箱庭オペレッタ
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「ロー!」
「……夜中に人の名前を叫ぶな」
すやすやと寝ていた筈なのに、目を見開いてガバリと起き上がったナマエの叫び声でローは目を覚ました。手探りでベッドライトに灯りをつけると、温かい光に照らされた彼女の顔は病人のように真っ青だった。酷い顔をしているので、心配になったローも起き上がって彼女に目線を合わせる。彼女は顔を歪ませるとローにしがみついた。
「怖い夢を見たわ。貴方が大怪我する夢」
ぽつり、と零すナマエを抱きしめると、腕の中の彼女はほうっと安堵の溜息を吐いた。ローは彼女を抱いたまま寝転って、器用に布団を被せた。
「おれは五体満足な健康体だ。こうしといてやるから、分かったら寝ろ」
「私は小さい子か何かなの?」
不満に思ったナマエだったが、包まれるような温もりとぽんぽんと軽く背中を叩く優しいリズムは、あっという間に彼女を夢の世界に落としていった。
☆
「貴方、凄い悪魔なんでしょ。彼を助けて」
その悪魔を呼び出した女は、そう言って彼を見据えた。彼女の左腕からはぽたぽたと鮮血が滴っている。
「でも、お金は無いわ」
「潔いなァ、お前」
まぁ、上級の悪魔を呼ぶために安酒に血を入れるしかなかった女の懐事情など推して知るべしだ。話を聞くと、女の恋人は事故に巻き込まれて奇跡でも起きない限り助からないような大怪我を負ったらしい。しかし、奇跡は起きた。男は一命を取り留めたのだ。ところが、頭を酷く打った為に一向に目を覚まさない。二度目の奇跡は起きなかった。だから、女は藁にも縋る思いで“噂話”を試してみたのだ。奇跡は自分で起こすしかないのだと。
「そいつを起こすことができる商品を売ってやろう」
「代償はなに」
悪魔は、商品を購入するための料金を“代償”と言う人間のことは好きだった。
「そうだなァ。じゃあ治癒力を貰おうか。ざっとこれから500年分だ」
「500?私、そんなに生きられないと思うわ」
眉根を顰める女の勘違いを、悪魔は笑って訂正した。人間は短命だ。生きて100年。到底負債額を支払うような年数は生きられない。そんなことは知っている。悪魔が言っているのは、もっとずっと先の話だ。
「フッフッフッ、何も今生で全て払えなんて言わねェよ」
「?」
「来世に持ち越しだ」
「来世?そんなのあるの?」
予想外の答えに女は目を瞬かせたが、悪魔の言う条件をすぐに飲み込んだ。
「分かったわ」
二つ返事で頷いた女を見て、悪魔は笑った。悪魔は固く決心をした人間の心の隙間をつつくのが大好きなのである。だから例に漏れずに、彼女の決心も揺さぶってやろうと思ったのだ。
「それよりもいいのか。生まれ変わったお前は、記憶も無い。理不尽に傷や病気が治りにくくなるだけだ。今は愛してなどいない、過去の男の為に」
「構わないわ」
女は真っ直ぐに悪魔を見据えた。サングラスで隠されている悪魔の瞳を見透かすようにじっとこちらを見てくる。
「ほう」
「きっと、どの私もこの選択をするに決まってるわ」
彼女は一切揺らがない。じっと視線を逸らさずにこちらを射抜いてくる女に、これ以上は意味が無いなと思った悪魔はさっと引くことにした。引き際も肝心なのである。
「よし、交渉成立だ。くれぐれも怪我や病気には気をつけろよ。その怪我も中々治らなくなる」
「思っても無いこと言わなくても良いわよ」
「よく分かったな。面白い嬢ちゃんに一つだけサービスをしてやろう」
悪魔はいたく上機嫌で、口笛でも吹きそうな雰囲気だった。どうしてそのような様子なのか理解できない女は怪訝そうに眉を顰めた。
「サービス?なにを?」
「それを言っちゃ面白く無いだろ」
だって。
「人間はおれの掌の上で踊ってもらわなきゃなァ」
☆
今宵も馬鹿な客を見送って、その悪魔は最高級の葡萄酒を口にした。美味い酒に人間たちの馬鹿らしくも愛しい三文芝居。演じる題目は喜劇でも悲劇でも何でも楽しもう。今宵の客は醜く馬鹿な人間だったので悲劇になる筈だ。だから今度は喜劇、それもハッピーエンドなんか良いかもしれない。ハッピーエンドといえば。悪魔はふと、かつての二人の客を思い出した。数奇な運命とやらで繋がった若い男女のことを。
「まさか、来世でも会わせてやったら今度は男の方がおれを呼ぶなんてな。人間はこれだから面白ェ」
悪魔は一人、呵呵と笑った。
箱庭オペレッタ 第一幕・終幕
