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「今すぐ返事はいらねェ。明日、それを好きな指に嵌めろ」
星の綺麗な夜の海。静かで囁くような波の音。久方ぶりに浮上した船の甲板で、葡萄酒色のベルベットの小箱をナマエに渡しながらローは言った。
ローとナマエは俗にいう恋人同士というやつである。
グランドラインのとある閉鎖された小さな島で育ったナマエは、こんな狭い世界しか知らずに死んでたまるか!と無駄なガッツを発揮し無謀にも小船で大海原を渡ろうとした。結果、彼女は当然のように遭難した。
そしてそこを拾ったのがローの運の尽き、元い彼女との出会いであった。拾った当初は衰弱していた彼女だが、動けるようになった瞬間「どこも行けるところが無いんです!このまま乗せてください。何でもします!」と綺麗な土下座をキメた。そんな彼女を見ながら一同は『そりゃそうだよな。だってここ海のど真ん中だし。っていうか海の底だし』と思ったものだ。いくら賞金首のローでも、同業者でも海軍でもない若い女を、文字通り海に放り込むのは寝覚めが悪かった。仕様が無いので、船にそのまま乗せてやることにした。
第一印象は“変な女”。もう少女と呼べる歳ではないが、育った環境の所為か世間知らずで子供っぽく、表情がくるくる変わって面白……、飽きなかったので暇潰しがてらに揶揄って遊んだ。彼女はその性格柄すぐにこの船に溶け込み、この船のクルー特有の病気に当てられて、数日後にはどこに出ても恥ずかしくないキャプテン大好きっ子になっていた。この潜水艇の船内には人を洗脳する電波みたいなものが張り巡らされているのだろうか。
ローには一切分からないが、世の中きっと分からない方が幸せなことは沢山ある。これもきっとその一つに違いない。賢いローは藪をつつくことはしないし、この件に関しては適当に対応することに決めている。
そんなこんなで次の島に辿り着いたとき、新参者のキャプテン大好きっ子は船べりにしがみついて下船を拒否した。意外なことに彼女はそれなりに腕が立ち、戦力のボーダーラインとしては次第点だったので根負けしたローは船の仲間にしてやることにした。だって、考えてみて欲しい。成人女性が恥も外聞も無く船べりにかじりついて離れない様を。完全に地獄絵図だった。一秒として見ていたくなかったのだ。
第二印象は“笑顔は悪くない”。ナマエはよく笑う女だった。ローは彼女の笑顔を見るのが嫌いでは無かった。苛めて半泣きにさせるのも面白かったが、それと同じくらい些細なことで彼女が喜んで微笑むのを見るのが楽しかった。ローはふと冷静になって思った。自分は彼女を笑わせたいのか。
それが少なからず恋愛的な意味を含んだ好意がもたらしたものだと気付いた当初は落ち込んだものである。こんなつもりでは無かったのだ。
そもそも、頼んでもいないのに突然転がり込んできたナマエがいけない。こうなったら責任を取って貰わないと困る。自分勝手なローは、世間知らずな彼女をあの手この手で囲い込んで落した。正直難易度が容易すぎて少し拍子抜けしたくらいだ。それを負い目に感じているということは更々無いが、ローは一応最後くらいは彼女を慮ることに決めた。
頭の容量が少ない彼女はすぐキャパオーバーを迎えるので、その場で返事を急かせばパニックになるだろう。
だから、待ってやったのはなけなしの良心だったのだ。ちなみに、待ったところで返事は『はい』か『イエス』の二択なのは言うまでもない。
翌朝、確かに彼女は自身の指にそれを嵌めていた。
しかし、ここで大きな問題があった。
彼女は左手の薬指ではなく、右手の中指にそれを嵌めていたのである。
嵌める指どころか手すら違うじゃねェか。
朝一番、食堂に姿を現した彼女の指先を目敏く確認したローは表情には出さなかったものの混乱はしていた。しかも、ローの視線に気付いた彼女は何か言いたげにローを見ている。それが彼女の答えだというのか。ところが、ローにはそれの意味するところが分からない。悶々としながら朝食を食べ始たのだが、その間もナマエからのヒシヒシとした視線を感じるのだ。
そして何よりも腹立たしいのが「ナマエ、何か見たことねェ指輪してね?」「とうとうキャプテンがやったのか」「いや、指が……」「……なんかヤバそうだからそれに触るのやめとこうぜ」等というクルーの会話が耳に入ることである。小声で喋ってるつもりだろうが、お前らそれ全部聞こえてるからな。
