仙牧 新⬆旧⬇
「おい、お前のポマード借りるぞっ」
「どうぞっ! ……って紳一さん、ボタン! ボタンかけ間違ってるから! あと……すみません痕見えちゃってます!」
「……お前なぁ。お前が見えないところだっつうからっ!」
「いやぁ、やりすぎちゃ……嘘です! 腹パンはやめて! 会場で誰かにコンシーラー借りますからっ、上から塗れば隠れるから!」
にへらと、仙道が心底困り顔で誠心誠意謝って降参するように両手を上げると、牧がいささかムッとし顔で握った拳を渋々下ろした。
「おい、あと十五分だぞ」
「分かってますって」
そう言いながらも仙道は、部屋の大きな姿見の前で髪型を整えている牧を盗み見ることに余念がなかった。
シャワーを浴びたばかりの濡髪が、高く昇った太陽に艶めいていて目に毒なのはもちろんのこと、その普段の姿とあまりに違う牧に魅入られていたからだった。
新しく取り出した予備の真っ白なシャツに皺を入れないため、がっしりと筋肉の付いた太腿に回った黒のシャツガーターと、脹脛のソックスガーターの威力は、仙道の想像の軽く百倍は上をいった。
特大急の誕生日プレゼントは昨日(と先程も)もらったが、それにオマケするようにさらに鼻血を吹きそうなとびきりのプレゼントなのだと思ってしまうほどに。
ぐるりと肌に回る実用性を兼ねたガーター用のベルトが、むっちりと鍛えられた筋肉に僅かにくい込んでいている様は、もしかして自分にはSMの気質があるのかといらん扉を開けてしまいそうで、舐めるように見つめることをやめられない。
礼服に合わせて、中身からきっちりと装いを取り繕った伴侶の姿に感嘆のため息が止まらなかった。
出来ることなら牧のこの特別な着替え風景をバッチリ盗さt……いや撮影させてもらっていつでも見返せれるようにしたかったが、朝から大層大盤振る舞いに牧を貪って時間ギリギリの今、そんな申出をすれば腹パンどころじゃない本物のメガトン級のパンチが飛んでくるだろう。
(次、紳一さんの誕生日にドレスコードのあるお店に誘って、その時着替える様子を撮影させて貰おうかな‥‥‥)
自分に酷く都合の良いそんな想像に取り憑かれながら、鏡も見ずに作業していたせいか、仙道のネクタイは曲がりくねり、大剣の下から小剣が飛び出ている有様だった。修正しようにもどうにも上手くいかない。
「お前な……」
コームで前髪を立ち上げて撫でつけて、オールバックにして綺麗なポンパドールを手際よく仕上げた牧は、仙道が内心涎を垂らして悦んでいる姿のまま──つまりシャツと下着だけを身に付け各種ガーターが両脚に絡んだまま──、仙道の目の前まで呆れた顔してやってきた。
あとは、ズボンとジャケットを羽織れば終わりであるその着替え姿は、自分が牧に心底惚れているという色眼鏡をなしにしても、下手なAVなどより余程クるものがあった。
自分のように不埒なことを考える連中に、今の牧の姿は絶対に見られたくないという独占欲からこの人にはもっと注意を促さなければという使命感と共に、今の自分はどこぞのエロオッヤジのように脂下がった笑みが浮かんでいないか心配になるほどった。
「あはは……やっぱりネクタイ難しくて」
「ちったぁ練習しろよ」
そんな言いながら牧は仙道に近寄ると、だらしない結び目すぐに解くと、しゅるしゅると小気味よい音を立てて締め直してくれる。結び目が重なっているように見えるクロスノットは式典向きの結び方で、小洒落ていて傍目にも華やかさがあった。
仙道は牧のつむじを見下し気まぐれな施しを受けながら、シャツの襟から付けたばかりの真新しい所有の痕を見つけてしまい、朝に収めたはずのムラムラとした懊悩が再び頭を擡げ、綺麗に結ばれたネクタイを解きたくなる衝動を抑えるのに苦労を擁した。
「ほら、男前だ」
仕上げに、とネクタイに通してくれたシルバーのネクタイリングは、小さなダイヤがいくつか付いた一目で高価なものだと分かるような代物で、昨日もらったプレゼントの中には無かった物だった。
「紳一さん、これ……」
「誕生日祝いは昨日やったが、こいつは忘れてたんだよ」
──俺も同じ物をつけるからな。
そう抑揚に笑った牧は、もう一つ同じネクタイリングを取り出して勝手に自分のネクタイに通して付けてしまおうとするので、仙道はそれを慌てて押し留める。
「待って紳一さん、オレに付けさせて」
「ん? そうか?」
牧から手渡されたリングをゆっくりとネクタイに通す。
室内の照明にキラキラと反射する二組のリングを見ながら、牧が満足気に笑う。
「今日は美人な招待客も多いだろうからな。これ付けときゃ俺のだって見失わないだろ」
