Dear Mr.Night Blue 第一章(了)
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「ナマエです。今日からお世話になります」
そう言ってこどもは深々と頭を下げた。その後ろでは我らのキャプテンが腕を組んで立っている。ところで、彼らは海賊である。少なくとも十歳程のこどもを交えた海賊ごっこではない筈だ。自分よりも遥か下にくるつむじを見下ろしたシャチとペンギンはだらだらと冷や汗をかきながら、この場でどう答えるのが正解なのか悩みに悩んだ。
二人が言葉に詰まっていると、ふいに白くまが口を開く。
「おれはベポ。お前、おれの下ね!」
この四人の中で一番年下だったベポは、自分よりも年下で後輩ができたことが嬉しいのか、どこか得意げである。
しかし、この場合の正しいリアクションは確実にそうではないだろう。それに対して「よろしくおねがいします」とこどもは礼儀正しく頭を下げた。その様子にベポは満足そうに頷いたので、二人はベポに生温かい視線を送った。
「お前、何が得意なの?」
先輩風を吹かせたベポが小難しい顔をしてナマエに問うが、多分何も考えていない。だいたいこんなこども、聞いたところでせいぜい身の回りの世話をするのでいっぱいいっぱいだろう。
「船の操縦とかはできないけど、戦うことはできるよ」
「こいつはコロシアムの剣闘士だったから、それなりに戦力になる筈だ」
「え」
ナマエの言葉に補足を加えるローは至って真面目な顔だ。嗚呼、おれたちのキャプテンは今日も格好良い。二人は一瞬現実逃避をしそうになったが、いや、そんな馬鹿な。しかし、トラファルガー・ローといった男はそんな意味の無い嘘を吐くような男では無い。とはいえ流石にこんなこどもが剣闘士とは。もしや見習いだったとか。それだったら納得だ。きっと、これはローのお茶目なジョークに違いない。ペンギンとシャチはそう考えて自身を無理矢理納得させた。
自己紹介もそこそこに、五人はダイニングのテーブル席についた。四人はいつもの定位置に座ったが、例のこどもはローの隣にわざわざ椅子を持ってきて座った。ローの右隣には白くま、左隣にはこども、と何とも微笑ましい感じになっている。挟まれている人間はめちゃくちゃ凶悪な顔してるので、そのアンバランスっぷりがとても可笑しい。そう思ったことが顔に出ていたのか、ペンギンに肘で突かれて我に帰ったシャチはきりっと顔を引き締めた。しかし、一瞬ローに睨まれたのできっとバレたに違いない。
「とりあえず、当面の問題なんだが」
この船の船長らしくローがそう切り出した。思い当たることは沢山あるが、今一番の問題は。
「金が無ェですね」
ものすごく切実である。有り金は全てカジノで換金した上に回収するのを忘れてきた。幸い船は無償で直してもらったが、先立つものが何もない。仲間も増えたので、必要な物は増えるばかり。食料然り。日用品然り。
「しょうがねェ、襲うか」
「そんな追剥みたいなのさっさと卒業したいです」
ギリギリの状態で略奪行為など、世知辛すぎる。せっかく海賊になったのに夢も冒険もなにもない。あるのは厳しい現実だけだ。ああ、この前呑んだ勝利を祝う酒は美味しかったなぁ。また浴びる程呑みたい。妄想のシャチは美味い酒を呑んだが、現実のシャチは涙を飲んだ。
「ベポ、次の島までだいたいどれくらいだ」
「うーん、この海流に乗って行けばあと八日くらいかな。案外早く着きそう」
「ベポくん凄いね!そんなの分かるんだ!」
今まで黙っていたこどもがパチパチと手を叩いた。ベポは『よせやい!照れるだろ!』とでも言いたげにピンクのくまになっている。白くまのアイデンティティはどこへ行った。
「つまり、あと八日以内に船を見つけなければいけない、と」
あまり船の多い航路ではないらしいので、難しいかもしれない。しかし、陸に上がって略奪行為をすればそれはただの強盗である。そんなものは海賊のプライドが許さない。掲げた海賊旗の誇りにかけて三人は血眼になってでも船を探そうと誓った。言うまでもないが残りの二人は、よく分かっていないナマエとまだ照れているピンクのくまだ。イマイチ緊張感にかける二人を除いてミーティングは進み、ある程度の方針を決めたところで解散になった。
