ジャンサン 新⬆旧⬇


⚠️ジャンフンの台詞は関西弁になっていますので、関西弁っぽいイントネーションで読んでいただけると幸いです。




とろりとろりと密のような甘い眠りの中をゆらゆらおよぐ。
覚醒してきた頭で今日の予定を考えて、とりあえずは白紙だったことを思い出し、ゆったりと神経も身体も弛緩させる。
秋の終わり、厳しい冬が見え隠れする季節の変わり目。
そんなことは露とも感じさせない部屋の中は適温に保たれていて、そうや、自分の部屋のオンドルを業者見てもらわんと、この冬は死んじまうぞ、というのを思い出す。金はある、この休みの内に頼むかと決意して、もう少しだけ、とシーツに顔を疼くめる。
まだまどろみが尾を引いている。
覚醒したくない、と怠惰な自分が抵抗する。
ベッドの中は快適で、きちんと洗濯されて陽の当てられたシーツの匂いがする。いい心地だ。ずっとここで眠っていたい──…………。
ふと。ジャンフンの頬に暖かいものが触れた。
それはジャンフンにとって何より愛おしいにおいがして、少し湿っていてふくふくとしてやわらかい。
チュッ、と小さく音を立てて離れていくその暖かいものが名残惜しくてジャンフンは無理やりに薄く目を開ける。
キングサイズのベッドの上、そいつは半身を捻るようにしてじっとこちらの顔を覗き込んでいた。
「……サングヤ……?」
「あ?起きた、センセイ?」
「起きてたよ」
「嘘。さっきキスしたけどセンセイぜんっぜん起きなかったぜ?」
「……どこにした?」
「どこでしょう」
「……さっき、っていつの話しとる?」
「いつだと思う?」
「……おまえ、はしゃいどるな?」
くっつこうとする重いまぶたを必死に押し上げて、やわらかい光に満ちた白っぽい視界で世界を映す。
傍らを見ると、白いカッターシャツ1枚引っ掛けただけの己のパートナーであるアン・サングが、白い歯をいっぱいに見せながらくつくつと笑ってベットサイドに座っている。
そのままサングは除にこちらに左手を伸ばしてひたりとジャンフンの額に触れた。
ひんやりとした手が心地よく、またもやとろりと眠気に誘われる。
「熱は下がってるな」
「あ? 熱?」
「……覚えてねぇのかよ? 昨日一緒にメシ食いに行ったらセンセイ真っ青な顔してただろう?」
「…………そうやったか?」
ジャンフンは決まり悪くすっとぼけてみるが、体調の悪さははっきりと覚えていた。
すっかり冬の形相をしてきた自分の家の中は、帰ってもオンドルが壊れていて暖かくならず、公判やら調停が立て込んでいて他の暖房器具を買いに行く暇もないくらい忙しかった。そのせいで体調を崩したらしく、先週くらいからダルい体を引き摺って仕事に打ち込んでいた。
とは言っても周囲にはダダ漏れだったらしく、何度事務員のイ・ジヨナから医者に行けと促されたかは分からなかったけれども。
「そうだよ。んでそのナリで帰ろうとするからさぁ、今日はお泊まり、つって俺ん家引っ張ってきて寝かせたんだかけども」
「…………、」
「俺ん家に来て薬飲んだらセンセイすーぐに寝付いてたよ。俺がベット戻った時にはすっかり発熱してて苦しそうだったから、昨日はちょこっと離れて寝ようと思ったけどもよぉ。ベット入ったら入ったで俺のこと抱き枕か何かと思ってるのか抱き着いてくるし」
「はぁ?んな事」
反射的に口に出る。自分の沽券に関わる気がした。
「あったんだって! いや〜〜〜、もうほんっとになんか久々にセンセイのこと可愛いと思ったわ! センセイ! 可愛い!! よしよし〜〜って」
そう言いながら今度はわしゃわしゃと頭を撫でてくる年上の男に、ほらやっぱり、とジャンフンは息を吐いた。
可愛い、可愛いと連呼しながらふやりと目尻を下げ、口角をゆるゆると持ち上げて微笑むサングを半ば諦めの面持ちで見つめながら好きにさせる。『弟』を数多く持つ彼が、たまに爆発するこの猫可愛がりが『兄』として愛情を溜め込んだ結果に起こる発作のようなものだと気づいたのはもう何年も前になる。
「休みのときくらいセンセイって言うのやめぃ。ケツが浮く」
「はは、ほんっとに可愛いわジャンフナ」
「お前なぁ、」
えぇ加減にせぇよと、それでもジャンフンは慈しみを込めた視線を向けた。
サングはひとしきりジャンフンを撫で回して満足したのか笑いながら手を引っ込めて「体はもうだいじょうぶそうだな」と言って火のついていない煙草を咥えている。
「メシどこかに食いに行くか?オシャレなカフェとか。たしかすぐ下に新しいところができてたんだよ」
「それよりお前、どこにキスしたって?」
横を向いてサングを眺めていたジャンフンが話をぶった切ってそう口にすると、サングの肩がぎくりと揺れた。
記憶力はいいのである。
「…………ぁあ〜〜もうどうでもいいだろうんな事……」
「いい訳あるかい、人をそれで起こしといてからに」
ほらどこやねん、と催促すると、サングはあーだうーだと零しながら少し俯いた。