ふふん、とどこか得意げに宣う彼に、仙道は眩暈を起こしそうだった。
まさかこの状況で牧の真綿で包まれるような柔らかく、しかし激しい独占欲を目の当たりにできるとは思っておらず、仙道は喜びのあまり目の前の身体に抱きついたのだった。
*****
兵庫県にある神戸という町は、瀬戸内海に面した港湾都市だ。
六甲山を望む県の中部に位置するそこは、一年を通して温暖で気候が安定している。
湘南の海のような白波が立つことの穏やかな海を内包するそこは、古くより交易と商業が盛んで、様々な文化交流が生まれてきた。
立春を迎えたそこは、今、麗らかな春の温かさに包まれていた。
海の見える美しい白い教会は、ヨーロッパの建築様式であるルネサンス様式を取り入れていると語っていたのは新婦側の親族だったか。
仙道はウェルカムシャンパンを片手に、関西特有の早口な喋りで周りを引き込む話術に聞き入っていた。
「あの子が関東の大学に行く言うた時は、ほんまどないなるんや思てたけど、あんな男っ前捕まえてきて!」
そう言い切って思わず涙が浮かんでいる新婦の叔父は、目頭にハンカチを当てて拭っていた。隣に座る妻らしき女性に「もうあんたええ加減にしいや! ほんまに飲みすぎやで」とバシバシ肩を叩かれながら声をかけられている。
式典前の和やかな空気のそこからは、中庭に蕾を付けたばかりの梅の木が見えた。
そうっと膨らんだ花はもうすぐ咲きそうで、関東よりも開花はだいぶ早いのだなと思っていると、牧に「行くぞ」と軽く声をかけられグラスを置いた。
サン・ピエトロ大聖堂を思わせる蒼いドーム型の屋根が特徴的な教会は、風雨に打たれて独特の味を醸し出していて、見る者を圧倒する荘厳な威厳に満ちている。
海の女神を祀った青いステンドグラスから教会の中に眩いばかりの光が反射して、深紅のヴァージンロードを海の色で染めているのが、目に新しかった。
「汝、病める時も健やかなる時もこの者と共に生き、共に支え、いかなる困難にも立ち向かいますか」
「……はい」
厳かな空間に、新郎の張りのある返事が響き渡った。
伝統に乗っ取って宣誓の間は、式を挙げた者も、そうして式に参列した者も、皆俯き目を瞑らなければならないそうだ。
だがしかし、そのルールが分かっていながらも仙道は少しズルをして横目でチラと前方を伺って、そうして自分の隣に座する愛しいその人を垣間見た。
普段は決してそらされること無く真っ直ぐに前を見つめる薄い琥珀色した瞳は、今は他の参列者同様存外に長いまつ毛の下に隠されてしまっている。
潮焼けしたヘーゼル色の髪は、きっちりとポマードで固められ、式典用にポンパドール風にして毛先に流すようにしてセットされていた。一部の隙もない他者を圧倒する王者としての風格は、歳を重ねてすっかりと牧の一部になっている。
(それにしても、キスマーク隠れて良かった)
出かける直前まで揉めていた情事の痕については、式の受付をしていた元湘北の鬼キャプに頼み込み、今は宮城彩子となった顔見知りの元マネージャーにコンシーラーを貸してもらってなんとか事なきを得ていた。──まぁコンシーラーが牧の肌の色とは合わず意外と白浮きしてしまっているのは、もはや仕方がないのである。
自分たちが常に身につけているユニフォームやジャージ姿とは違い、今年新調したばかりのチャコールグレーのダブルの三つ揃えが、体格の良いいかにもスポーツマン然とした体型の牧に、本当によく似合っていた。かつて牧が呼ばれていた『帝王』という渾名に説得力を与えているようにも思う。
スっと通った大きな鼻、キュッと引き締まった顎周りに、日に焼けた健康的な肌さえも、どこもかしも隣に座る伴侶──牧紳一を形成する要素として何一つ外すことは出来ないだろう。
それらがバランスよく配置された顔はもちろん好きだが、この年上の男を語る上でなにより大事なのは、その人となりだった。
強く、優しく、そうして賢く、を地で行く牧は懐に抱え込んだ人間に対してはいっそ健気と言うほどの無償の愛を注いでくれる。
──本当に、ため息が出るほどこの人は美しいんだよな。
仙道はそう感嘆せずにはいられなかった。
いつもと違うシチュエーションだからこその感情なのかもしれないが、それならそれで構わないといっそ開き直ってしまう。
牧の与えてくれる感情を一番に享受して、もう十五年近くも牧の隣に居座り続けているのであろう自負も自覚もあるというのに、──未だに牧の心を求め続けるのはもっともっと深く自分だけを見て欲しいなどという、浅ましくも深い独占欲に他ならない。
折しもそれが叶ってしまったことで、仙道はさらにひどく牧を求めてしまう。
──あぁ、もしも。もしも神がいるというならば、どうかお願いします。
