春告げ鳥と花の唄

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甘い花の香りのする春のような女だった。

フレジアという国がある。
その国は“常春の国”と呼ばれていた。
薄桃色の花弁が柔らかな風に舞い、愛らしい黄色やオレンジの花々が絨毯のように咲き誇る。まるでこの世界の美しい花を全て集めてきたように華やかで、国全体が淡く花の香りで満たされていた。それに加えて、陽だまりのように温かく穏やかな気候。楽園といっても過言はない、美しい国だった。
国の中心に大きな鉱山があり、特産物は“竜の瞳”と呼ばれる蒼く美しいサファイアと“竜の鱗”と呼ばれる特殊な硝子。とくに“竜の鱗”は様々な角度によって色が変わって見える為に見目が美しく、それに加えて強度も高いので建築や彫刻等の造形物にとって大層な人気があった。
それらの特産物は高値で取引をされており、そのおかげで国全体が豊かだった。この国に住む人々はいつも柔らかな微笑みを浮かべて、不自由も無く幸せそうに暮らしている。



「なんていうか、花がすげェですね」
「もっとマシな感想はねェのかよ」

上陸早々に、ひらひらと風に混ざる花弁を見ながら語彙力の無い感想を述べたのはシャチである。あまりにも酷く雑な感想にペンギンはすかさず突っ込んだが、彼とて詩人の心は持ち合わせていないので感想を述べてみたところでシャチとは大差が無いだろう。それを知っているシャチは「じゃあ、お前も何か言ってみろよ」と全力で煽ってみるのだが、ペンギンはそれを聞こえないフリをして無視を貫いた。その代わりに答えたのはベポだ。

「あの木に生ってる赤い実、林檎みたい。……食えるかな?」

ベポの声音には期待が交じりどことなくソワソワしていることを察せたので、先頭を歩くローは振り返らずに釘を刺した。

「止めろ、また腹を壊すぞ」

ローの言葉にベポはしょんぼりとしながら小さく返事をした。おかげで、ローは決して悪くはないのだが、なけなしの良心が少し痛んでしまったではないか。それが他のクルー達に知られると贔屓だ!と騒がれて面倒なことになるのが目に見えているので、彼はそれを顔に出すことは無かったのだが。

「そういやキャプテン、どこに向かってるんです?」
「造幣局だ」
「珍しい硬貨でもあるんですか?」

億単位の賞金首が造幣局で真面目に記念コイン買うの、かなり面白いなとシャチとペンギンは思った。しかし、そんな二人の失礼な思考を察したのか、ローの返事は低い声だ。

「別についてこなくていい」
「そう言わずに!久々の陸じゃないですか!せっかくだから!」
「おれもおれも!」

何がどう“せっかく”なのかは分からないが、シャチとペンギンは浮足立っているしベポは挙手してまで見せたのだ。いつも以上にテンションの高い三人を相手にするのは骨が折れるので、ローは彼らの好きにさせることにした。


目的の造幣局はこじんまりとした二階立ての建物だった。白を基調にした造りにカラフルな緑の三角屋根が特徴的で、屋根の上にはブロンズの小鳥の彫刻がちょこんと乗っている。まるで、お伽噺の中から出てきたような可愛らしい建物だ。カランカランとベルを鳴らして中に入ると、客は誰もいない。待たなくて済むので、こちらとしても好都合である。閑散とした待合室の奥のカウンターには一人の老婆が座っていた。彼女は計算できるのかちょっと定かではない風貌だったので、ローを除いた面々は少しだけ不安になった。ところが我らがキャプテンは迷わずにカウンターに向かう。

「500ベリー硬貨一枚」
「はいよ」

老婆はローが賞金首だと知っているのか、知らないのかは分からないが平然として、骨の目立つ曲がった指で硬貨を渡してきた。ローが硬貨を受け取ると、彼の掌にあるそれを後ろに立っていた三人が覗き込む。
フレジアの記念硬貨は青みがかった白銀のものだ。この青い白銀は、特殊な銀に“竜の瞳”を砕いて粉上にしたものを溶かして色を付けるという。この国の記念硬貨は現在も生産されているものであるので価値はそこまで高くはない。しかし、その美しさからコレクターに大層な人気があるのだ。狂ったようにこの硬貨を集めているコレクターもいるという。実際手に入れてみた訳だが、そいつの気持ちも分からなくもない。
青白い色もさることながら、硬貨に彫られている模様も素晴らしい。柔らかな花弁を持つ清廉とした香雪蘭を背景に、愛らしい小鳥が彫ってある。その小鳥は今にも歌い出しそうな程に活き活きとしていた。
記念硬貨になるくらいなのだから、この小鳥がこの国の象徴なのだろうか。