ええ歳して照れてくれるな、見とるこっちも恥ずかしい、と照れはジャンフンにも伝播する。
「若い衆が、」
「お前の組の?」
「そう、まだ二十歳そこそこの。そいつらがさ、キスする部位には意味があるんだって話をしててよ、」
「部位?」
「そう。センセイ寝てるし。ちょうどいいと思って復習を」
「……」
「黙るなよ。ほら、例えば」
よいしょ、とサングはそのままベットに乗り上げると、怪訝な顔をしたままのジャンフンの横にぽすりと寝転ぶ。鼻筋の通った整った顔の愛情深い優しい眼差しが心地よい。
そのままジャンフンの右手を引き上げると、手の甲にちゅっと小さく音を立てて唇を落とす。お互い気恥しすぎてぷはっと吹き出して笑いあう。
「そういうやつ?」
「そう。手の甲は敬愛。」
「ドラマとかでよく見るやつやな。女王陛下の手の甲にキスするシーンとか」
「だよな。まんまその意味だったんだって、勉強になったわ」
「他には?」
「ほかはさぁ〜」
そう言いながらサングは、ずいと顔をジャンフンに寄せた。ピントがぼやけるほどの至近距離で顔を突き合わせるのにもだいぶ慣れた。お互いに激昂してメンチを切り合うことも多いが、それとは違うゆったりと甘ったるい空気が場を支配する。
サングは少し伸び上がるようにしてジャンフンの額にちゅっ、とひとつキスを落とした。
「額は祝福」
「洗礼で額にキスするんは、そういう意味やな」
「解説はもういいから、もーちっとセンセイ色っぺえ雰囲気になんない?」
「清廉な朝に何言うとるねん」
ジャンフンが鼻で笑うと少しサングがむっとした表情を浮かべる。この男の負けず嫌いに火がついたらしい。
サングの唇はそのまま下に降りていって、ジャンフンの頬にやわく押し付けられる。
「ほっぺは、親愛」
そのまま唇で撫でるように肌をすりすりと降りて行き、今度はジャンフンの首筋に音を立てて吸い付いた。
薄い皮膚の下を流れる頸動脈にまで吸い付かれる心地がして、ぞわりと快感がジャンフンの背を掛けおりる。
「おっ、まえ、あと付けんな」
ぐっと首を捻って離れようとするジャンフンから、きゅぽんっとちいさな音を立てながら口を離したサングは、僅かに濡れて妖しい光を放つぬばたまの瞳を半月に歪めながら、
「休みのうちに消えちまうさ。首筋は執着な」
よく似合ってるぜ、とまでとのたまって、くっきりと付いた赤い痕を義手で満足そうに撫であげる。
「やべぇ、結構目立つわこれ。センセイどっか出かけるんならタートルネック必須だなぁ」
「サング……お前な」
呆れた顔をしながらも、仕返しのようにサングにゆるりと抱きついてジャンフンが首筋に口を寄せるとサングは嬉嬉として首筋を晒してくれる。
存外擽ったりの破落戸に、歯を立てる勢いで、首筋に噛み付いて吸い上げてやると、小さく躰を跳ねさせるのだから堪らない。
ほとんど歯型に近い痕と共に首筋を離すと、すかさず今度はサングがジャンフンの喉仏に噛み付いた。かぷりっと急所を甘噛みされたあと、ぺろりと小さく舌を出して舐めあげられて、ジクリと身体の中心の熱が上がるのを感じる。
「喉は欲求だってよ」
二ヶ月ぶりには効いただろ?とニヤリと口角を確信犯的に言われ、こいつ昨日何にもせずに寝込んだことを根に持ってるな、とジャンフンはようやく気付く。そうしてその煽りはご丁寧にもどストライクであったのだ。
「まだあるんか?」
「あとはなんだっけな……耳が、誘惑……だったような」
「唇は?」
そう言いながらジャンフンは再び距離を詰めてサングを見つめる。
グッとサングの肌蹴たシャツの隙間から両手を差し込んで、龍が躍る背中をそぅっと抱き寄せる。あれ、なんか違和感があるなと思うが、すぐにその思考もすぐに霧散する。
「ジャンフナ、唇はなんだと思う?」
「何やろう?」
「お前分かってるけど言ってるだろう」
「さぁ知らんなぁ」
「ほんっとに性格悪いよな、ウ・ジャンフっ……んっ」
程よく色付いたぽてりと紅い下唇をそっと食む。サングの匂いがする。煙草とシャンプーと、僅かな素肌の匂いと洗いたてのシャツの匂いも。
肺いっぱいにその匂いを吸い込みながら、吐息まで零さぬように、軽く歯を立てて、舐めて、歯列をなぞり、吸いあげる。
互いがなめらかに合わさって、舌先で撫で合うようなやわらかい接触が続いていく。
慈しみ合うような穏やかな触れ合い。
ジャンフンの両手はサングの背筋を撫で上げて刺青の龍を愛撫して、サングの左手は、愛しそうにジャンフンの頬を柔く包み込んだ。
やがてぴちゃりぴちゃりと音を立て、唾液を交換し、蠢く舌を捉えあって、深く深く繋がりを求めだす。
躰を繋げている時も、お互いに溶け合って、混じり合うような高揚感がたしかにあるが、口付けはもっと即物的で、しかし必死で、拙い交わりで互いに高め合う感覚がひときわ強い。
互いの輪郭があやふやになった頃、唇を離したのはふたり同時だった。
ジャンフンが口の端から零れた唾液を舐め上げて、額をくっつけて見つめ合う。