奇跡のようなこの人と、この先も、ずっと共に歩んでいきたいんです。
仙道のいやに重たい思考は、しかし恐らくずっと年下の男の熱の篭った視線に気がついていたのであろう牧が、片目をパチリと開けてこちらを見つめ返してきたことにより中断される。
色素の薄いアンバーに真っ直ぐにこちらを射抜かれて、暫し見つめ合う。顔に熱が集まってくるのを感じてしまう。
『まったくお前は』
僅かに牧の口元が、そう動いた。
次いでぎゅっと隣り合った指先握り込まれ、ピャッと上がりそうになった情けない声を咬み殺すことに苦心する。
恐る恐る指を絡めるようにして牧の節くれた太い指を握り返すと、してやったりというように、ふふ、と牧が小さく笑いを漏らす気配がした。
──汝、病める時も健やかなる時もこの者と共に生き、共に支え、いかなる困難にも立ち向かいますか。
まだ厳かなる宣誓の儀式は続いている。
神父が今度は新婦に向かって同じ質問を投げた。
牧からしてみれば、新郎と新婦を祝福するための空間で、気もそぞろになった仙道を諌めるために手を握ったにすぎなかったに違いない。
しかし今仙道は、その厳かなる宣誓の問いかけが、まさに自分達に投げかけられているような気持ちになっていた。
お揃いで付けたネクタイリングが、首元で輝いているのを感じながら、牧の手をその宣誓を問われることは、まるで自分に向けられた言葉のように錯覚してしまいそうだった。
美しいアンバーの瞳が再び瞼の奥に隠されたのを見て、仙道も牧と手を繋いだままようやく目を瞑る。神父の問いに、心の中でひっそりと答えを返す。
──誓います。だから、嗚呼神様お願いです。
どうかこの人と生きていくことを許して欲しい──。
そんなことを見も知らぬ神に祈りながら、仙道は牧の指先を握った右手に力を込めて、再び静かに目を閉じたのだった。
*****
仙道と同じ大学でプレーした同級生の結婚式だった。
関西出身の同級生の彼は、上には上手く取り入って、しかし下に何かを強制するようなことはない気のいい奴で、陵南にいた一学年下の関西出身の男を彷彿とさせた。
彼とは、同じ学部だったこともありバスケにかまけて授業をサボりがちな仙道に何くれと世話を焼いてくれ、バスケットでもその広い視野を活かしてPGとしてレギュラー入りし、仙道と並びチームの要として皆から好かれていた。
その彼に、うっかり恋人が牧なのだと露見した時にも「でっかい身体縮こまられて何言うてくるんか思ったらそんなことかいな。ええやん。牧さんバスケめちゃくちゃ上手いし、お前とこれ以上ないお似合いのカップルやん」と即座に肯定してくれた貴重な人だった。
カレッジ一部リーグで初めて牧のいる大学と対戦し、その後の親睦会で、牧や牧と同じ大学に入った宮城などを含めた飲み会をした縁で、彼らとは牧を含めて細く長く縁が続いており、大学でバスケをやめて地元に帰った就職した彼から、中学の時から続いていた彼女と結婚することになったと連絡を受け、祝いの席には是非牧と来て欲しいと請われたのだ。
折しも本業の方がちょうどアジアカップのバイウィークに入った期間とも重なり、短い休暇を利用して牧と共に参列することとなったのだった。
生ぬるい夜風が、酒に酔って火照った体には心地が良かった。
本日の主役だった同級生の彼は、今は生まれ故郷で街のNPOに積極的に参加したり、プロバスケの運営に関わったりと、今でも何くれとバスケのために貢献しているようで、厳かな式の後は、親族や仕事の関係者それにかつて交流のあった大人数の友に囲まれどんちゃん騒ぎの宴が開かれた。
バイオリンとピアノのご陽気な音楽が鳴り響き、所狭しと地元の海鮮を中心に名物が並ぶ圧巻の料理を楽しむ。
一緒に参列した牧のもとにも色んな人物が訪れては話に花を咲かせており、そんな伴侶をどこか得意気に見守りながら、香り高いワインに舌鼓をうち、存分に酔いしれた。
祝いの言葉を存分に送り合って、互いの背を叩き合い、『またコートの上で』などと碌でもない挨拶を交わしながら会場をあとにする。
宮城夫妻と桜木と流川、それに今関西のチームでプレイしている森重と諸星の元愛知勢というよく分からない酔っ払いご一行に加わって、各々のホテルまでの道すがら、ふらりと立ち寄ったのが、場末のバッティングセンターだった。
中華街からのいい匂いと、ネオンの派手派手しい装飾が、共に居た森重と流川を飲み込んでしまったのか二名ほど行方知れずになっているが、それ以外は古めかしいネットの張られたバッティングセンターにひとり、またひとりと吸い込まれて行く。