珈琲を飲み終えたローがわざと音を立ててマグカップを机の上に置くと、噂好きの雀達は肩を震わせて一斉に口を閉じて静まり返った。その噂話はどこかソワソワしているナマエの耳に入っていないようなのだけが幸いだった。
空気を読んだクルー達は倍速で朝食を食べ終えると『撤収!!』とばかりに全員勢いよく立ち上がって部屋に戻って行った。ぽつねんと取り残されたのはナマエとローの二人である。
急に示し合わせたようにいなくなった仲間たちに困惑して、辺りをキョロキョロと見回していたナマエの正面にローは座った。
「それがお前の返事か」
「はい」
彼女は真剣な顔で頷いたのでローはいよいよ訳が分からなくなった。しかし、自分で言った手前その意味を彼女に問いただすこともできなかった。
「そうか」
結果としてローが言えたのはそれだけだった。いや、ひとつだけ言わなくてはいけないことがある。
「却下だ」
返事は“はい”しか認めない。ローは低い声でそう言い捨てると、ナマエの言い分は聞かないとばかりに食堂を出て行った。
彼はただ、ただ思った。
右手の中指ってどういう意味だ。
◇
おかしい。
何故キャプテンは私に何も言ってこないのだろうか。
貰った指輪はちゃんと“右手の中指”に嵌めたのに。
ナマエの育った島では、結婚を申し込む際に男性が女性に指輪を送る風習があった。そしてそれを受け取った女性は“イエス”の代わりに右手の中指にそれを嵌めて返事をするのである。指輪を貰ったお向かいに住むお姉さんも、花屋の娘さんも皆みんな幸せそうだった。だから、ナマエだって人並みに“指輪”に憧れを抱いていたのだ。
しかし、ナマエにとってはこの小さな島での慎ましい生活よりも、外の広い世界を見ることの方が大事だった。彼女は好奇心が服を着て歩いているような人間なのである。
だから、来る日に島を出るべく独学で体力をつけて護身術を学んだ。ちなみに航海術という発想は無かった。彼女がそれに気付いたときは、海のど真ん中で朦朧としながら仰向けに倒れて空を見ているときだった。そして暗転。
次に目を覚ました時、ナマエは固い木の上では無くベッドの上で寝ていた。ふかふかした布団の温かさに天国かと思ったが、自分の顔を覗き込む男の顔が物騒だったのですぐにその認識を改めた。身に付けていた服は白かったが、天使はきっとサングラスなんか装備していない。サングラスの男は何やら叫んで“キャプテン”とやらを呼ぶ。ぼんやりとした意識でその“キャプテン”を見た瞬間、ナマエの頭は一気に覚醒した。
熱くなる胸、高鳴る鼓動。彼女の読んだ恋物語ではそれを“一目惚れ”と言っていた。しかし、自分は一時の衝動に駆られるようなチョロい女ではない。あと“キャプテン”って絶対堅気の船乗りの船長のことじゃないよね。
研いだ刃のような眼光に加えて心配になるほどの隈がある彼は、どう考えても善良な船乗りの顔をしていない。
警戒してナマエは気を引き締めたものの、この広い海の上で放り出されたら元も子も無い。背に腹は変えられないので土下座をしてこのまま船に乗せて貰えるように頼んだ。土下座は人に物を頼む為の最終奥義だと本で読んだことがあるので、実行してみたのだがそれはどうやら本当だったようだ。“キャプテン”は溜息を吐いた後に上船を許可してくれた。
無事に船に乗せてもらえるようになったナマエは、“キャプテン”の人となりを知るべくクルーにそれとなく彼のことを聞いて回った。どのクルーも彼のことを慕っていた。一部引くくらい慕っている人もいた。彼らの言葉を参考に“キャプテン”を観察すると、成程それも分かるような気もする。そう考えた彼女は思った。これはこの衝動に身を任せても良いのでは。私の勘を信じてもいいのでは。ナマエは初めてローに話しかけ接触を図ってみた。そして、単純な彼女は数日後には見事に色々な意味でこの船に溶け込んだのである。
彼女の恋は一目惚れ、といっても細やかで見ているだけで幸せになれるような仄かで欲の無いものだった。まるで、有名人でも慕うようなもの。近くて遠いこの距離はとても心地良かった。
そんな彼女と彼の距離感をぶち壊したのはまさかのロー本人だった。あれやこれやと上昇と下降を繰り返し、気付いた時には彼の腕の中にいた。自分でもちょっと意味が分からない。
ナマエにとってローは頼れるキャプテンであり、初めて意識した男性であり、沢山のものを捧げてその代わりに与えてくれた男だ。彼女の全てと言っても過言ではなかった。
そんな相手から憧れの指輪を貰えたのだ。彼女はローから指輪を貰ってとても嬉しかった。だから部屋に戻ってから白銀に輝くそれを自身の右手の中指に嵌めたのだ。少しきつかったが、彼がくれた指輪はしっかりと彼女の中指を彩った。