「海軍以外の船を見つけたら呼べ」
そう言ってローは席を立ち、ダイニングを出て行こうとした。それを見たナマエは慌てて椅子から飛び降りてローの後を追う。そんなナマエにベポが声をかけた。
「ナマエ、おれが船の案内してあげるよ!」
ベポの言葉にぴたり、とナマエその足を止めた。そうして振り返ったこどもの瞳は輝いている。ポーラータング号は潜水艦だ。潜水艦などよっぽどのことが無ければお目にかかれないだろう。各言う彼らも潜水艦を見たのはこのポーラータング号が初めてだ。好奇心旺盛なこどもとしては、探検して回りたいだろう。ところが、そんなに気になるのならいけばよいのに、ナマエは立ち止まってローをじっと見ている。後から視線を感じたのか、ローは振り返らずに言った。
「行ってこい」
さながらご主人様から許しを得た飼い犬のようにナマエはベポの元に駆けだした。きっと尻尾があったら全力で振っている。ベポとナマエはきゃいきゃいと騒ぎながら潜水艦の探検に旅立った。子供は気楽で良いなぁ……。そんな二人を見送りながらペンギンとシャチはしみじみ思った。今なら一句読めそう。
◇
自室に戻ったローが読み残していた医学書の続きを読みふけっていると、慌ただしい足音がした後に部屋の扉が開いた。小さな侵入者はとてとてとローの元までやってきた。ノックの存在を知らないのか、とは思ったが面倒なので咎めることをやめた。別に見られて困るようなアブノーマルな趣味は持ち合わせていない。
「面白いもんはあったか」
「皆面白かった。この部屋も面白いよ」
「面白いもんなんか何もねェだろ。……余計なものに触るなよ」
ナマエはそう言うが、実際のローの部屋は生活に必要な物だけが置いてあるだけだ。良く言えばシンプル、悪く言えば味気の無い部屋だった。すぐに飽きるだろうとは思ったが、念の為に釘を刺しておくとナマエは神妙に頷いた。
「本がいっぱいだね」
唯一潤沢と言える、ローの本棚を覗きこんだリコは本のタイトルをなぞる様にたどたどしく小声で読み上げる。一応字は読めるらしい。
一番下の段の隅まで辿り着いたとき、ナマエは息を飲んだ。急に黙りこくって何も言わなくなったナマエが気になってローは文字を目で追うのを止めた。
「どうした」
「……これ」
一冊の本を、まるで硝子細工でも扱う様に本棚から抜きだしてナマエはローに見せた。
「ああ、ガキの頃読んだ小説だ。懐かしくなって買った」
前に寄った島の古本屋で見つけたものだった。その冒険譚は、フレバンスにいたとき床に伏せた妹に読み聞かせしてやったものだった。柄にも無く郷愁にかられてついでに買ってしまったので、本棚の隅に押し込んでいたのをすっかり忘れていた。
しかし、その本を凝視していたナマエが急にぼろぼろと大粒の涙を零したので、流石のローもぎょっとした。何がこのこどもの琴線に触れたというのだ。
「これ、私も持ってた」
本屋のこども向けのおススメラインナップに殿堂入りをしている本だ。別にナマエが持っていたところで何もおかしいことはない。
「置いてきちゃったけど」
消え入りそうな声に、聡いローはだいたいの察しがついた。きっとそれは、このこどもの中で自由を奪われる前の大切な思い出の一部なのだろう、と。だったら衝動で買ってしまって読まない自分が持っているよりも、ナマエに持っていて貰った方がこの本も幸せだろう。
「やる」
「いいの!?」
「おれはもう読まねェから、お前が持っておけ」
ローの言葉にもの凄い勢いで食いついてきたナマエに若干面食らいながらローがそう言うと、こどもは潤んだ瞳でふにゃりと笑った。まるで宝物のように本を抱きしめるナマエにローの口角は少しだけ、本人も気付かない程であったが上がったのは確かだった。
「ありがとう、キャプテン」
あの三人に並んですっかりローのことを『キャプテン』と呼ぶようになったナマエを満更でもない気分で眺めていた。すると、重くばたばたとした足音と共に、今度は思いっきりローの自室のドアが開いた。ばたん、っとドアが壁に当たって痛そうな音がする。ローは動じなかったが、驚いたナマエの肩は思いっきり跳ねた。
来訪者はシャチである。
「キャプテン、前方二百メートル程先に船がいます!海賊船で……ってなんでナマエ泣いてるんですか。まさか苛めて、」
「無いよ!!!」