「じいも仙道も行くぞー! ホームラン出したヤツが次結婚できるんだぜ!」
「バッティングセンターなんて何年ぶりかしら。もちろんホームラン狙いで行くんでしょ、リョータ?」
「また彩ちゃんと結婚できるのなら俺頑張るよ♡」
「諸星お前バッティングとかできんのか?」
「牧、お前って時々すんげぇ失礼だよな‥‥‥できるに決まってんだろうが」
そんなことを口々に言いながら、すでに宮城はバッターボックスに入っていて、小気味よい快音をかせ、バッターボックスの後ろで桜木と諸星は野次を飛ばしている。
その一行の一番後ろで、何やら考え込んでいる牧に、仙道は声をかけた。
「牧さんはやらない?」
「いややる」
「じゃあどうかした?」
「いや‥‥‥今になって酔いが冷めてきたというか、無性にこれが恥ずかしくなってきてな……」
これ、と牧が仙道に向かって差し出したのは、大きなブーケの入った紙袋だった。
海の色をした教会での式の後、次の花嫁を決めると言われるブーケトスで、よりにもよってブーケを受け取ったのは数多いる女性ではなく──牧だったのだ。
新婦が後ろを向いて放ったブーケは、風に乗って綺麗に放物線を描き、まるで導かれるかの如くブーケトスに参加していなかった牧のもとにポトリと落ちたのだった。
そのあまりにもおあつらえ向けの状況に、周囲にいた人々に多大なる祝福を受けながら、ブーケはそのまま彼の物になったのだ。
参加者からは笑いを誘ったのだが、真面目な牧は今になって罪悪感に見舞われているらしい。
「え、嫌だった?」
「いや……ではない。むしろ」
──お前との、この関係を祝福されているような気もした。
そういう牧の頬は、夜目にも分かるくらいに上気していた。しかし彼が発する言葉は自分達に現実を突きつける。
牧と生涯を共にするには、まだ自治体ごとのパートナーシップという心もとない制度しか受けられない確かな壁がある。
どれだけ同じ物を身につけようと、身体も心も共にあるという誓いをしようとも、どれだけ周りの理解を得て共に生活しようとも、大病をすれば手術一つ受けさせられる同意をすることすら叶わないのだ。
けれど今日は、牧と仙道がカップルだと知っている人間ばかりだったため、気兼ねなく楽しめた。彼らのことも知らなかった新婦側のご両親などからも「お似合いね」などと言われて有頂天になっていたのかもしれない。
「次は俺とお前の番だって何人にも言われて、──嬉しかったんだ」
そうはにかむ牧を前にして、仙道は浮かれた気分はまるで吹き飛び、ぴたりと地に足が着いた心地になる。
──それでも、例え万人から受け入れられることはないとしても、もう牧を離してやることなどできはしない。
仙道は、牧のその言葉を聞いて、すぐに踵を返した。
そうしてちょうど宮城がバッティングし終わって、次は俺だと嬉々としてバッターボックスに入ろうとする桜木に「次はオレに代わってくれ」と声をかける。
「お? 別にいいが天才桜木は待つことを覚えたからな」
「やっと一人前になったって事よね」
「彩子さんヒドイですよ!」
ムキになる元湘北の最凶の男を差し置いて、宮城からバットを受け取った。
そうして仙道は、三つ揃えの上着を脱いで、カフスを外して腕まくりまでしてしまう。
その様子を口をポカリと開けて見ている牧の顔が目に入り、なぜだか得意な気持ちになった。
「お、なんか分かんねぇが、仙道がやる気じゃねぇか!」
「やってやれ! 仙道!」
「ぶちかましてやんなさいよ!」
やんややんやの歓声や罵声が飛び交って、今日一番の盛り上がりを見せている。
左のバッターボックスに入った仙道は、ひたりと牧を見据え、大きく息を吸い込み、そして、「もし新記録なら──半年後は俺たちです」と、片手を上げて宣言した。
──これは宣戦布告なのだ、自分にとっても、この人にとっても。
仙道の宣言に、一瞬の静寂が僅かに場を支配した。
呆気にとられた牧が、しかし次の瞬間には口元をさも可笑し気に吊り上げて「死ぬ気でやれよ」と笑い声を漏らす。
それが仙道の結婚宣言だと牧を含めた周りが気がついた瞬間「くっそカッコつけてんじゃねぇ‼」「キザすぎるだろ馬鹿野郎が!」「牧を未亡人にするんじゃねぇぞ」「必ずやり遂げろ!」という野太い大歓声に包まれる。
普段大きなボールを追いかけているからか、小さな野球ボールを捉えるのはなかなか骨が折れる。
必死にバットを振るのに当たらないなんて事態は避けねえと。
「さ、いこーか」
勝負は五球。
そこで全ての勝負が決まる。
さも愛おしげに、自分を見守る視線を感じながら、仙道は春の満点の星空に向かっては渾身の一撃を放ったのだった。
日曜日のよる