ところが、ローの反応はどうだ。彼はナマエの“返事”に気付いた筈なのに何も言ってこない。それどころか、何もない素振りでまるで昨日のことは無かったことになっているみたいだ。ローの反応を伺っては落胆するナマエの脳内に暗雲が立ち込めた。ひょっとして私とのことは遊びだったのだろうか。しかし、彼女の知っているトラファルガー・ローという人物はそんな不誠実なことをする男ではない。
それなのに。
「却下だ」
そう言い捨てて食堂を出て行ったローを呆然と見送ることしかできなかった。彼はナマエの返事を全身で拒絶していた。
彼女の脳内では、結婚を申し込まれて返事をしたのに何故か却下されたという方程式が成り立った。要は上げて上げて上げて、突然落とされたのである。それも地獄の窯のどん底に。
ぽろぽろと涙で視界が歪んでいく。ナマエは泣きながら食器を片づけて、そのまま自室に駆け込んだ。そしてベッドに向かって一直線に転がり込んで、枕に顔を押し付けてわんわんと泣いた。同室のイッカクが戻って来ないのが幸いだった。どうしてこの気持ちがバレたのか分からないが、彼女はナマエとローのことを応援してくれていた。そんな彼女にこんな残念な恋の顛末は見せられないし、見せたくない。
結局、この恋は泡のように突然弾けて消えたのだ。もうナマエとローは恋仲ではない。ただのキャプテンとクルーの関係だ。それに戻らなくてはいけない。
それにはこの“恋心”は重すぎる。満たされて大きく育ってしまったそれは、船に乗せて貰った頃の淡いものにはもう戻せない。
だから、彼女は決心した。
◇
ナマエの返事は“はい”では無かった。馬鹿らしい。こんな回りくどいことなど、するべきでは無かったのだ。
まだローがナマエに恋愛感情を抱く前のことである。
分け前を配る際にナマエは指輪の類を受け取ることをしなかった。かといって、降りた島の宝石店で指輪をじっと見ていたことがある。興味がないわけでは無さそうだ。不思議に思って聞いたところ『指輪というものは特別なものなのです。将来を誓い合った人から貰うんですよ、キャプテン』等としたり顔で宣うので、こいつも頭が花畑だなと思ったものだ。当時はその頭が花畑な女に自分が指輪を送ろうと思うようになるなど、考えもしなかった。時の流れというのは誠に恐ろしいものである。
苛々する。ローは自室のソファに身体を投げ出すように乱暴に座って目を閉じた。悔しいことに思い浮かぶのはナマエのことばかりだ。ローの眉間の皺はより深くなった。
丁度そのとき、遠慮がちなノックの音が3回聞こえた。
「入れ」
船長室にやってきたのはナマエだった。入りづらそうに入り口で尻込みしているのでもう一度「入ってこい」と言ってやると、彼女は恐る恐るローの元までやってきた。物凄く、今までに無いくらい警戒されている。初めて出会ったときでもこれ程まで酷くなかった。その様子はローの苛立ちに油を注いだ。キャンプファイヤーでもするつもりか、この女は。
ローから三歩程の距離を取ったナマエは視線を左右に彷徨わせ、一度足元に落としてから意を決したかのように彼の目を見た。その瞳は真っ直ぐで、今から言うであろうことは本気なのだと嫌でも分かってしまった。
「私、この船を降りようと思うんです」
何を言い出すかと思いきや。婚約拒否どころか上船拒否である。だから彼は即答した。
「それは認めねェ」
恋人としては無理でも彼は彼女を手元に置いておくつもりだった。こうなったら色々な意味で自分がいなければ生きていけないようにしてやろうかと一瞬だけ思ってしまったのだが、ローは彼女を支配したいわけではないので後悔することは目に見えていた。返事は肯定しか認めないつもりだったのに、結局は彼女の意思を尊重しようとしている自分が可笑しくて哂ってしまいそうだ。かと言って、船を降りた彼女が別の誰かと幸せになってあの笑顔を見せることは許し難かった。
対するナマエは、ローのにべもない返事に唇を噛んだ。海賊船は上船も下船も船長許可が必要だから、筋を通すために嫌がる自分を奮い立たせてここまで来たのに。
恋人としての日々は嘘だったのだ。舞い上がっていたのは自分だけ。よくよく考えたら、ローはとてつもなくモテるのである。そんな彼がこんな田舎者を相手にする筈が無かったのだ。
それなのに、これはあまりにも酷過ぎる。いらなくなった女など、ポイすれば良いのだ。そうすれば、憎むことだって嫌うことだってできるようになるに違いない。ローと一緒にいる限りナマエは彼のことを嫌いになれない。これは予測ではなく確信だ。このぐちゃぐちゃした気持ちをどうしたら良いのか分からなかったが、彼女は何とか言葉を紡いだ。それは悲痛な叫びとなって船長室に響き渡った。
