仙牧 新⬆旧⬇
「越野、Trick or Treat!」
昼休み、越野宏明が弁当を持って隣のクラスの仙道彰のもとを訪れた時、ニコニコ顔の仙道が差し出したのは、某テーマパークで千円くらいする小さなクッキーが入った缶だった。
時期的にハロウィン仕様なのか、やたらとでかいカボチャやらコウモリに魔法の城が埋もれている。
──ちくしょう。こいつ、この休みに大阪くんだりまで行きやがったな
そう瞬時悟った越野は、半眼になった。
県下随一を誇る練習量を誇る陵南高校バスケ部に在籍する現キャプテンと副キャプテンである仙道と越野であるが、体育館の耐震工事だとかで、この週末はバスケ部にしては珍しく完全療養日だったのだ。
その週明けに土産なんぞ、しかもテーマパークのロゴが思いっきり印刷されているそれを手渡され、仙道が休みの間にどこへ行ってきたのかは、火を見るより明らかだった。
「菓子なんぞいらん! 悪戯をよこしやがれ!」
「え、嘘? そこはほら、普通お菓子を要求するところじゃない?」
──ふっきーはクッキーのがいいって貰ってくれたのに、と実に驚いた顔で長いまつ毛をパチパチと瞬かせる仙道に、その隣で静かにクッキー缶を開け、既に完食している陵南の切込み隊長である福田を見つけて、越野は「おい!買収されてんじゃねぇよ福田!」と叫んでいた。
「おれはその手にゃ引っかからねぇぞ。おい誰と行ってきたんだよ?親とかいう寒いギャグはいらねぇから全部吐け!」
「誰とって、そりゃあ……仲良い人?」
「なんで疑問系なんだよ。彼女か?! こんなリア充満喫してますみたいな土産寄越しやがって!」
──九月の体育祭前に、半年付き合った彼女に振られたばかりの俺に対する当て付けかと、越野が鼻息荒く叫べば、「おっとやべぇの踏んずけた?忘れてた」とぴゃっと小さくなって済まなさそうに頬をかく彼らのキャプテンに、越野の怒りは不思議と瞬時におさまった。「まぁくれるってんならもらってやるぜ」と仕方がない体を装いながら缶を受け取ると、途端嬉しそうに微笑む男にすっかり毒気を抜かれてしまった、というのもある。
もともと越野自身がそこまで根に持つタイプでもないので「たっく、うやらましい限りだよ」とぶつくさ言いながら仙道の隣で弁当箱を広げ、越野も昼食を摂り始める。
今日の越野の弁当のメインは、どデカイ唐揚げで五、六個程が乱雑に入っているのに酷く食欲をそそられた。
「越野、一個ちょうだい」
そう言って、仙道がひょいと箸を伸ばし、唐揚げを一つ強奪していった。スカウトで東京からやってきて、神奈川で一人暮らしをする同級生の昼ごはんは、大抵が学食か購買で買った有り合わせばかりで、同級生同士一年の頃から顔を突合せて弁当を食べるうち、いつの間にか越野の弁当のおかずを仙道が強請る習慣が付いてしまっていて、仙道にとられる分も見越して、越野のおかずは少し多めに詰められていた。
「仙道お前、写真は?」
「うぇ?」
「ほら彼女の写真とか、大阪一緒に行った時の写真とかはないのかよ」
胡乱げに越野が仙道を見つめると、ツンツンとハリネズミのように髪の毛を逆立てた男が、大きな唐揚げを頬ぼったまま、小難しい顔をしてうーんうーんと唸っている。
そうして「まぁ、お前らにならいいか」と、仙道は自分のスマホのロックを解除しあっさり見せてくる。越野は写真フォルダを開くと、最近に撮影した画像を確認したのだった。
同じ日に取られたのであろうテーマパークを背景に撮影したと思われる写真が何十枚も並んでいて、その中の一枚を直感で選び取る。
すると、すぐさま表示された画像には、満面の笑みで、サメに頭をかぶられるようなカチューシャを付けた仙道と、すぐ隣でふわふわした茶色いくまのカチューシャをつけた──、
「はぁああ?! な、なんで牧?!!」
他校の先輩であり、神奈川の帝王と評される神奈川県大会連続十七年優勝、全国インターハイ二位の強豪、海南大学附属高校バスケ部主将である牧紳一その人が、柔らかい笑みを浮かべて仙道と一緒に一緒に写っていた。
その姿を見て、越野は思わず叫び、興味なさげに弁当を食べていた福田も仙道のスマホを覗き込んでいる。
「越野、先輩なんだから、牧さん、な」
「いやいやいやいや、問題そこじゃねぇだろ、なんで牧と?」
「海南も学祭終わったばっかで、この三連休は片付けとかで練習休みだって、前から聞いてたからな」
そんな馬鹿なと言わんばかりにその周辺の写真を片っ端から見ていくと、どれも牧と仙道の二人で写ったものや、牧単体を撮ったものばかりが残されている。