「どうぞっ! ……って紳一さん、ボタン! ボタンかけ間違ってるから! あと……すみません痕見えちゃってます!」
「……お前なぁ。お前が見えないところだっつうからっ!」
「いやぁ、やりすぎちゃ……嘘です! 腹パンはやめて! 会場で誰かにコンシーラー借りますからっ、上から塗れば隠れるから!」
にへらと、仙道が心底困り顔で誠心誠意謝って降参するように両手を上げると、牧がいささかムッとし顔で握った拳を渋々下ろした。
「おい、あと十五分だぞ」
「分かってますって」
そう言いながらも仙道は、部屋の大きな姿見の前で髪型を整えている牧を盗み見ることに余念がなかった。
シャワーを浴びたばかりの濡髪が、高く昇った太陽に艶めいていて目に毒なのはもちろんのこと、その普段の姿とあまりに違う牧に魅入られていたからだった。
新しく取り出した予備の真っ白なシャツに皺を入れないため、がっしりと筋肉の付いた太腿に回った黒のシャツガーターと、脹脛のソックスガーターの威力は、仙道の想像の軽く百倍は上をいった。
特大急の誕生日プレゼントは昨日(と先程も)もらったが、それにオマケするようにさらに鼻血を吹きそうなとびきりのプレゼントなのだと思ってしまうほどに。
ぐるりと肌に回る実用性を兼ねたガーター用のベルトが、むっちりと鍛えられた筋肉に僅かにくい込んでいている様は、もしかして自分にはSMの気質があるのかといらん扉を開けてしまいそうで、舐めるように見つめることをやめられない。
礼服に合わせて、中身からきっちりと装いを取り繕った伴侶の姿に感嘆のため息が止まらなかった。
出来ることなら牧のこの特別な着替え風景をバッチリ盗さt……いや撮影させてもらっていつでも見返せれるようにしたかったが、朝から大層大盤振る舞いに牧を貪って時間ギリギリの今、そんな申出をすれば腹パンどころじゃない本物のメガトン級のパンチが飛んでくるだろう。
(次、紳一さんの誕生日にドレスコードのあるお店に誘って、その時着替える様子を撮影させて貰おうかな‥‥‥)
自分に酷く都合の良いそんな想像に取り憑かれながら、鏡も見ずに作業していたせいか、仙道のネクタイは曲がりくねり、大剣の下から小剣が飛び出ている有様だった。修正しようにもどうにも上手くいかない。
「お前な……」
コームで前髪を立ち上げて撫でつけて、オールバックにして綺麗なポンパドールを手際よく仕上げた牧は、仙道が内心涎を垂らして悦んでいる姿のまま──つまりシャツと下着だけを身に付け各種ガーターが両脚に絡んだまま──、仙道の目の前まで呆れた顔してやってきた。
あとは、ズボンとジャケットを羽織れば終わりであるその着替え姿は、自分が牧に心底惚れているという色眼鏡をなしにしても、下手なAVなどより余程クるものがあった。
自分のように不埒なことを考える連中に、今の牧の姿は絶対に見られたくないという独占欲からこの人にはもっと注意を促さなければという使命感と共に、今の自分はどこぞのエロオッヤジのように脂下がった笑みが浮かんでいないか心配になるほどった。
「あはは……やっぱりネクタイ難しくて」
「ちったぁ練習しろよ」
そんな言いながら牧は仙道に近寄ると、だらしない結び目すぐに解くと、しゅるしゅると小気味よい音を立てて締め直してくれる。結び目が重なっているように見えるクロスノットは式典向きの結び方で、小洒落ていて傍目にも華やかさがあった。
仙道は牧のつむじを見下し気まぐれな施しを受けながら、シャツの襟から付けたばかりの真新しい所有の痕を見つけてしまい、朝に収めたはずのムラムラとした懊悩が再び頭を擡げ、綺麗に結ばれたネクタイを解きたくなる衝動を抑えるのに苦労を擁した。
「ほら、男前だ」
仕上げに、とネクタイに通してくれたシルバーのネクタイリングは、小さなダイヤがいくつか付いた一目で高価なものだと分かるような代物で、昨日もらったプレゼントの中には無かった物だった。
「紳一さん、これ……」
「誕生日祝いは昨日やったが、こいつは忘れてたんだよ」
──俺も同じ物をつけるからな。
そう抑揚に笑った牧は、もう一つ同じネクタイリングを取り出して勝手に自分のネクタイに通して付けてしまおうとするので、仙道はそれを慌てて押し留める。
「待って紳一さん、オレに付けさせて」
「ん? そうか?」
牧から手渡されたリングをゆっくりとネクタイに通す。
室内の照明にキラキラと反射する二組のリングを見ながら、牧が満足気に笑う。
「今日は美人な招待客も多いだろうからな。これ付けときゃ俺のだって見失わないだろ」
ふふん、とどこか得意げに宣う彼に、仙道は眩暈を起こしそうだった。