「揶揄うのはやめてください。私とのことは遊びだったんでしょう!」
そう叫んだ彼女は興奮してぷるぷる震え、ぎゅっと自身の手を握りしめていた。涙の膜が張った瞳は、苛めて揶揄いたくなるいつものそれと違ってひたすら彼の苛立ちを煽る。ナマエの発言は聞き捨てならない。彼女に伝えたこと、彼女を抱きしめたこと、彼女に口付けたこと。全て本気だった。彼女の全てを奪ってやったし、その代わりに与えることができるものは余すことなく彼女に注いだつもりだった。
ローは立ち上がると、彼女の右手首をがっしりと掴んだ。ナマエの三歩などローの一歩で十分に詰められる。そして、彼は気付いてしまった。さらに腹立たしいことに、彼女は今朝はしていた筈の指輪をしていなかったのだ。ここまで彼の地雷を踏み抜くことができる人物はもう現れないと思っていたのに。意図せずともローの声音は低く、冷たいものへと変わる。
「お前、やった指輪はどうした」
「お返しします。別の、もっと素敵な人にあげてください」
ズボンのポケットからローが渡した小箱を取り出して返そうとしてくるので、どこまでも人を馬鹿にした彼女の態度に完全にキレた。ローは彼女の手から小箱を奪い取って放り投げてやった。可哀想な小箱は壁に勢いよく叩きつけられ、その衝撃で箱が開いて指輪が飛び出した。それは白銀に輝きながら、数回跳ねて棚の隙間に呑み込まれていった。その有様にナマエはひゅっと息を飲んで肩を震わせた。
「それは、お前にやったものだ。お前が受け取らねェなら必要ない」
怒りが一周回って、ローの口調は静かだ。しかし掴まれた右手はギリギリと締め付けてくるし、その声音は低く重々しかったので彼が物凄く怒っているのだということはナマエに伝わったようだ。ところが、その怒りはナマエにとっては理不尽極まりない。聞き捨てならない台詞に彼女は再び反論の声を上げた。というか、叫んだ。
「だって私、ちゃんと右手の中指に嵌めたじゃないですか!」
「は?」
これは何か重大な勘違いをしているのでは。彼女の剣幕に思わずローは手を握る力を緩めた。それを見逃すことなくナマエはぱっとローの手を振りほどくと、彼に痛い程きつく握られた手を摩る。彼女の白い手首には、ローの執着が赤い痕になっていた。少し和らいだ空気を感じたナマエは、鼻をすすりながらか細い声でこう続けた。
「私の島では、プロポーズのときに指輪を送ってオッケーだったら右手の中指にするんです。キャプテンも知ってたんでしょう?私、嬉しかったのに……、なのに!」
本人の口から明かされた“右手の中指”の意味にローは脱力した。何て無駄な勘違いを自分はしていたのか。いや、そもそも根本は同じなのに枝が正反対のところに伸び切っているなんて誰が予想できよう。おれは絶対に悪くない。ローは開き直った。先程の凍えた炎のような雰囲気から一転、いつもの心地よい静けさを纏った彼の雰囲気にナマエは目を瞬かせるしかできなかった。この劇的な変わりようは一体何だというのだ。
盛大に疑問符を浮かべるナマエに、ローは深い深い溜息を吐いた。
「世間一般の常識では、嵌めるのは左手の薬指だ」
「へ」
ナマエはぽかんと口を開けて暫く呆けていたが、ハッと我に返ると指輪が吸い込まれていった棚に猛ダッシュで詰め寄って隙間を覗き込んだ。
それを呆れながら見ていたローは、机上のペンに犠牲になって貰って能力で指輪を救出。埃を掃うと、這い蹲って棚の隙間を見ているナマエの元まで行った。相変わらず恥も外聞も無く一直線な女である。ナマエはローが指輪を手にしたことに気付くと、気まずそうにゆっくりと顔を上げた。そして、ローが手を差し伸べると、ナマエはおずおずと右手を伸ばしてきたので彼はそれを軽く払いのける。違う、そっちじゃない。目でそう言ってやると、ナマエはどうやらローの言わんとしたことを理解したらしい。左手を彼に伸ばしてきたので、ローはそれを引っ張って彼女を立ち上がらせた。
そして、その薬指に指輪を嵌めてやる。
「あっ、ピッタリですね」
緊張感の無い反応に、お前の左手の薬指に合わせて作ったんだから当然だろ、という言葉をローは飲み込んだ。彼女が指輪の収まった自身の左手をキラキラした瞳で天井に翳して見ていたからだ。全身で喜びを表現しているその様子にすっかり毒気を抜かれてしまった。
「……返事は」
ナマエはにっと笑って指輪が輝く左手の薬指を見せてきたので、言葉で返事をしないのなら唇は必要無いだろう。ローは彼女の左手を取ってそのまま引き寄せると、自分の唇で彼女のそれを塞いでやった。