「……お前ら仲良かったんだな」
「んー、まぁ国体でも牧さんと一緒にチーム組んだしな」
インターハイが終わって息付く間もなくすぐに招集された今年の国体合宿には、陵南からは仙道と福田が選ばれていた。九月中は、初旬に一週間の合宿や、週末は全てが国体の練習となり、陵南としての練習は越野が仕切っていた時期もあった。国体話は二人から色々聞いてはいたが、まさか牧とそこまで仲良くなっていたとは、という驚きが勝る。
仙道と牧の大阪旅行は、ターキーレッグを頬張る二人や、赤い帽子がトレードマークの土管工のキャラクターと一緒に写真を撮っている二人などもある。それにテーマパークの他にも、食道楽の大きなカニの看板があるミナミや、大阪城にも行ったらしく、あちこちで楽しそうに笑う二人が写っていた。
それに加えて何か気になることでもあったのかやけに真剣な顔でクマのぬいぐるみを見つめている牧の写真や、移動中に仙道にもたれて眠る彼の写真もあったりして、日常と非日常が入り交じっている感じがあった。
コートの中の全てを支配する迫力と、決して当たり負けしないダンプカーの如く跳ね返していく我の強いプレイスタイルを持つ帝王の名を欲しいままにする男、という印象しかなかった越野は、『あれ、牧ってこんな顔してわらうんだ』などとしげしげと思ってしまう。
海南の面子は、牧の素顔などもちろん知っているには違いない。だが、他校の後輩相手に、ここまで無防備になれるものだろうか。バスケから離れた男は、落ち着きは確かにあるが、仙道に向かって笑いかける顔には、年相応さが見え隠れしているようにも思えた。
──そうだ。こんな顔。まるで二人、付き合っている相手にしか見せないような。
何かが引っかかるような、喉に刺さった小骨が取れないような妙な心地を味わいながら、越野の思考がそこまで及んだ時、画像だと思っていたファイルのひとつが動画だったらしく、ガヤガヤと騒がしい動画が再生された。
それは、薄暗いテーマパークの中で、おどろおどしいお化けやらゾンビの衣装を身にまとったキャストが軽快な音楽と共に踊っている姿に混じって、牧が一緒にゆるくダンスしている姿動画だった。
周りも皆も、キレッキレに踊っているからか、牧自身はそんなに目立つものではない。音楽に合わせてゆらゆらと揺れたり、サビで少し両手が動く程度だ。
しかし動画の中では『おまえ、撮ってないで一緒に踊れよ』と画面を見ながら少しふくれっ面で文句を言う牧と、画面外の『牧さん可愛いんでカメラマンがしたいんです』なんて笑う男の声が撮影されている。
ここまで見てきた写真でも、なんとなくそういうことなのだ、と思ってはいたが、決定的なその動画を見ながら越野は酷くくすぐったい気持ちになった。
「牧さん、ここのホラーナイトに行ってみたいって去年から言っててさ。普段洋楽ばっかり聞いてるのに、そのダンスの曲がお気に入りなんだって」
柔らかい声でそう言って、まるで愛おしいものを見るような表情で動画を見つめる仙道に、驚くよりも先に実に腹落ちする気持ちが先走る。
先の「越野たちならばいいか」と言った仙道の言葉の意味をようやく理解して、この飄々とした男にいつの間にか信頼をされていたのだと思うと、越野は妙に誇らしい気持ちにもなった。
『仙道、Trick or Treat』
動画の中の牧がそう言って、とびきりの笑顔を浮かべてこちらを、いや仙道を見つめている。
──あぁ、これは、たぶん俺たちがやすやすと見てはいけないものだ。
越野はそう思い、そっと再生を終了した。
「まったく、とんだ悪戯だな……」
「ふふ、いつ言おうかこれでも迷ったんだぞ。──越野たちにはちゃんと言っておきたくて」
そう言って笑おうとした仙道は、僅かに口の端がひきつって上手く笑えていなかった。男同士ということも、カミングアウトすることにも、飄々とした男にも葛藤があったのだろう。
しかしあんなに楽しそうに幸せそうに笑う二人を見せられて、反対する馬鹿などどこにいよう。どの時代もいつも恋も、愛も自由なものなのだ。
「もっと牧サンとのエピソード教えてくれよ。お前だけのものにするのは狡いだろう」
越野がそう言うと、隣で福田もうんうんと頷いた。それを見た仙道は目を丸くして、破顔したあと「ふふっ、どうしよっかなぁ」と綺麗に笑って見せたのだった。
とんだ幸せなハロウィンの告白だ。
そんなことを思いながら、越野は手にしていたハロウィンのクッキーの缶を開けたのだった。