まさかこの状況で牧の真綿で包まれるような柔らかく、しかし激しい独占欲を目の当たりにできるとは思っておらず、仙道は喜びのあまり目の前の身体に抱きついたのだった。
*****
兵庫県にある神戸という町は、瀬戸内海に面した港湾都市だ。
六甲山を望む県の中部に位置するそこは、一年を通して温暖で気候が安定している。
湘南の海のような白波が立つことの穏やかな海を内包するそこは、古くより交易と商業が盛んで、様々な文化交流が生まれてきた。
立春を迎えたそこは、今、麗らかな春の温かさに包まれていた。
海の見える美しい白い教会は、ヨーロッパの建築様式であるルネサンス様式を取り入れていると語っていたのは新婦側の親族だったか。
仙道はウェルカムシャンパンを片手に、関西特有の早口な喋りで周りを引き込む話術に聞き入っていた。
「あの子が関東の大学に行く言うた時は、ほんまどないなるんや思てたけど、あんな男っ前捕まえてきて!」
そう言い切って思わず涙が浮かんでいる新婦の叔父は、目頭にハンカチを当てて拭っていた。隣に座る妻らしき女性に「もうあんたええ加減にしいや! ほんまに飲みすぎやで」とバシバシ肩を叩かれながら声をかけられている。
式典前の和やかな空気のそこからは、中庭に蕾を付けたばかりの梅の木が見えた。
そうっと膨らんだ花はもうすぐ咲きそうで、関東よりも開花はだいぶ早いのだなと思っていると、牧に「行くぞ」と軽く声をかけられグラスを置いた。
サン・ピエトロ大聖堂を思わせる蒼いドーム型の屋根が特徴的な教会は、風雨に打たれて独特の味を醸し出していて、見る者を圧倒する荘厳な威厳に満ちている。
海の女神を祀った青いステンドグラスから教会の中に眩いばかりの光が反射して、深紅のヴァージンロードを海の色で染めているのが、目に新しかった。
「汝、病める時も健やかなる時もこの者と共に生き、共に支え、いかなる困難にも立ち向かいますか」
「……はい」
厳かな空間に、新郎の張りのある返事が響き渡った。
伝統に乗っ取って宣誓の間は、式を挙げた者も、そうして式に参列した者も、皆俯き目を瞑らなければならないそうだ。
だがしかし、そのルールが分かっていながらも仙道は少しズルをして横目でチラと前方を伺って、そうして自分の隣に座する愛しいその人を垣間見た。
普段は決してそらされること無く真っ直ぐに前を見つめる薄い琥珀色した瞳は、今は他の参列者同様存外に長いまつ毛の下に隠されてしまっている。
潮焼けしたヘーゼル色の髪は、きっちりとポマードで固められ、式典用にポンパドール風にして毛先に流すようにしてセットされていた。一部の隙もない他者を圧倒する王者としての風格は、歳を重ねてすっかりと牧の一部になっている。
(それにしても、キスマーク隠れて良かった)
出かける直前まで揉めていた情事の痕については、式の受付をしていた元湘北の鬼キャプに頼み込み、今は宮城彩子となった顔見知りの元マネージャーにコンシーラーを貸してもらってなんとか事なきを得ていた。──まぁコンシーラーが牧の肌の色とは合わず意外と白浮きしてしまっているのは、もはや仕方がないのである。
自分たちが常に身につけているユニフォームやジャージ姿とは違い、今年新調したばかりのチャコールグレーのダブルの三つ揃えが、体格の良いいかにもスポーツマン然とした体型の牧に、本当によく似合っていた。かつて牧が呼ばれていた『帝王』という渾名に説得力を与えているようにも思う。
スっと通った大きな鼻、キュッと引き締まった顎周りに、日に焼けた健康的な肌さえも、どこもかしも隣に座る伴侶──牧紳一を形成する要素として何一つ外すことは出来ないだろう。
それらがバランスよく配置された顔はもちろん好きだが、この年上の男を語る上でなにより大事なのは、その人となりだった。
強く、優しく、そうして賢く、を地で行く牧は懐に抱え込んだ人間に対してはいっそ健気と言うほどの無償の愛を注いでくれる。
──本当に、ため息が出るほどこの人は美しいんだよな。
仙道はそう感嘆せずにはいられなかった。
いつもと違うシチュエーションだからこその感情なのかもしれないが、それならそれで構わないといっそ開き直ってしまう。
牧の与えてくれる感情を一番に享受して、もう十五年近くも牧の隣に居座り続けているのであろう自負も自覚もあるというのに、──未だに牧の心を求め続けるのはもっともっと深く自分だけを見て欲しいなどという、浅ましくも深い独占欲に他ならない。
折しもそれが叶ってしまったことで、仙道はさらにひどく牧を求めてしまう。
──あぁ、もしも。もしも神がいるというならば、どうかお願いします。
奇跡のようなこの人と、この先も、ずっと共に歩んでいきたいんです。