「唇は?」
「『愛情』やろう?」

途端色付いた雰囲気は反転して、それが可笑しくてまた二人して吹き出して、ひぃひぃ笑う。
そうこうする合間にもサングはさらに躰を引っつけてきて、しまいに脚も絡めてくるもんだから、ジャンフンが慌てた。
「今はせんぞ」
「あぁ?! なんで!」
「家のオンドル診てもらわなアカンねんて。これ以上ほっといたら俺は家で凍死してまう」
「カァァーー! だから風邪ひいて寝込むことになるんだよ!」
俺の朝の一時間を返せとぎゃーぎゃー暴れるサングを抑えながら、先程感じた違和感の正体を突き止めるためにジャンフは着乱れたサングのカッターシャツのタグをぺろりとめくる。
「やっぱり……おっまえこれ俺のシャツやんけ」
ジャンフンが納得したようにそう言うと、サングはピタリと動きを止めて、ジャンフンを下から伺うような視線を向けてくる。
「……ヤだったか?」
「いや、シャツこっちに置きっぱなしにしとんのも忘れとったわ。それに」
──俺のシャツ引っ張り出して、朝から着てくれるお前は最高に色っぽかったよ
そう耳元で囁いてやった。
さらに顔まで赤らめ出した破落戸をほっぽり出して、ジャンフンは洗面所にかけこんだ。





 
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