昼休み、越野宏明が弁当を持って隣のクラスの仙道彰のもとを訪れた時、ニコニコ顔の仙道が差し出したのは、某テーマパークで千円くらいする小さなクッキーが入った缶だった。
時期的にハロウィン仕様なのか、やたらとでかいカボチャやらコウモリに魔法の城が埋もれている。
──ちくしょう。こいつ、この休みに大阪くんだりまで行きやがったな
そう瞬時悟った越野は、半眼になった。
県下随一を誇る練習量を誇る陵南高校バスケ部に在籍する現キャプテンと副キャプテンである仙道と越野であるが、体育館の耐震工事だとかで、この週末はバスケ部にしては珍しく完全療養日だったのだ。
その週明けに土産なんぞ、しかもテーマパークのロゴが思いっきり印刷されているそれを手渡され、仙道が休みの間にどこへ行ってきたのかは、火を見るより明らかだった。
「菓子なんぞいらん! 悪戯をよこしやがれ!」
「え、嘘? そこはほら、普通お菓子を要求するところじゃない?」
──ふっきーはクッキーのがいいって貰ってくれたのに、と実に驚いた顔で長いまつ毛をパチパチと瞬かせる仙道に、その隣で静かにクッキー缶を開け、既に完食している陵南の切込み隊長である福田を見つけて、越野は「おい!買収されてんじゃねぇよ福田!」と叫んでいた。
「おれはその手にゃ引っかからねぇぞ。おい誰と行ってきたんだよ?親とかいう寒いギャグはいらねぇから全部吐け!」
「誰とって、そりゃあ……仲良い人?」
「なんで疑問系なんだよ。彼女か?! こんなリア充満喫してますみたいな土産寄越しやがって!」
──九月の体育祭前に、半年付き合った彼女に振られたばかりの俺に対する当て付けかと、越野が鼻息荒く叫べば、「おっとやべぇの踏んずけた?忘れてた」とぴゃっと小さくなって済まなさそうに頬をかく彼らのキャプテンに、越野の怒りは不思議と瞬時におさまった。「まぁくれるってんならもらってやるぜ」と仕方がない体を装いながら缶を受け取ると、途端嬉しそうに微笑む男にすっかり毒気を抜かれてしまった、というのもある。
もともと越野自身がそこまで根に持つタイプでもないので「たっく、うやらましい限りだよ」とぶつくさ言いながら仙道の隣で弁当箱を広げ、越野も昼食を摂り始める。
今日の越野の弁当のメインは、どデカイ唐揚げで五、六個程が乱雑に入っているのに酷く食欲をそそられた。
「越野、一個ちょうだい」
そう言って、仙道がひょいと箸を伸ばし、唐揚げを一つ強奪していった。スカウトで東京からやってきて、神奈川で一人暮らしをする同級生の昼ごはんは、大抵が学食か購買で買った有り合わせばかりで、同級生同士一年の頃から顔を突合せて弁当を食べるうち、いつの間にか越野の弁当のおかずを仙道が強請る習慣が付いてしまっていて、仙道にとられる分も見越して、越野のおかずは少し多めに詰められていた。
「仙道お前、写真は?」
「うぇ?」
「ほら彼女の写真とか、大阪一緒に行った時の写真とかはないのかよ」
胡乱げに越野が仙道を見つめると、ツンツンとハリネズミのように髪の毛を逆立てた男が、大きな唐揚げを頬ぼったまま、小難しい顔をしてうーんうーんと唸っている。
そうして「まぁ、お前らにならいいか」と、仙道は自分のスマホのロックを解除しあっさり見せてくる。越野は写真フォルダを開くと、最近に撮影した画像を確認したのだった。
同じ日に取られたのであろうテーマパークを背景に撮影したと思われる写真が何十枚も並んでいて、その中の一枚を直感で選び取る。
すると、すぐさま表示された画像には、満面の笑みで、サメに頭をかぶられるようなカチューシャを付けた仙道と、すぐ隣でふわふわした茶色いくまのカチューシャをつけた──、
「はぁああ?! な、なんで牧?!!」
他校の先輩であり、神奈川の帝王と評される神奈川県大会連続十七年優勝、全国インターハイ二位の強豪、海南大学附属高校バスケ部主将である牧紳一その人が、柔らかい笑みを浮かべて仙道と一緒に一緒に写っていた。
その姿を見て、越野は思わず叫び、興味なさげに弁当を食べていた福田も仙道のスマホを覗き込んでいる。
「越野、先輩なんだから、牧さん、な」
「いやいやいやいや、問題そこじゃねぇだろ、なんで牧と?」
「海南も学祭終わったばっかで、この三連休は片付けとかで練習休みだって、前から聞いてたからな」
そんな馬鹿なと言わんばかりにその周辺の写真を片っ端から見ていくと、どれも牧と仙道の二人で写ったものや、牧単体を撮ったものばかりが残されている。
「……お前ら仲良かったんだな」