仙道のいやに重たい思考は、しかし恐らくずっと年下の男の熱の篭った視線に気がついていたのであろう牧が、片目をパチリと開けてこちらを見つめ返してきたことにより中断される。
色素の薄いアンバーに真っ直ぐにこちらを射抜かれて、暫し見つめ合う。顔に熱が集まってくるのを感じてしまう。
『まったくお前は』
僅かに牧の口元が、そう動いた。
次いでぎゅっと隣り合った指先握り込まれ、ピャッと上がりそうになった情けない声を咬み殺すことに苦心する。
恐る恐る指を絡めるようにして牧の節くれた太い指を握り返すと、してやったりというように、ふふ、と牧が小さく笑いを漏らす気配がした。
──汝、病める時も健やかなる時もこの者と共に生き、共に支え、いかなる困難にも立ち向かいますか。
まだ厳かなる宣誓の儀式は続いている。
神父が今度は新婦に向かって同じ質問を投げた。
牧からしてみれば、新郎と新婦を祝福するための空間で、気もそぞろになった仙道を諌めるために手を握ったにすぎなかったに違いない。
しかし今仙道は、その厳かなる宣誓の問いかけが、まさに自分達に投げかけられているような気持ちになっていた。
お揃いで付けたネクタイリングが、首元で輝いているのを感じながら、牧の手をその宣誓を問われることは、まるで自分に向けられた言葉のように錯覚してしまいそうだった。
美しいアンバーの瞳が再び瞼の奥に隠されたのを見て、仙道も牧と手を繋いだままようやく目を瞑る。神父の問いに、心の中でひっそりと答えを返す。
──誓います。だから、嗚呼神様お願いです。
どうかこの人と生きていくことを許して欲しい──。
そんなことを見も知らぬ神に祈りながら、仙道は牧の指先を握った右手に力を込めて、再び静かに目を閉じたのだった。
*****
仙道と同じ大学でプレーした同級生の結婚式だった。
関西出身の同級生の彼は、上には上手く取り入って、しかし下に何かを強制するようなことはない気のいい奴で、陵南にいた一学年下の関西出身の男を彷彿とさせた。
彼とは、同じ学部だったこともありバスケにかまけて授業をサボりがちな仙道に何くれと世話を焼いてくれ、バスケットでもその広い視野を活かしてPGとしてレギュラー入りし、仙道と並びチームの要として皆から好かれていた。
その彼に、うっかり恋人が牧なのだと露見した時にも「でっかい身体縮こまられて何言うてくるんか思ったらそんなことかいな。ええやん。牧さんバスケめちゃくちゃ上手いし、お前とこれ以上ないお似合いのカップルやん」と即座に肯定してくれた貴重な人だった。
カレッジ一部リーグで初めて牧のいる大学と対戦し、その後の親睦会で、牧や牧と同じ大学に入った宮城などを含めた飲み会をした縁で、彼らとは牧を含めて細く長く縁が続いており、大学でバスケをやめて地元に帰った就職した彼から、中学の時から続いていた彼女と結婚することになったと連絡を受け、祝いの席には是非牧と来て欲しいと請われたのだ。
折しも本業の方がちょうどアジアカップのバイウィークに入った期間とも重なり、短い休暇を利用して牧と共に参列することとなったのだった。
生ぬるい夜風が、酒に酔って火照った体には心地が良かった。
本日の主役だった同級生の彼は、今は生まれ故郷で街のNPOに積極的に参加したり、プロバスケの運営に関わったりと、今でも何くれとバスケのために貢献しているようで、厳かな式の後は、親族や仕事の関係者それにかつて交流のあった大人数の友に囲まれどんちゃん騒ぎの宴が開かれた。
バイオリンとピアノのご陽気な音楽が鳴り響き、所狭しと地元の海鮮を中心に名物が並ぶ圧巻の料理を楽しむ。
一緒に参列した牧のもとにも色んな人物が訪れては話に花を咲かせており、そんな伴侶をどこか得意気に見守りながら、香り高いワインに舌鼓をうち、存分に酔いしれた。
祝いの言葉を存分に送り合って、互いの背を叩き合い、『またコートの上で』などと碌でもない挨拶を交わしながら会場をあとにする。
宮城夫妻と桜木と流川、それに今関西のチームでプレイしている森重と諸星の元愛知勢というよく分からない酔っ払いご一行に加わって、各々のホテルまでの道すがら、ふらりと立ち寄ったのが、場末のバッティングセンターだった。
中華街からのいい匂いと、ネオンの派手派手しい装飾が、共に居た森重と流川を飲み込んでしまったのか二名ほど行方知れずになっているが、それ以外は古めかしいネットの張られたバッティングセンターにひとり、またひとりと吸い込まれて行く。
「じいも仙道も行くぞー! ホームラン出したヤツが次結婚できるんだぜ!」