「……夜中に人の名前を叫ぶな」
すやすやと寝ていた筈なのに、目を見開いてガバリと起き上がったナマエの叫び声でローは目を覚ました。手探りでベッドライトに灯りをつけると、温かい光に照らされた彼女の顔は病人のように真っ青だった。酷い顔をしているので、心配になったローも起き上がって彼女に目線を合わせる。彼女は顔を歪ませるとローにしがみついた。
「怖い夢を見たわ。貴方が大怪我する夢」
ぽつり、と零すナマエを抱きしめると、腕の中の彼女はほうっと安堵の溜息を吐いた。ローは彼女を抱いたまま寝転って、器用に布団を被せた。
「おれは五体満足な健康体だ。こうしといてやるから、分かったら寝ろ」
「私は小さい子か何かなの?」
不満に思ったナマエだったが、包まれるような温もりとぽんぽんと軽く背中を叩く優しいリズムは、あっという間に彼女を夢の世界に落としていった。
☆
「貴方、凄い悪魔なんでしょ。彼を助けて」
その悪魔を呼び出した女は、そう言って彼を見据えた。彼女の左腕からはぽたぽたと鮮血が滴っている。
「でも、お金は無いわ」
「潔いなァ、お前」
まぁ、上級の悪魔を呼ぶために安酒に血を入れるしかなかった女の懐事情など推して知るべしだ。話を聞くと、女の恋人は事故に巻き込まれて奇跡でも起きない限り助からないような大怪我を負ったらしい。しかし、奇跡は起きた。男は一命を取り留めたのだ。ところが、頭を酷く打った為に一向に目を覚まさない。二度目の奇跡は起きなかった。だから、女は藁にも縋る思いで“噂話”を試してみたのだ。奇跡は自分で起こすしかないのだと。
「そいつを起こすことができる商品を売ってやろう」
「代償はなに」
悪魔は、商品を購入するための料金を“代償”と言う人間のことは好きだった。
「そうだなァ。じゃあ治癒力を貰おうか。ざっとこれから500年分だ」
「500?私、そんなに生きられないと思うわ」
眉根を顰める女の勘違いを、悪魔は笑って訂正した。人間は短命だ。生きて100年。到底負債額を支払うような年数は生きられない。そんなことは知っている。悪魔が言っているのは、もっとずっと先の話だ。
「フッフッフッ、何も今生で全て払えなんて言わねェよ」
「?」
「来世に持ち越しだ」
「来世?そんなのあるの?」
予想外の答えに女は目を瞬かせたが、悪魔の言う条件をすぐに飲み込んだ。
「分かったわ」
二つ返事で頷いた女を見て、悪魔は笑った。悪魔は固く決心をした人間の心の隙間をつつくのが大好きなのである。だから例に漏れずに、彼女の決心も揺さぶってやろうと思ったのだ。
「それよりもいいのか。生まれ変わったお前は、記憶も無い。理不尽に傷や病気が治りにくくなるだけだ。今は愛してなどいない、過去の男の為に」
「構わないわ」
女は真っ直ぐに悪魔を見据えた。サングラスで隠されている悪魔の瞳を見透かすようにじっとこちらを見てくる。
「ほう」
「きっと、どの私もこの選択をするに決まってるわ」
彼女は一切揺らがない。じっと視線を逸らさずにこちらを射抜いてくる女に、これ以上は意味が無いなと思った悪魔はさっと引くことにした。引き際も肝心なのである。
「よし、交渉成立だ。くれぐれも怪我や病気には気をつけろよ。その怪我も中々治らなくなる」
「思っても無いこと言わなくても良いわよ」
「よく分かったな。面白い嬢ちゃんに一つだけサービスをしてやろう」
悪魔はいたく上機嫌で、口笛でも吹きそうな雰囲気だった。どうしてそのような様子なのか理解できない女は怪訝そうに眉を顰めた。
「サービス?なにを?」
「それを言っちゃ面白く無いだろ」
だって。
「人間はおれの掌の上で踊ってもらわなきゃなァ」
☆
今宵も馬鹿な客を見送って、その悪魔は最高級の葡萄酒を口にした。美味い酒に人間たちの馬鹿らしくも愛しい三文芝居。演じる題目は喜劇でも悲劇でも何でも楽しもう。今宵の客は醜く馬鹿な人間だったので悲劇になる筈だ。だから今度は喜劇、それもハッピーエンドなんか良いかもしれない。ハッピーエンドといえば。悪魔はふと、かつての二人の客を思い出した。数奇な運命とやらで繋がった若い男女のことを。
「まさか、来世でも会わせてやったら今度は男の方がおれを呼ぶなんてな。人間はこれだから面白ェ」
悪魔は一人、呵呵と笑った。
箱庭オペレッタ 第一幕・終幕
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