星の綺麗な夜の海。静かで囁くような波の音。久方ぶりに浮上した船の甲板で、葡萄酒色のベルベットの小箱をナマエに渡しながらローは言った。
ローとナマエは俗にいう恋人同士というやつである。
グランドラインのとある閉鎖された小さな島で育ったナマエは、こんな狭い世界しか知らずに死んでたまるか!と無駄なガッツを発揮し無謀にも小船で大海原を渡ろうとした。結果、彼女は当然のように遭難した。
そしてそこを拾ったのがローの運の尽き、元い彼女との出会いであった。拾った当初は衰弱していた彼女だが、動けるようになった瞬間「どこも行けるところが無いんです!このまま乗せてください。何でもします!」と綺麗な土下座をキメた。そんな彼女を見ながら一同は『そりゃそうだよな。だってここ海のど真ん中だし。っていうか海の底だし』と思ったものだ。いくら賞金首のローでも、同業者でも海軍でもない若い女を、文字通り海に放り込むのは寝覚めが悪かった。仕様が無いので、船にそのまま乗せてやることにした。
第一印象は“変な女”。もう少女と呼べる歳ではないが、育った環境の所為か世間知らずで子供っぽく、表情がくるくる変わって面白……、飽きなかったので暇潰しがてらに揶揄って遊んだ。彼女はその性格柄すぐにこの船に溶け込み、この船のクルー特有の病気に当てられて、数日後にはどこに出ても恥ずかしくないキャプテン大好きっ子になっていた。この潜水艇の船内には人を洗脳する電波みたいなものが張り巡らされているのだろうか。
ローには一切分からないが、世の中きっと分からない方が幸せなことは沢山ある。これもきっとその一つに違いない。賢いローは藪をつつくことはしないし、この件に関しては適当に対応することに決めている。
そんなこんなで次の島に辿り着いたとき、新参者のキャプテン大好きっ子は船べりにしがみついて下船を拒否した。意外なことに彼女はそれなりに腕が立ち、戦力のボーダーラインとしては次第点だったので根負けしたローは船の仲間にしてやることにした。だって、考えてみて欲しい。成人女性が恥も外聞も無く船べりにかじりついて離れない様を。完全に地獄絵図だった。一秒として見ていたくなかったのだ。
第二印象は“笑顔は悪くない”。ナマエはよく笑う女だった。ローは彼女の笑顔を見るのが嫌いでは無かった。苛めて半泣きにさせるのも面白かったが、それと同じくらい些細なことで彼女が喜んで微笑むのを見るのが楽しかった。ローはふと冷静になって思った。自分は彼女を笑わせたいのか。
それが少なからず恋愛的な意味を含んだ好意がもたらしたものだと気付いた当初は落ち込んだものである。こんなつもりでは無かったのだ。
そもそも、頼んでもいないのに突然転がり込んできたナマエがいけない。こうなったら責任を取って貰わないと困る。自分勝手なローは、世間知らずな彼女をあの手この手で囲い込んで落した。正直難易度が容易すぎて少し拍子抜けしたくらいだ。それを負い目に感じているということは更々無いが、ローは一応最後くらいは彼女を慮ることに決めた。
頭の容量が少ない彼女はすぐキャパオーバーを迎えるので、その場で返事を急かせばパニックになるだろう。
だから、待ってやったのはなけなしの良心だったのだ。ちなみに、待ったところで返事は『はい』か『イエス』の二択なのは言うまでもない。
翌朝、確かに彼女は自身の指にそれを嵌めていた。
しかし、ここで大きな問題があった。
彼女は左手の薬指ではなく、右手の中指にそれを嵌めていたのである。
嵌める指どころか手すら違うじゃねェか。
朝一番、食堂に姿を現した彼女の指先を目敏く確認したローは表情には出さなかったものの混乱はしていた。しかも、ローの視線に気付いた彼女は何か言いたげにローを見ている。それが彼女の答えだというのか。ところが、ローにはそれの意味するところが分からない。悶々としながら朝食を食べ始たのだが、その間もナマエからのヒシヒシとした視線を感じるのだ。
そして何よりも腹立たしいのが「ナマエ、何か見たことねェ指輪してね?」「とうとうキャプテンがやったのか」「いや、指が……」「……なんかヤバそうだからそれに触るのやめとこうぜ」等というクルーの会話が耳に入ることである。小声で喋ってるつもりだろうが、お前らそれ全部聞こえてるからな。
珈琲を飲み終えたローがわざと音を立ててマグカップを机の上に置くと、噂好きの雀達は肩を震わせて一斉に口を閉じて静まり返った。その噂話はどこかソワソワしているナマエの耳に入っていないようなのだけが幸いだった。