「んー、まぁ国体でも牧さんと一緒にチーム組んだしな」
インターハイが終わって息付く間もなくすぐに招集された今年の国体合宿には、陵南からは仙道と福田が選ばれていた。九月中は、初旬に一週間の合宿や、週末は全てが国体の練習となり、陵南としての練習は越野が仕切っていた時期もあった。国体話は二人から色々聞いてはいたが、まさか牧とそこまで仲良くなっていたとは、という驚きが勝る。
仙道と牧の大阪旅行は、ターキーレッグを頬張る二人や、赤い帽子がトレードマークの土管工のキャラクターと一緒に写真を撮っている二人などもある。それにテーマパークの他にも、食道楽の大きなカニの看板があるミナミや、大阪城にも行ったらしく、あちこちで楽しそうに笑う二人が写っていた。
それに加えて何か気になることでもあったのかやけに真剣な顔でクマのぬいぐるみを見つめている牧の写真や、移動中に仙道にもたれて眠る彼の写真もあったりして、日常と非日常が入り交じっている感じがあった。
コートの中の全てを支配する迫力と、決して当たり負けしないダンプカーの如く跳ね返していく我の強いプレイスタイルを持つ帝王の名を欲しいままにする男、という印象しかなかった越野は、『あれ、牧ってこんな顔してわらうんだ』などとしげしげと思ってしまう。
海南の面子は、牧の素顔などもちろん知っているには違いない。だが、他校の後輩相手に、ここまで無防備になれるものだろうか。バスケから離れた男は、落ち着きは確かにあるが、仙道に向かって笑いかける顔には、年相応さが見え隠れしているようにも思えた。
──そうだ。こんな顔。まるで二人、付き合っている相手にしか見せないような。
何かが引っかかるような、喉に刺さった小骨が取れないような妙な心地を味わいながら、越野の思考がそこまで及んだ時、画像だと思っていたファイルのひとつが動画だったらしく、ガヤガヤと騒がしい動画が再生された。
それは、薄暗いテーマパークの中で、おどろおどしいお化けやらゾンビの衣装を身にまとったキャストが軽快な音楽と共に踊っている姿に混じって、牧が一緒にゆるくダンスしている姿動画だった。
周りも皆も、キレッキレに踊っているからか、牧自身はそんなに目立つものではない。音楽に合わせてゆらゆらと揺れたり、サビで少し両手が動く程度だ。
しかし動画の中では『おまえ、撮ってないで一緒に踊れよ』と画面を見ながら少しふくれっ面で文句を言う牧と、画面外の『牧さん可愛いんでカメラマンがしたいんです』なんて笑う男の声が撮影されている。
ここまで見てきた写真でも、なんとなくそういうことなのだ、と思ってはいたが、決定的なその動画を見ながら越野は酷くくすぐったい気持ちになった。
「牧さん、ここのホラーナイトに行ってみたいって去年から言っててさ。普段洋楽ばっかり聞いてるのに、そのダンスの曲がお気に入りなんだって」
柔らかい声でそう言って、まるで愛おしいものを見るような表情で動画を見つめる仙道に、驚くよりも先に実に腹落ちする気持ちが先走る。
先の「越野たちならばいいか」と言った仙道の言葉の意味をようやく理解して、この飄々とした男にいつの間にか信頼をされていたのだと思うと、越野は妙に誇らしい気持ちにもなった。
『仙道、Trick or Treat』
動画の中の牧がそう言って、とびきりの笑顔を浮かべてこちらを、いや仙道を見つめている。
──あぁ、これは、たぶん俺たちがやすやすと見てはいけないものだ。
越野はそう思い、そっと再生を終了した。
「まったく、とんだ悪戯だな……」
「ふふ、いつ言おうかこれでも迷ったんだぞ。──越野たちにはちゃんと言っておきたくて」
そう言って笑おうとした仙道は、僅かに口の端がひきつって上手く笑えていなかった。男同士ということも、カミングアウトすることにも、飄々とした男にも葛藤があったのだろう。
しかしあんなに楽しそうに幸せそうに笑う二人を見せられて、反対する馬鹿などどこにいよう。どの時代もいつも恋も、愛も自由なものなのだ。
「もっと牧サンとのエピソード教えてくれよ。お前だけのものにするのは狡いだろう」
越野がそう言うと、隣で福田もうんうんと頷いた。それを見た仙道は目を丸くして、破顔したあと「ふふっ、どうしよっかなぁ」と綺麗に笑って見せたのだった。
とんだ幸せなハロウィンの告白だ。
そんなことを思いながら、越野は手にしていたハロウィンのクッキーの缶を開けたのだった。
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