慌てたように乱暴に目を擦ったナマエはそう叫ぶように言った。こんなに良くしてくれる恩人があらぬ容疑をかけられる等見過ごすことはできない。しかし、わざとらしい程に頑ななナマエの様子に逆にシャチが疑っているようだったので、彼とはその内話し合う必要があるなとローは思った。それに寒気を感じたシャチは顔を真っ青にして「冗談です」と言い直したがもう遅い。呆れて嘆息したローは机に立てかけていた刀を手に取った。それを見て今度は青を通り越して白くなったシャチが顔の前で手をぶんぶんと振りながら「すいません!出来心です!」等と頓珍漢なことを言い出した。そんなシャチを素通りしてローは言った。
「馬鹿なこと言ってねェでさっさと浮上するぞ」
身構えていたシャチははっとしてローの後を追った。その脇をナマエが駆け抜けていく。瞬く間にローに追いついたこどもは、まるで主人に寄り添う忠犬のようにぴったりとくっつくようにして歩いていく。こいつ、本当にキャプテンのこと好きなんだな。また一人、仲間の誕生を感じたシャチだった。
◇
久しぶりに浮上した海は、夜だった。昼間と違ってどこか冷えた空気を感じながらローは甲板に出た。向こうの髑髏をかかげた船は、突然の敵襲に大慌てになっている。まあ、静かな水面から急に船が浮かび上がったらよっぽどの肝の据わった奴で無ければ動揺の一つや二つ少なからずするだろう。
後から甲板に出てきたクルーを確認すると、戦闘準備に入った三人とは対照にリコは緊張感も無くただ上を見ていた。
「おい、ボサッとすんなよ」
シャチがそう咎めると、空を仰ぐのを止めたナマエはこれから戦うというのに満面の笑顔だった。
「ねえ、キャプテン!綺麗な夜空だね」
「馬鹿、余所見するな」
あのときナマエが最後に見た夜空は、何も見えないただぽっかりとした暗闇だった。それが今はどうだろう。星々は蒼や白の宝石を散りばめたように輝き、その煌めきは静かな夜の水面に映り込んでいる。まるで夜空に包み込まれているような素敵な錯覚にナマエは思わず小さな笑い声を零した。なんて幸せな夜空なんだろう!
「あっ、流れ星だ!」
「新入り、さっさと来い!」
ナマエは願い事の代わりに感謝の言葉を三回心の中で唱え、船に乗り移る四人の後を追った。
そう言ってこどもは深々と頭を下げた。その後ろでは我らのキャプテンが腕を組んで立っている。ところで、彼らは海賊である。少なくとも十歳程のこどもを交えた海賊ごっこではない筈だ。自分よりも遥か下にくるつむじを見下ろしたシャチとペンギンはだらだらと冷や汗をかきながら、この場でどう答えるのが正解なのか悩みに悩んだ。
二人が言葉に詰まっていると、ふいに白くまが口を開く。
「おれはベポ。お前、おれの下ね!」
この四人の中で一番年下だったベポは、自分よりも年下で後輩ができたことが嬉しいのか、どこか得意げである。
しかし、この場合の正しいリアクションは確実にそうではないだろう。それに対して「よろしくおねがいします」とこどもは礼儀正しく頭を下げた。その様子にベポは満足そうに頷いたので、二人はベポに生温かい視線を送った。
「お前、何が得意なの?」
先輩風を吹かせたベポが小難しい顔をしてナマエに問うが、多分何も考えていない。だいたいこんなこども、聞いたところでせいぜい身の回りの世話をするのでいっぱいいっぱいだろう。
「船の操縦とかはできないけど、戦うことはできるよ」
「こいつはコロシアムの剣闘士だったから、それなりに戦力になる筈だ」
「え」
ナマエの言葉に補足を加えるローは至って真面目な顔だ。嗚呼、おれたちのキャプテンは今日も格好良い。二人は一瞬現実逃避をしそうになったが、いや、そんな馬鹿な。しかし、トラファルガー・ローといった男はそんな意味の無い嘘を吐くような男では無い。とはいえ流石にこんなこどもが剣闘士とは。もしや見習いだったとか。それだったら納得だ。きっと、これはローのお茶目なジョークに違いない。ペンギンとシャチはそう考えて自身を無理矢理納得させた。