空気を読んだクルー達は倍速で朝食を食べ終えると『撤収!!』とばかりに全員勢いよく立ち上がって部屋に戻って行った。ぽつねんと取り残されたのはナマエとローの二人である。
急に示し合わせたようにいなくなった仲間たちに困惑して、辺りをキョロキョロと見回していたナマエの正面にローは座った。
「それがお前の返事か」
「はい」
彼女は真剣な顔で頷いたのでローはいよいよ訳が分からなくなった。しかし、自分で言った手前その意味を彼女に問いただすこともできなかった。
「そうか」
結果としてローが言えたのはそれだけだった。いや、ひとつだけ言わなくてはいけないことがある。
「却下だ」
返事は“はい”しか認めない。ローは低い声でそう言い捨てると、ナマエの言い分は聞かないとばかりに食堂を出て行った。
彼はただ、ただ思った。
右手の中指ってどういう意味だ。
◇
おかしい。
何故キャプテンは私に何も言ってこないのだろうか。
貰った指輪はちゃんと“右手の中指”に嵌めたのに。
ナマエの育った島では、結婚を申し込む際に男性が女性に指輪を送る風習があった。そしてそれを受け取った女性は“イエス”の代わりに右手の中指にそれを嵌めて返事をするのである。指輪を貰ったお向かいに住むお姉さんも、花屋の娘さんも皆みんな幸せそうだった。だから、ナマエだって人並みに“指輪”に憧れを抱いていたのだ。
しかし、ナマエにとってはこの小さな島での慎ましい生活よりも、外の広い世界を見ることの方が大事だった。彼女は好奇心が服を着て歩いているような人間なのである。
だから、来る日に島を出るべく独学で体力をつけて護身術を学んだ。ちなみに航海術という発想は無かった。彼女がそれに気付いたときは、海のど真ん中で朦朧としながら仰向けに倒れて空を見ているときだった。そして暗転。
次に目を覚ました時、ナマエは固い木の上では無くベッドの上で寝ていた。ふかふかした布団の温かさに天国かと思ったが、自分の顔を覗き込む男の顔が物騒だったのですぐにその認識を改めた。身に付けていた服は白かったが、天使はきっとサングラスなんか装備していない。サングラスの男は何やら叫んで“キャプテン”とやらを呼ぶ。ぼんやりとした意識でその“キャプテン”を見た瞬間、ナマエの頭は一気に覚醒した。
熱くなる胸、高鳴る鼓動。彼女の読んだ恋物語ではそれを“一目惚れ”と言っていた。しかし、自分は一時の衝動に駆られるようなチョロい女ではない。あと“キャプテン”って絶対堅気の船乗りの船長のことじゃないよね。
研いだ刃のような眼光に加えて心配になるほどの隈がある彼は、どう考えても善良な船乗りの顔をしていない。
警戒してナマエは気を引き締めたものの、この広い海の上で放り出されたら元も子も無い。背に腹は変えられないので土下座をしてこのまま船に乗せて貰えるように頼んだ。土下座は人に物を頼む為の最終奥義だと本で読んだことがあるので、実行してみたのだがそれはどうやら本当だったようだ。“キャプテン”は溜息を吐いた後に上船を許可してくれた。
無事に船に乗せてもらえるようになったナマエは、“キャプテン”の人となりを知るべくクルーにそれとなく彼のことを聞いて回った。どのクルーも彼のことを慕っていた。一部引くくらい慕っている人もいた。彼らの言葉を参考に“キャプテン”を観察すると、成程それも分かるような気もする。そう考えた彼女は思った。これはこの衝動に身を任せても良いのでは。私の勘を信じてもいいのでは。ナマエは初めてローに話しかけ接触を図ってみた。そして、単純な彼女は数日後には見事に色々な意味でこの船に溶け込んだのである。
彼女の恋は一目惚れ、といっても細やかで見ているだけで幸せになれるような仄かで欲の無いものだった。まるで、有名人でも慕うようなもの。近くて遠いこの距離はとても心地良かった。
そんな彼女と彼の距離感をぶち壊したのはまさかのロー本人だった。あれやこれやと上昇と下降を繰り返し、気付いた時には彼の腕の中にいた。自分でもちょっと意味が分からない。
ナマエにとってローは頼れるキャプテンであり、初めて意識した男性であり、沢山のものを捧げてその代わりに与えてくれた男だ。彼女の全てと言っても過言ではなかった。
そんな相手から憧れの指輪を貰えたのだ。彼女はローから指輪を貰ってとても嬉しかった。だから部屋に戻ってから白銀に輝くそれを自身の右手の中指に嵌めたのだ。少しきつかったが、彼がくれた指輪はしっかりと彼女の中指を彩った。