「バッティングセンターなんて何年ぶりかしら。もちろんホームラン狙いで行くんでしょ、リョータ?」
「また彩ちゃんと結婚できるのなら俺頑張るよ♡」
「諸星お前バッティングとかできんのか?」
「牧、お前って時々すんげぇ失礼だよな‥‥‥できるに決まってんだろうが」
そんなことを口々に言いながら、すでに宮城はバッターボックスに入っていて、小気味よい快音をかせ、バッターボックスの後ろで桜木と諸星は野次を飛ばしている。
その一行の一番後ろで、何やら考え込んでいる牧に、仙道は声をかけた。
「牧さんはやらない?」
「いややる」
「じゃあどうかした?」
「いや‥‥‥今になって酔いが冷めてきたというか、無性にこれが恥ずかしくなってきてな……」
これ、と牧が仙道に向かって差し出したのは、大きなブーケの入った紙袋だった。
海の色をした教会での式の後、次の花嫁を決めると言われるブーケトスで、よりにもよってブーケを受け取ったのは数多いる女性ではなく──牧だったのだ。
新婦が後ろを向いて放ったブーケは、風に乗って綺麗に放物線を描き、まるで導かれるかの如くブーケトスに参加していなかった牧のもとにポトリと落ちたのだった。
そのあまりにもおあつらえ向けの状況に、周囲にいた人々に多大なる祝福を受けながら、ブーケはそのまま彼の物になったのだ。
参加者からは笑いを誘ったのだが、真面目な牧は今になって罪悪感に見舞われているらしい。
「え、嫌だった?」
「いや……ではない。むしろ」
──お前との、この関係を祝福されているような気もした。
そういう牧の頬は、夜目にも分かるくらいに上気していた。しかし彼が発する言葉は自分達に現実を突きつける。
牧と生涯を共にするには、まだ自治体ごとのパートナーシップという心もとない制度しか受けられない確かな壁がある。
どれだけ同じ物を身につけようと、身体も心も共にあるという誓いをしようとも、どれだけ周りの理解を得て共に生活しようとも、大病をすれば手術一つ受けさせられる同意をすることすら叶わないのだ。
けれど今日は、牧と仙道がカップルだと知っている人間ばかりだったため、気兼ねなく楽しめた。彼らのことも知らなかった新婦側のご両親などからも「お似合いね」などと言われて有頂天になっていたのかもしれない。
「次は俺とお前の番だって何人にも言われて、──嬉しかったんだ」
そうはにかむ牧を前にして、仙道は浮かれた気分はまるで吹き飛び、ぴたりと地に足が着いた心地になる。
──それでも、例え万人から受け入れられることはないとしても、もう牧を離してやることなどできはしない。
仙道は、牧のその言葉を聞いて、すぐに踵を返した。
そうしてちょうど宮城がバッティングし終わって、次は俺だと嬉々としてバッターボックスに入ろうとする桜木に「次はオレに代わってくれ」と声をかける。
「お? 別にいいが天才桜木は待つことを覚えたからな」
「やっと一人前になったって事よね」
「彩子さんヒドイですよ!」
ムキになる元湘北の最凶の男を差し置いて、宮城からバットを受け取った。
そうして仙道は、三つ揃えの上着を脱いで、カフスを外して腕まくりまでしてしまう。
その様子を口をポカリと開けて見ている牧の顔が目に入り、なぜだか得意な気持ちになった。
「お、なんか分かんねぇが、仙道がやる気じゃねぇか!」
「やってやれ! 仙道!」
「ぶちかましてやんなさいよ!」
やんややんやの歓声や罵声が飛び交って、今日一番の盛り上がりを見せている。
左のバッターボックスに入った仙道は、ひたりと牧を見据え、大きく息を吸い込み、そして、「もし新記録なら──半年後は俺たちです」と、片手を上げて宣言した。
──これは宣戦布告なのだ、自分にとっても、この人にとっても。
仙道の宣言に、一瞬の静寂が僅かに場を支配した。
呆気にとられた牧が、しかし次の瞬間には口元をさも可笑し気に吊り上げて「死ぬ気でやれよ」と笑い声を漏らす。
それが仙道の結婚宣言だと牧を含めた周りが気がついた瞬間「くっそカッコつけてんじゃねぇ‼」「キザすぎるだろ馬鹿野郎が!」「牧を未亡人にするんじゃねぇぞ」「必ずやり遂げろ!」という野太い大歓声に包まれる。
普段大きなボールを追いかけているからか、小さな野球ボールを捉えるのはなかなか骨が折れる。
必死にバットを振るのに当たらないなんて事態は避けねえと。
「さ、いこーか」
勝負は五球。
そこで全ての勝負が決まる。
さも愛おしげに、自分を見守る視線を感じながら、仙道は春の満点の星空に向かっては渾身の一撃を放ったのだった。
日曜日のよる
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