自己紹介もそこそこに、五人はダイニングのテーブル席についた。四人はいつもの定位置に座ったが、例のこどもはローの隣にわざわざ椅子を持ってきて座った。ローの右隣には白くま、左隣にはこども、と何とも微笑ましい感じになっている。挟まれている人間はめちゃくちゃ凶悪な顔してるので、そのアンバランスっぷりがとても可笑しい。そう思ったことが顔に出ていたのか、ペンギンに肘で突かれて我に帰ったシャチはきりっと顔を引き締めた。しかし、一瞬ローに睨まれたのできっとバレたに違いない。
「とりあえず、当面の問題なんだが」
この船の船長らしくローがそう切り出した。思い当たることは沢山あるが、今一番の問題は。
「金が無ェですね」
ものすごく切実である。有り金は全てカジノで換金した上に回収するのを忘れてきた。幸い船は無償で直してもらったが、先立つものが何もない。仲間も増えたので、必要な物は増えるばかり。食料然り。日用品然り。
「しょうがねェ、襲うか」
「そんな追剥みたいなのさっさと卒業したいです」
ギリギリの状態で略奪行為など、世知辛すぎる。せっかく海賊になったのに夢も冒険もなにもない。あるのは厳しい現実だけだ。ああ、この前呑んだ勝利を祝う酒は美味しかったなぁ。また浴びる程呑みたい。妄想のシャチは美味い酒を呑んだが、現実のシャチは涙を飲んだ。
「ベポ、次の島までだいたいどれくらいだ」
「うーん、この海流に乗って行けばあと八日くらいかな。案外早く着きそう」
「ベポくん凄いね!そんなの分かるんだ!」
今まで黙っていたこどもがパチパチと手を叩いた。ベポは『よせやい!照れるだろ!』とでも言いたげにピンクのくまになっている。白くまのアイデンティティはどこへ行った。
「つまり、あと八日以内に船を見つけなければいけない、と」
あまり船の多い航路ではないらしいので、難しいかもしれない。しかし、陸に上がって略奪行為をすればそれはただの強盗である。そんなものは海賊のプライドが許さない。掲げた海賊旗の誇りにかけて三人は血眼になってでも船を探そうと誓った。言うまでもないが残りの二人は、よく分かっていないナマエとまだ照れているピンクのくまだ。イマイチ緊張感にかける二人を除いてミーティングは進み、ある程度の方針を決めたところで解散になった。
「海軍以外の船を見つけたら呼べ」
そう言ってローは席を立ち、ダイニングを出て行こうとした。それを見たナマエは慌てて椅子から飛び降りてローの後を追う。そんなナマエにベポが声をかけた。
「ナマエ、おれが船の案内してあげるよ!」
ベポの言葉にぴたり、とナマエその足を止めた。そうして振り返ったこどもの瞳は輝いている。ポーラータング号は潜水艦だ。潜水艦などよっぽどのことが無ければお目にかかれないだろう。各言う彼らも潜水艦を見たのはこのポーラータング号が初めてだ。好奇心旺盛なこどもとしては、探検して回りたいだろう。ところが、そんなに気になるのならいけばよいのに、ナマエは立ち止まってローをじっと見ている。後から視線を感じたのか、ローは振り返らずに言った。
「行ってこい」
さながらご主人様から許しを得た飼い犬のようにナマエはベポの元に駆けだした。きっと尻尾があったら全力で振っている。ベポとナマエはきゃいきゃいと騒ぎながら潜水艦の探検に旅立った。子供は気楽で良いなぁ……。そんな二人を見送りながらペンギンとシャチはしみじみ思った。今なら一句読めそう。
◇
自室に戻ったローが読み残していた医学書の続きを読みふけっていると、慌ただしい足音がした後に部屋の扉が開いた。小さな侵入者はとてとてとローの元までやってきた。ノックの存在を知らないのか、とは思ったが面倒なので咎めることをやめた。別に見られて困るようなアブノーマルな趣味は持ち合わせていない。
「面白いもんはあったか」
「皆面白かった。この部屋も面白いよ」
「面白いもんなんか何もねェだろ。……余計なものに触るなよ」
ナマエはそう言うが、実際のローの部屋は生活に必要な物だけが置いてあるだけだ。良く言えばシンプル、悪く言えば味気の無い部屋だった。すぐに飽きるだろうとは思ったが、念の為に釘を刺しておくとナマエは神妙に頷いた。
「本がいっぱいだね」
唯一潤沢と言える、ローの本棚を覗きこんだリコは本のタイトルをなぞる様にたどたどしく小声で読み上げる。一応字は読めるらしい。
一番下の段の隅まで辿り着いたとき、ナマエは息を飲んだ。急に黙りこくって何も言わなくなったナマエが気になってローは文字を目で追うのを止めた。
「どうした」
「……これ」