「そういえば、この建物の屋根に小鳥の彫刻が乗っかってましたね。それが関係してるんですかね」
「あれは“春告げ鳥”だよ」

今まで沈黙を守っていた老婆がしわがれた声でペンギンの疑問に答えた。

「はるつげ?」

目を瞬かせるベポに、老婆は昔話を語るように話を続ける。

「今は穏やかだから、信じられないだろうけどこの国は何十年かに一度雪が降る」
「異常気象ってやつか」

うんうん、とシャチとベポはそれに相槌を打った。

「雪は止むことは無い。ずっとずっと降り続ける」
「それはヤバいな。みんな雪に埋もれちまう」
「だから、一羽の鳥が美しい歌で春を呼んでくれるのさ。この国の人間は、その鳥を“春告げ鳥”って呼んでるんだよ 」
「へェ。だから記念コインになってるのか」

シャチは感心しながら、もう一度ローが手にしているコインを覗き込んでみた。老婆の話を踏まえて小鳥をもう一度見直すと、愛らしさに加えて神々しさまで感じてしまったシャチだった。思わず拝んでしまったではないか。


「言われてみれば、どの家にも小鳥の彫刻があるね」

造幣局を出てきたベポは辺りをきょろきょろと見回しながら一人納得したように頷いた。彫刻は無くても、出窓がステンドグラスになっていてそこに小鳥が描かれていたりする。よっぽど根深い信仰に違いない。それに、可愛らしい小鳥があちこちにいるのは微笑ましい気分になった。一行は民家にいる小鳥を探して楽しんだ。

「あ、次どこ行きます?って、キャプテン?」

ペンギンが後ろを振り返ると、後ろに着いてきていた筈のローの姿は忽然と消えていた。ローがふらりといなくなるのはいつものことだから、彼らは何も思わなかった。
というのは、嘘だ。せっかくキャプテンと陸を散歩できたのに。三人はいたく意気消沈したが、その猫のような自由さが彼が彼たる由縁である。まぁ、夕飯時には、帰って……来ない気がする。







三人と意図的に逸れたローは宛も無く歩いていた。その視界に映った舞い散る白い花びらは、まるで雪のようだ。
偶々見つけてふらりと立ち寄った書店は、鉱石が特産物の国だけあって鉱石に関する本が多かった。ざっと物色したローはその中で一番目を惹いた“薬にも毒にもなる鉱物”の本を購入した。
優しい風に揺れる花々は綺麗なことは綺麗だ。でも、面白みは無かった。欲しいものは手に入ったし、美しい景色も一度見たら満足してしまった。
民家の壁に背を預けて風景を堪能していたローは、船に帰って先程買った本を読むことをに決めた。そして、その足を船に向かわせたときである。

「ちょっと失礼!」

角を勢いよく曲がって来た若い女がその勢いを殺すことなく、ローの背中と壁の間に潜り込んだのだ。彼としたことが特に殺気を感じなかったので反応が遅れた。というか、普通の人間はそんな狭いところに潜り込もうとしない。予想外すぎる。

「おい、」
「シッ」

シッじゃねェよ、この女。ローが背後から女を引っ張り出そうと、後ろ手で彼女の手を掴もうとしたとき、その眼前をドタバタと荒くれた男たち数名が通過していった。
男たちがいなくなったのを確認した後、女が彼の背後から這い出てきた。

「貴方、背が高いのね。ばっちり隠れられたわ。ありがとう」
「お前、追われてるのか」
「ええ。あの中の一人の髪の毛がズレてたから教えてあげたのに、急に怒り出したの。どうしてかしら」

女は首を傾げているが、この天然っぷりを見ると他にもいくつか地雷を踏んでいそうだ。

「待って、これは見ないフリをするのが“ワル”だったのでは」

顎に手を当ててブツブツと呟く女をローは上から下まで胡乱気に観察した。 
白いベールのようなレース編みのショールを肩にかけ、花弁のように柔らかなシルエットの白いワンピースを着た娘だ。色素の薄い長い髪にはキラキラと天使の輪が浮いている。洒落たサンダルから覗く足は小指の爪まで桜貝のように輝いて、その華奢な手は働くことなど知らないように肌荒れ一つなく、陶器のように滑らかだ。どこからどう見ても、生活に一切苦労していない貴族の娘だ。大方、好奇心に負けてお供も連れずにフラフラ街に出てきたのだろう。

「お嬢様はさっさと家に帰ったらどうだ」

面倒くさそうだ。関わらないに限るが、持ち合わせている最低限の良心でローは娘に忠告してやった。

「嫌よ」

それなのに、この我儘娘は一切聞き入れようしない。彼女はゆっくりと首を振った。

「私、“悪いこと”をしにきたの」
「随分遅ェ反抗期だな」

とんだ甘ったれじゃねェか。ローは心底呆れた。こんな女、さっさと別れるに限る。時間は有限だ。無駄なことに割く時間は一切ない。女を無視することに決めたローは彼女を放置して船に向かって歩き出した。

「どこに行くの?」
「どこに行こうがおれの勝手だ」
「それはそうね。この国は素敵なところよ。楽しんでいってね。旅人さん」

ローは彼女に背を向けていたから実際は女がどのような表情をしていたのかは分からないが、きっと呑気な笑顔を浮かべているに違いない。
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