ところが、ローの反応はどうだ。彼はナマエの“返事”に気付いた筈なのに何も言ってこない。それどころか、何もない素振りでまるで昨日のことは無かったことになっているみたいだ。ローの反応を伺っては落胆するナマエの脳内に暗雲が立ち込めた。ひょっとして私とのことは遊びだったのだろうか。しかし、彼女の知っているトラファルガー・ローという人物はそんな不誠実なことをする男ではない。
それなのに。
「却下だ」
そう言い捨てて食堂を出て行ったローを呆然と見送ることしかできなかった。彼はナマエの返事を全身で拒絶していた。
彼女の脳内では、結婚を申し込まれて返事をしたのに何故か却下されたという方程式が成り立った。要は上げて上げて上げて、突然落とされたのである。それも地獄の窯のどん底に。
ぽろぽろと涙で視界が歪んでいく。ナマエは泣きながら食器を片づけて、そのまま自室に駆け込んだ。そしてベッドに向かって一直線に転がり込んで、枕に顔を押し付けてわんわんと泣いた。同室のイッカクが戻って来ないのが幸いだった。どうしてこの気持ちがバレたのか分からないが、彼女はナマエとローのことを応援してくれていた。そんな彼女にこんな残念な恋の顛末は見せられないし、見せたくない。
結局、この恋は泡のように突然弾けて消えたのだ。もうナマエとローは恋仲ではない。ただのキャプテンとクルーの関係だ。それに戻らなくてはいけない。
それにはこの“恋心”は重すぎる。満たされて大きく育ってしまったそれは、船に乗せて貰った頃の淡いものにはもう戻せない。
だから、彼女は決心した。
◇
ナマエの返事は“はい”では無かった。馬鹿らしい。こんな回りくどいことなど、するべきでは無かったのだ。
まだローがナマエに恋愛感情を抱く前のことである。
分け前を配る際にナマエは指輪の類を受け取ることをしなかった。かといって、降りた島の宝石店で指輪をじっと見ていたことがある。興味がないわけでは無さそうだ。不思議に思って聞いたところ『指輪というものは特別なものなのです。将来を誓い合った人から貰うんですよ、キャプテン』等としたり顔で宣うので、こいつも頭が花畑だなと思ったものだ。当時はその頭が花畑な女に自分が指輪を送ろうと思うようになるなど、考えもしなかった。時の流れというのは誠に恐ろしいものである。
苛々する。ローは自室のソファに身体を投げ出すように乱暴に座って目を閉じた。悔しいことに思い浮かぶのはナマエのことばかりだ。ローの眉間の皺はより深くなった。
丁度そのとき、遠慮がちなノックの音が3回聞こえた。
「入れ」
船長室にやってきたのはナマエだった。入りづらそうに入り口で尻込みしているのでもう一度「入ってこい」と言ってやると、彼女は恐る恐るローの元までやってきた。物凄く、今までに無いくらい警戒されている。初めて出会ったときでもこれ程まで酷くなかった。その様子はローの苛立ちに油を注いだ。キャンプファイヤーでもするつもりか、この女は。
ローから三歩程の距離を取ったナマエは視線を左右に彷徨わせ、一度足元に落としてから意を決したかのように彼の目を見た。その瞳は真っ直ぐで、今から言うであろうことは本気なのだと嫌でも分かってしまった。
「私、この船を降りようと思うんです」
何を言い出すかと思いきや。婚約拒否どころか上船拒否である。だから彼は即答した。
「それは認めねェ」
恋人としては無理でも彼は彼女を手元に置いておくつもりだった。こうなったら色々な意味で自分がいなければ生きていけないようにしてやろうかと一瞬だけ思ってしまったのだが、ローは彼女を支配したいわけではないので後悔することは目に見えていた。返事は肯定しか認めないつもりだったのに、結局は彼女の意思を尊重しようとしている自分が可笑しくて哂ってしまいそうだ。かと言って、船を降りた彼女が別の誰かと幸せになってあの笑顔を見せることは許し難かった。
対するナマエは、ローのにべもない返事に唇を噛んだ。海賊船は上船も下船も船長許可が必要だから、筋を通すために嫌がる自分を奮い立たせてここまで来たのに。
恋人としての日々は嘘だったのだ。舞い上がっていたのは自分だけ。よくよく考えたら、ローはとてつもなくモテるのである。そんな彼がこんな田舎者を相手にする筈が無かったのだ。
それなのに、これはあまりにも酷過ぎる。いらなくなった女など、ポイすれば良いのだ。そうすれば、憎むことだって嫌うことだってできるようになるに違いない。ローと一緒にいる限りナマエは彼のことを嫌いになれない。これは予測ではなく確信だ。このぐちゃぐちゃした気持ちをどうしたら良いのか分からなかったが、彼女は何とか言葉を紡いだ。それは悲痛な叫びとなって船長室に響き渡った。
