めた髪型とも相俟って、黙って立っていれば、すわ俳優かと見間違うばかりだった。──血まみれのスカジャンで、そこらじゅうを歩き回っていた男とは到底思えない。
くるりと振り返り着替え途中のサングを見れば、その表情にはうっすらと笑みが浮かんでいて、緊張もあまりしていないようだった。──底が知れない。さすがに肝が座ってやがると、半ば感心しながら、そろそろ自分もと、ジャケットを手に取った。
手筈通り行けば、サングの会見終了と同時刻にミレ自動車と中央銀行にガサに突っ込んでいくのである。
気は全く抜けない。
漏れやミスは許されない。
高揚感よりも、鳩尾が苦しくなるようなピリピリとした緊張感が全身を包んでいくのがわかった。
ジャンフンの内心など露とも知らないであろうサングは、鼻歌交じりに灰皿に置かれていた吸いかけの煙草を手に取り、スーツと同系色のネクタイをジャンフンに差し出した。
「結んでくれ。この腕になってからは難儀でなぁ」
そう言ってニカリと白い歯をみせて笑う男に、ジャンフンは「仕方ねぇな」と言いながら、ネクタイを受け取り立ち上がる。煙草を口にくわえたままサングと向かい合った。
自分よりわずかに背の高いサングの首元にネクタイを通したところで、無防備に喉元を晒されている事実に、この手の人間に手錠をかけたことはあっても、ネクタイを締めてやる日が来るとは思わなかったと、些か可笑しい気持ちが湧き上がる。──呉越同舟、一蓮托生。今まさに泥船が出航しようとしている事実が、急に現実味を帯びて手のひらに落ちてきた。ゾクリ、と背中を何が駆け下りて行くのを感じていた。
片眉を潜めるジャンフンに「顔が強ばってるぞ」とサングがからかい混じりに声をかける。
しかしその中に思いがけず優しい声色を見つけて、ジャンフンは反射的に顔を上げた。
「なんだよ。お前、ほんとに緊張してんのかァ?」
「ッ………悪いか。先も見通せない沼に首まで使って動けねぇんだ。緊張もするさ」
「どうなるかなんざやって見なけりゃ分からねぇだろうが?人にハッパかけといてお前が弱気になってんじゃねぇよ。」
義手を伸ばし、小さな子供にするようにジャンフンの頭をぽんぽんっと撫でる男に、ジャンフンはいっそう眉を顰め、やめろと制する。
ネクタイも普段自分でするのとは勝手が異なるからか、なかなか上手く結べない。
「俺がカマして、グラついた奴らのねぐらをお前が畳み掛ける。完璧な強襲だ。奴らに逃げ場があるもんか。もっと自信持てって」
「余裕ぶっこいて腕切られた奴に、んなこと言われたって励ましになるかッ……シーバル!アァくっそ、結べねぇぞ」
「お、調子出てきたんじゃねぇか?そうそう。それくらい不機嫌な顔してるほうがお前らしい」
「うるせぇよ」
ジャンフンはそう言いながら悪戦苦闘して作り上げた結び目をキュッと締め上げる。ほとんど正三角形でやや大振りな結び目を調えてから手を離した。
──サングの軽口にふっと余計な力が抜けた気がした。

「派手にカマせよ」
「おうさ。任せとけって。」

ドンと得意げに胸を叩くサングに「というかお前は先にズボンを履けよ」と、のたまりながら、ジャンフンもつられて目を細めた。

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