一冊の本を、まるで硝子細工でも扱う様に本棚から抜きだしてナマエはローに見せた。
「ああ、ガキの頃読んだ小説だ。懐かしくなって買った」
前に寄った島の古本屋で見つけたものだった。その冒険譚は、フレバンスにいたとき床に伏せた妹に読み聞かせしてやったものだった。柄にも無く郷愁にかられてついでに買ってしまったので、本棚の隅に押し込んでいたのをすっかり忘れていた。
しかし、その本を凝視していたナマエが急にぼろぼろと大粒の涙を零したので、流石のローもぎょっとした。何がこのこどもの琴線に触れたというのだ。
「これ、私も持ってた」
本屋のこども向けのおススメラインナップに殿堂入りをしている本だ。別にナマエが持っていたところで何もおかしいことはない。
「置いてきちゃったけど」
消え入りそうな声に、聡いローはだいたいの察しがついた。きっとそれは、このこどもの中で自由を奪われる前の大切な思い出の一部なのだろう、と。だったら衝動で買ってしまって読まない自分が持っているよりも、ナマエに持っていて貰った方がこの本も幸せだろう。
「やる」
「いいの!?」
「おれはもう読まねェから、お前が持っておけ」
ローの言葉にもの凄い勢いで食いついてきたナマエに若干面食らいながらローがそう言うと、こどもは潤んだ瞳でふにゃりと笑った。まるで宝物のように本を抱きしめるナマエにローの口角は少しだけ、本人も気付かない程であったが上がったのは確かだった。
「ありがとう、キャプテン」
あの三人に並んですっかりローのことを『キャプテン』と呼ぶようになったナマエを満更でもない気分で眺めていた。すると、重くばたばたとした足音と共に、今度は思いっきりローの自室のドアが開いた。ばたん、っとドアが壁に当たって痛そうな音がする。ローは動じなかったが、驚いたナマエの肩は思いっきり跳ねた。
来訪者はシャチである。
「キャプテン、前方二百メートル程先に船がいます!海賊船で……ってなんでナマエ泣いてるんですか。まさか苛めて、」
「無いよ!!!」
慌てたように乱暴に目を擦ったナマエはそう叫ぶように言った。こんなに良くしてくれる恩人があらぬ容疑をかけられる等見過ごすことはできない。しかし、わざとらしい程に頑ななナマエの様子に逆にシャチが疑っているようだったので、彼とはその内話し合う必要があるなとローは思った。それに寒気を感じたシャチは顔を真っ青にして「冗談です」と言い直したがもう遅い。呆れて嘆息したローは机に立てかけていた刀を手に取った。それを見て今度は青を通り越して白くなったシャチが顔の前で手をぶんぶんと振りながら「すいません!出来心です!」等と頓珍漢なことを言い出した。そんなシャチを素通りしてローは言った。
「馬鹿なこと言ってねェでさっさと浮上するぞ」
身構えていたシャチははっとしてローの後を追った。その脇をナマエが駆け抜けていく。瞬く間にローに追いついたこどもは、まるで主人に寄り添う忠犬のようにぴったりとくっつくようにして歩いていく。こいつ、本当にキャプテンのこと好きなんだな。また一人、仲間の誕生を感じたシャチだった。
◇
久しぶりに浮上した海は、夜だった。昼間と違ってどこか冷えた空気を感じながらローは甲板に出た。向こうの髑髏をかかげた船は、突然の敵襲に大慌てになっている。まあ、静かな水面から急に船が浮かび上がったらよっぽどの肝の据わった奴で無ければ動揺の一つや二つ少なからずするだろう。
後から甲板に出てきたクルーを確認すると、戦闘準備に入った三人とは対照にリコは緊張感も無くただ上を見ていた。
「おい、ボサッとすんなよ」
シャチがそう咎めると、空を仰ぐのを止めたナマエはこれから戦うというのに満面の笑顔だった。
「ねえ、キャプテン!綺麗な夜空だね」
「馬鹿、余所見するな」
あのときナマエが最後に見た夜空は、何も見えないただぽっかりとした暗闇だった。それが今はどうだろう。星々は蒼や白の宝石を散りばめたように輝き、その煌めきは静かな夜の水面に映り込んでいる。まるで夜空に包み込まれているような素敵な錯覚にナマエは思わず小さな笑い声を零した。なんて幸せな夜空なんだろう!
「あっ、流れ星だ!」
「新入り、さっさと来い!」
ナマエは願い事の代わりに感謝の言葉を三回心の中で唱え、船に乗り移る四人の後を追った。