「揶揄うのはやめてください。私とのことは遊びだったんでしょう!」
そう叫んだ彼女は興奮してぷるぷる震え、ぎゅっと自身の手を握りしめていた。涙の膜が張った瞳は、苛めて揶揄いたくなるいつものそれと違ってひたすら彼の苛立ちを煽る。ナマエの発言は聞き捨てならない。彼女に伝えたこと、彼女を抱きしめたこと、彼女に口付けたこと。全て本気だった。彼女の全てを奪ってやったし、その代わりに与えることができるものは余すことなく彼女に注いだつもりだった。
ローは立ち上がると、彼女の右手首をがっしりと掴んだ。ナマエの三歩などローの一歩で十分に詰められる。そして、彼は気付いてしまった。さらに腹立たしいことに、彼女は今朝はしていた筈の指輪をしていなかったのだ。ここまで彼の地雷を踏み抜くことができる人物はもう現れないと思っていたのに。意図せずともローの声音は低く、冷たいものへと変わる。
「お前、やった指輪はどうした」
「お返しします。別の、もっと素敵な人にあげてください」
ズボンのポケットからローが渡した小箱を取り出して返そうとしてくるので、どこまでも人を馬鹿にした彼女の態度に完全にキレた。ローは彼女の手から小箱を奪い取って放り投げてやった。可哀想な小箱は壁に勢いよく叩きつけられ、その衝撃で箱が開いて指輪が飛び出した。それは白銀に輝きながら、数回跳ねて棚の隙間に呑み込まれていった。その有様にナマエはひゅっと息を飲んで肩を震わせた。
「それは、お前にやったものだ。お前が受け取らねェなら必要ない」
怒りが一周回って、ローの口調は静かだ。しかし掴まれた右手はギリギリと締め付けてくるし、その声音は低く重々しかったので彼が物凄く怒っているのだということはナマエに伝わったようだ。ところが、その怒りはナマエにとっては理不尽極まりない。聞き捨てならない台詞に彼女は再び反論の声を上げた。というか、叫んだ。
「だって私、ちゃんと右手の中指に嵌めたじゃないですか!」
「は?」
これは何か重大な勘違いをしているのでは。彼女の剣幕に思わずローは手を握る力を緩めた。それを見逃すことなくナマエはぱっとローの手を振りほどくと、彼に痛い程きつく握られた手を摩る。彼女の白い手首には、ローの執着が赤い痕になっていた。少し和らいだ空気を感じたナマエは、鼻をすすりながらか細い声でこう続けた。
「私の島では、プロポーズのときに指輪を送ってオッケーだったら右手の中指にするんです。キャプテンも知ってたんでしょう?私、嬉しかったのに……、なのに!」
本人の口から明かされた“右手の中指”の意味にローは脱力した。何て無駄な勘違いを自分はしていたのか。いや、そもそも根本は同じなのに枝が正反対のところに伸び切っているなんて誰が予想できよう。おれは絶対に悪くない。ローは開き直った。先程の凍えた炎のような雰囲気から一転、いつもの心地よい静けさを纏った彼の雰囲気にナマエは目を瞬かせるしかできなかった。この劇的な変わりようは一体何だというのだ。
盛大に疑問符を浮かべるナマエに、ローは深い深い溜息を吐いた。
「世間一般の常識では、嵌めるのは左手の薬指だ」
「へ」
ナマエはぽかんと口を開けて暫く呆けていたが、ハッと我に返ると指輪が吸い込まれていった棚に猛ダッシュで詰め寄って隙間を覗き込んだ。
それを呆れながら見ていたローは、机上のペンに犠牲になって貰って能力で指輪を救出。埃を掃うと、這い蹲って棚の隙間を見ているナマエの元まで行った。相変わらず恥も外聞も無く一直線な女である。ナマエはローが指輪を手にしたことに気付くと、気まずそうにゆっくりと顔を上げた。そして、ローが手を差し伸べると、ナマエはおずおずと右手を伸ばしてきたので彼はそれを軽く払いのける。違う、そっちじゃない。目でそう言ってやると、ナマエはどうやらローの言わんとしたことを理解したらしい。左手を彼に伸ばしてきたので、ローはそれを引っ張って彼女を立ち上がらせた。
そして、その薬指に指輪を嵌めてやる。
「あっ、ピッタリですね」
緊張感の無い反応に、お前の左手の薬指に合わせて作ったんだから当然だろ、という言葉をローは飲み込んだ。彼女が指輪の収まった自身の左手をキラキラした瞳で天井に翳して見ていたからだ。全身で喜びを表現しているその様子にすっかり毒気を抜かれてしまった。
「……返事は」
ナマエはにっと笑って指輪が輝く左手の薬指を見せてきたので、言葉で返事をしないのなら唇は必要無いだろう。ローは彼女の左手を取ってそのまま引き寄せると、自分の唇で彼女のそれを塞いでやった。